……その夜、私は父親と母親に居間に呼び出された。
その日は、居なくなった編美の誕生日の前日でもあった。
お父さんが仕事を早く切り上げて両親が揃っているということはきっと大事な話だ。
もしかしたら、学校に行っていない事を怒られたりするのかな……?
そうだったら嫌だな……。
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ゆいみ 「えっ……ハレ高に……? でも、なんでこんな時に――」 |
真木乃 布子
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母 「……聞いて、結美。 こんな時だからこそなのよ。」 |
――熾盛天晴学園、通称ハレ高。
そこは自分が行きたかった。でも、行かなかった高校だ。
この不景気な時代に両親共働きの決して裕福とは言えない家庭で。
私は私立校の試験を受けることをしなかったのだ。
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母 「結美が今とても辛いのはわかってるわ。 でもこのままいけないのは、自分でもわかっているでしょう……?」 |
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ゆいみ 「それは…………。」 |
私は――妹が居なくなってから。ずっと学校を殆ど休んでいた。
編美とはずっと毎日一緒に通学路を歩いていた。
それは、私にとって当たり前な日常の一部になっていた。
突如それが消えた……通学路に立つと、嫌でもその現実を突きつけられて。
辛さに押しつぶされて私は歩けなくなってしまった。
それでもお母さんに送ってもらって一度学校まで行ったことがあったけど、
事件を知った皆。クラスの人、先生は数日ぶりにやってきた私のことを当然気遣った。
……まるで腫れ物に触るような空気に私はすぐに具合が悪くなって早退した。
そしてそれからはずっと家で寝てばかりいた。
学校にはもう、行く気になれなかった。
眠って、目覚めたらそこになんでもない顔をした編美がいて。
今日まで悪い夢を見ていただけだったなら、どんなによいだろうかと思いながら――
しかしこのまま学校に通えない状態が続けば当然学力にも
影響が出てしまう――父と母はそれを懸念し、話し合った末に
私をハレ高に編入させる事を考えたのだという。
区画を隔てたハレ高であれば事件のことを知っている人は少ない。
当然通学路も違うので、必要以上に編美のことを思い出さずに済むのではないか。
そして、私がちゃんと勉強を続けて目指す進路に進んでくれることが両親二人の願いなのだと。
このままでは編美が居なくなるだけでなく、私の将来までもが潰えてしまう。
どうか、そうなってだけは欲しくないと――とても必死な面持ちで話していた。
……幸い、医療系を目指していた私には学力的な問題は皆無だそうで、
手続きさえすればすぐに手配が進むとのことであった。
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ゆいみ 「でも、私立は学費が――もともと、 編美を行かせてあげようって話だったじゃない……それなのに――」 |
……私が、私立を受けなかったのは編美の為だった。
私は我慢して公立の相良伊橋高校に通うから、
代わりに編美のことは中等部からハレ高に入れてあげてほしいと――
両親にそうお願いしたのは私だった。
それなのに、結局私がハレ高に行くなんて……それにそれだけじゃない。
ハレ高は遠くて、家から直接は通えない。
下宿か、アパートか。とにかくカスミ区のどこかにお部屋を借りなければならなくなる。
一人暮らしは、もともとお留守番が多い私には多分そこまで問題がない。
でも、お金は掛かってしまう――
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父 「お金のことは心配しなくていいんだ。 それよりも今は結美が、ちゃんと学校に行けることが大事なんだよ。」 |
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母 「おねがい結美、あなたまでこのまま立ち直れなかったら。私たちは、私たちは――」 |
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ゆいみ 「お父さん、お母さん…………。」 |
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父 「もし、学校を変えてもダメな時にはまた違う方法を考えるからね、 その心配もしなくていい。だからまずは、とにかく――」 |
――そうして話が終わって、私はそのまま眠りについた。
……。
私がハレ高に行きたがっていたのは本当のことだ。
ハレ高に行けるのは嬉しいか嬉しくないかどちらかと聞かれれば、嬉しい。
でも……それが編美が居なくなるのと引き換えだなんて――
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ゆいみ (だめだだめだ。さっきお父さんとお母さんに言われたことをちゃんと守らないと――) |
布団の中で頭を左右に振って一生懸命ネガティブな考えを振るい落とそうとする。
……そうだ。お父さんはお金は心配ないって言ってくれた。
だから編美が無事に帰ってくれば編美のこともきっとハレ高に入れてくれるハズだ。
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ゆいみ (もっと前向きに。前向きに考えなきゃ――) |
そうだ……気持ちを切り替えるんだ。難しいしもしかしたら出来ないかもしれないけど。
でもこのお家から出て、知らない場所の空気を吸って、新しい制服を着て、
新しい学校に行けば、もしかしたら……。
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ゆいみ 「……そうだ。」 |
私は、一人そうつぶやくとベッドから立ち上がり。
編美の鍵付きの引き出しにしまわれていたマフラーを取り出すとベッドの中で抱きよせた。
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ゆいみ (編美……) |
――もし、ちゃんとハレ高に通えるようになったら。私は編美を探そう。
お父さんもお母さんも、警察を信じようと言っているけど、
きっと待っているだけじゃダメだ。私も――何かをしなくちゃ――
……まずは、学校でちゃんと勉強して親を少しでも安心させること。
そしてそれが出来たら、私は編美の手掛かりを探す事を……。
アルバイトでも、遊びでも。やりたいことがあったらしなさいと。
お母さんはそういってくれたから。
だから……
――ベッドの中で私は、静かに決意を抱いた。
……その夜、私は夢を見た。
それはどこかの日が昇る前の波打ち際で、編美が手を振っている夢だった。
まるで、『早くここまで来て』と言っているかのような――
そこでハっとなって、私は目覚めた。
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ゆいみ 「…………。」 |
目が覚めた時にはもう朝日が昇っていて。
"編美を見たような気がした"くらいしか、思い出せなかった――
でも、きっと編美は助けを待っていた。そう、きっと。私の助けを……。
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ゆいみ (そうだ……私頑張らなくちゃ…… 編美、お誕生日お祝いしてあげられなくてごめん。 でも、待ってて――!) |