白大甕 環
右目を包帯で覆い隠した女性。
普段はヒノデ区にある古甕神社に住んでいる。
青々とした草が植えられている鉢植えを手に、キョロキョロと不安そうな顔で周りを見回している。
気がついたら、知らない場所に立っていた。
一瞬前までは時計台のある場所で、変な化物と戦わされていたはずだ…
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タマキ 「ここは…一体何が…」 |
あたりを見回すと、海に面した海岸のような場所に何十…何百という数の人が居る。中には見覚えのある顔の人もちらほら見える。
状況が分からず空を見上げようとすると、視界に何か文字のような物が出る。
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タマキ 「…クロス…ローズ…?何これ…」 |
空を見上げた視界の中、
「LOGIN」という文字が明滅している所に目を向けると、表示されている文字が目まぐるしく変化する。
それを目で追っていくうちに、
「MAP」という文字に目が止まった。
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タマキ 「これは…チナミ区?」 |
どうやら文字に視線を集中させるだけで選択したことになるようだ。どういう仕組みかは分からないが、
「MAP」を選択して表示された図は、見覚えのある地形だった。
イバラシティ北西部、自分が生活している場所の地図…その北西の隅に表示された小島にある点が、現在地ということだろうか?
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タマキ 「…どうしてこんな場所に…いや、そっか、始まっちゃたんだ…」 |
数日前にいきなり頭の中に流れた映像のようなもの、胡散臭いとしか言いようが無い男が居た景色…それと今の景色はとても似ている。
つまり、あの男の映像は夢でも冗談でも無く
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タマキ 「アンジニティの侵略…あれが本当にあることだとしたら」 |
男が言っていた言葉が脳裏に蘇る。
「能力により、既にアンジニティの住人はこの世界に紛れ込んでいます。この世界の一部を改変し、辻褄を合わせ、ごく自然に、巧妙に……です。」
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タマキ 「…ここ数日の間に出会った人の中に…知らない間に異世界の生き物が居た?」 |
ついこの間、自分自身が遭遇した事件を思い出す…事件の被害者がとがったーで言っていた。あの時はデマカセだと周りが言っていた言葉…既にアンジニティはすぐ近くに居る…
胡散臭い男性の映像を見てから、自分はどうしてか外の人と積極的に関わるようになった気がする。
その中で知り合った人の中にも居たのだろうか…ここ数日に出会った人のことを思い出す。
実家の神社の中で、不思議な存在だった「カワハル」ちゃんと知り合った。
銭湯で一緒になったキャロさん、あっきょんさんと知り合いになり、クリスマスにはパーティにもお呼ばれした。
正月前には焼き芋をしようとして、ネットで話題の都市伝説に上がっていたちわわさんと偶然知り合い。キャロさんを自宅に泊めたり、正月の出店を出店してくれる人達とも…
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タマキ 「そう言えば…正月には隕石騒動もあったっけ」 |
今思い出しても、乾いた笑いが出てしまう…隕石の前後で不思議な青年が神社に来ていたこともあった…ユキと名乗ったあの人が残していった言葉は確か…
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タマキ 「神は人に恩恵を与えるが、救いも理解もしない…でしたっけ…」 |
思えば、出会った人全てを思い出すだけでも数え切れない…
正月の異能格闘技大会、その社会人部の初期メンバーになったりもした…スタンプラリー、マシカ神宮でのアルバイト、監獄島での思わぬ出会い、ツクナミにある高校にも行ったことがある。
過去に人との付き合いを疎んでいた時期が嘘のような目まぐるしい日々だった…その楽しい日々の中に、紛れていたのだとしたら…
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タマキ 「…それだけじゃない、それだけじゃないよ…」 |
ふと、映像の男が言っていた言葉を思い出して身体が震え始める。あの男はこうも言っていた
侵略が成功した場合、アンジニティの住人はこの世界の住人となり、この世界の住人はアンジニティの住人となります!
それはつまり、もし侵略が成功した場合、自分が帰る場所であるあの神社、古甕神社には二度と戻ることは無いということ。
幼い頃、自分が過ごした思い出の全てが遠い場所になってしまう。
身体から嫌な汗が吹き出す。心臓の鼓動が早まり、耳鳴りがする。想像しただけで膝から崩れ落ちそうになった。
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タマキ 「それだけは…そんな事は、耐えられない…私が、私であるためにも…」 |
震える視界の中で空中に出ていた『地図』が霧散した。視線を落とすと、直前まで鉢植えに移し替える作業をしていた『草』が目に入る。
そう言えば、この不思議な『草』との出会いもあった。ミナト区中華街にある行きつけの中華料理店、その店員ちゃんと漢方を手に入れたりした謎の草地…そこで自分は、出会っていたはずだ。
こんな事になった時に、協力しようと約束をした2人の男性…御鏡神社の御鏡 光輝さんと、御祖神社の百鬼 秀真さん…
顔を上げて周りを見回すと、2人の姿が目に留まる。どうやら、あの2人は同じ陣営で間違い無いようだ…その事に少しホッとする。そして、手元にあった鉢植えに植えられた『草』…その青々とした姿を見ると、また少し心が落ち着いた。何時も通りの表情を取り繕うぐらいには平静を取り戻せた…なら、あの2人に声をかけよう、もう戸惑っている時間は無い。
環は一緒に行動すると約束した2人へ声をかけるために、この世界での最初の一歩目を踏む。