【第0話 前日譚】
このイバラシティは御鏡家が本拠を構えるだけあって良くも悪くも霊的特異点の一つである。
護国機関からの現在の任務はイバラシティの異変の監視と、もし存在するならば原因の排除。
少し前にイバラシティで霊的な異常を感知、近いうちに大きな異変が起きると予測されているとか。
おそらく関連が有るのだろうが榊という奇妙な男からも奇妙な事を言われた。
声のみならず相手の姿や名前まで浮かび上がるのは変わった形式だが念話の一種だろうか。
侵略能力…?アンジニティ…?
木に神と書く榊(サカキ)とは神事に使う木を意味する神道用語だが
神道関係者どころか神を信じるタイプには見えなかったので名前はただの偶然であろう。
自分の知る限り護国機関にあのような風貌の男はいない。ならば一体…?
異変の黒幕というよりもむしろ異変を止める側の立場にあるような物言いではあったが
どこまで本当の事を言っているのかも怪しいものだ。
彼も要注意人物の一人として報告書に記載しておいた方が良さそうだ。
さて、誰にと言うわけでもないが自己紹介の一つも残しておこうかな。
私は御鏡 光輝(みかがみこうき)
御鏡神社の宮司の息子であり表向きの職業は御鏡神社の神主だが、
ミカド直属の組織『護国機関』の一員でもある。
我々は歴史の陰で人知れず魔のものどもから霊的に国家を守ってきた。
今回の任務は人ならざる存在と戦いになる可能性も予測されているため
破魔や浄化など各種の呪文を付与した言弾(コトダマ)を装填した銃も手放せない。
護国機関の実戦部隊の一員として日本全国どこでも有効な銃器の特別使用許可は得ているが
なるべく一般人の前では使いたくない物だ。
【第■話 ■■■ハ■マ 】
ナ…レハ…テ
【第一話 はじまりの草地】
ヒノデ区の駅の近くに草地がある。
この草地は植生を無視どころか良く判らない物が生えていると良くも悪くも地元民の間で有名だが
イバラシティは異能者の多い街。この草地も何かの異能者の陣地や古からの地霊の領域かもしれない。
ここでセリ、ナズナ、オギョウ、ハコベラ、スズナ、スズシロ、ホトケノザ。これらが全て採れるのだ。
七草粥セットとして最近はセット販売されてたりもするのだが近所で採れるならそれに越した事は無い。
そんな草地を何度目かに訪れた時の事だ。
草地が何かを伝えようとしている気がした。これはテレパシー系の異能者による異能にしては弱い。
精霊とかそっち系の…なんだろう?もっとあいまいな何かだ。
霊媒の応用で、例えるならラジオのアンテナを立ててチューニングをするように意識して受信してみると、
それは『だいたいひと月後に何かあるかも』『一緒に』と言ってるような。はて。
風向きとは異なる向きにそよぐ草に導かれるかのように草地の奥へと向かうと
そこには誰も居ない。あれは草地そのもの、或いは草地の精のような存在の意思だろうか。
やがて片目を隠した格好の女性と角の生えた男性がやってきた。
霊能者である私の見立てでは角があるこの男性はおそらくヒトではない…が、
噂の侵略者にしては人々に害をなす気配は無く、そしてその霊気は清浄なものに感じられる。
変異系や同化系の異能(異能によって人ならざる者に変身するようなケースは存在する)か、
或いはこの不思議な草地に由来する土着の鬼神や妖怪の類だろうか…と、
推測と言うほどには根拠の無い『想像』をした。
片目を隠した女性は神職では無いがヒノデ区の古甕神社に住んでいるらしい。
以前にも見かけたことがあるので近所の住人だとは思っていたが神社関係者だったとは。
少し前に榊と名乗る男が侵略がどうとか言っていたのを思い出す。
草地で神社関係者、榊とは神道と植物に関係のある名前だが…この符合はさすがに考え過ぎだろうか。
現実的な武器を持った武装集団のように元々そこにある土地を力づくで占領するのではなくて、
例えばうつしよとは異なる世界──それこそ冥界とかのレベルで──をこの世界と入れかえたり
空間ごと乗っ取ったりするような大事件ならば(…噂の侵略者がそんな大それた事をできるとは思えないが…)
御鏡家秘伝の『場を制する力』はおそらく唯一の直接的な防御手段になるかもしれない。
もしも草地が明確な意図を持って人選をしたのであらば、その一人目が自分だったのはそれが理由だろうか。
もう一人の男性は──本人の自己申告によると──月に住んでいた宇宙人で鬼だと言いだした。
なんとも荒唐無稽な話だがさすがに私も月に行った事は無いので肯定も否定もできない。
何より本人(人?)がそう言ってるのだからひとまずそういうものとして受け入れる事にした。
ともあれ、この二人も草地に導かれてこの場所に来た、と言っている。
不思議な現象を受け入れる土壌がある人と会えたのは結果的に好機かもしれない。
私は簡単に自己紹介を済ませた後、自分が受信した草地の意思を二人に告げた。
「草地がひと月後に何かがあるかも、一緒に、と伝えようとしている気がします。」
ここ最近、イバラシティ一帯の『場』が揺らいでいる。何か良くない事が起きる前兆のような。
イバラシティはもともと異能者の多い街だが、そういう「日常の」イバラシティを超える何かが。
この不思議な草地を霊的戦闘における前線陣地として活用するのも良いかもしれない。
私には神社の神主としての表の顔とは別に非公開団体『護国機関』のメンバーというもう一つの顔が有る。
『護国機関』にはいくつかの守秘義務があるが、早期解決を要する緊急事態に現地の協力者と共闘する事や
その協力者に自分自身の術や武器を見せるだけなら自身に認められている裁量の範囲内だ。
問題無い事を頭の中で確認し、念の為の布石としてこれから起こりうる事態の説明と提案をした。
「総合すると、どうやら【ひと月後に何か大変な事があるかもしれないからその時は一緒に立ち向かおう】と
いうのが草地の意思でしょうか。もし本当に緊急事態が発生した場合、可能ならこの草地に集まりませんか?」
勿論何も起きなければそれで良し、あくまで保険としての提案である。
【第二話 戦闘開始?】
それからちょうど一ヵ月が経過した。
世界の境界が少しずつ揺らぎ、普通の人の目には見えざる歪みは広がる一方である。
護国機関の情報部による観測と計算でも同じ日に何かが起こると予測された。
実戦を想定して言弾(コトダマ)を装填した銃を持ち、私は一ヵ月ぶりにあの草地に居る。
地続きでありながら鳥居や注連縄の結界で区切ったこちらとあちらは別の領域、という概念がある。
これはお店の暖簾(のれん)が外と内をやんわりと区切ってるのと同じ話。
物理的な壁や塀は無いが、そこには確かに概念としての境界が存在しているのだ。
そんな見えざる境界の一つが侵食されて異界のナニカと混じり合い…。
……
…………
…唐突に、もう一つの記憶、ハザマでの記憶がよみがえる。
【第零話 前日譚ハザマ 続】
ここはハザマ。目の前に居るのは血の色をしたどろどろのなにか。ナレハテ。
あれはうつし世に来てはいけないモノ。
以前の私はあれを追って討伐する直前だったのだ。
さあて、討伐を続行しよう。今度こそ逃がしはしない。