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こがら行商日記三日目
そりゃあ、今でこそ『異世界』の一言で片付けられてしまうこの手の異空間巻き込まれ系のアクシデントですが、
わりと結構昔から、こういった別世界に迷い込んでしまう話というのは洋の東西問わずけっこうあるんです。
大抵の場合は黄昏時、逢う魔が時、異界に魔界に過去に未来、幻想世界から白日夢まで。
夢でした、幻想でした、から、実際行ってました、精神だけすっとんでました。いろんな解釈で語られる異空間転移もの。
これがン十年以上前だと、けっこうSF的な解釈で説明付けられていたり、次元や時間軸、平行世界の接点やらはては平行宇宙まで。
最近の宇宙観の検証だともう11次元向こうの話でーーー
「…で、結局なんでしたっけ…?」
「とりあえずいくら異界っても水上は移動できないということは分かったな」
「ですよね」
ハザマ世界。このよくわからない電車で迷い込んだよくわからない世界。
ここにもどうやら時間があり、距離があり、そして目的の概念もちゃんとあるというのがわかりました。
そして、何の目的もなくひとところに留まったところで『厄介ごと』は待っていてはくれないということも。
駅前でもたついていた間に私たちは、草に囲まれていました。
ここまで書くと草むらだった、ということになるんですが、草が物質的に襲ってくるのです。
束ねた藁のような、根無し草のような草の塊がみるみる大きくなっていき、ひとの形を取って襲ってきたり、
また草に戻って目をくらませたりと、やっかいな動きでこっちを翻弄してくるうえ、
その合間に尻尾?めいた草束でびっしんばっしん叩いてくるのでシャレになりません。
「あー、なんかいましたよね、こういうの」
「ケウケゲン」
「そう、妖怪」
のんきにそんな会話してますが、実際はそんな余裕はないのです。
わたしはとりあえず、相手の観察にかかります。
どうやらこの世界、相手を分析できればこっちとしても対抗策がでてくる…ような感じなのですが。
前の『ナレハテ』での戦いの時はなんだかよくわからないうちに分析してくれたんですが、今回は何が足りないのか、なかなか『降りて』きません。
「…おっかしいなあ、まだですか!?」
「なんだ、やぶからぼうに」舌打ち半分に、傍らの謎のハト使いの男性〜マッケンジーさんというらしい〜が不機嫌そうにつぶやきます。
「あ、いえ、そっちじゃなくて」と気がそれた瞬間ーーー視界の隅にぽかんと情報がでてきました。「うわっ」
分析結果:歩行する雑草。原型はそのまま草であるが、そこにこの世界の原生生物の基礎形態が合体して生まれた擬似個体。
原型の行動理念が重視されるため基本は攻撃性は低いが、領域内に発生した他生命体に対する排斥行動は基礎形態の本能に準ずる。
「…だそうです」
「さっきからなにブツブツ言ってやがんだ。のんきに観察してないで手伝わねえか」
さっきから必死にその辺の草を蹴り倒しているマッケンジーさんが、苛立ったように声を上げます。
「あ、はい。ちょっと待ってください」
風呂敷包みを探ります。とりあえず草に効くもの、といえば火じゃあないでしょうか。
たしかお線香用の着火さん(商標名)が荷物の中にあったはずです。
と、思ったのですが、なぜか出てきません。代わりに出てきたのはーーー
「岩!?」
漬物石くらいの、多分花崗岩なんでしょうが、赤っぽい磨いてもいないただの塊。
一見するとどこぞのお土産物の薫製肉みたいな巨大な代物が出てきました。
これをとりあえずブツければいいのでしょうか。草に岩、あんまりというか、絶対通じないような気もしますけど。
とりあえず風呂敷につつむと、フレイルの要領でごっつんごっつん殴ってやります。
人形態を取った瞬間を狙って草に風呂敷をぶつける。それを二、三繰り返していくと、明らかに相手の形が変わっていくのです。
ありていに言って、小さくなっていきます。草相手に純粋な打撃が効くとは思わなかったのですが、
どうやら『草を動かしている基礎形態』の特性が強く継承されているのでしょう、物理的なショックのほうも十分に効果があるようです。
「けっこう効いてる?」
何度目か振り回しているうちに、かなりわたしも息が上がってきました。
ぜいぜい言いながら風呂敷をアンダースローからフルにスイングした瞬間、すぽっと手から風呂敷が抜け、中に入っていた岩が中空に放り出されます。
その方向にはーーーーハトに囲まれたままひたすら蹴りを繰り出しているマッケンジーさんがいたのです。
「うわ、ハトの人、避けて!」
「は!?」
岩がぶつかれば、普通の人はただではすみません。というかありていに言って惨事です。
無我夢中でわたしは運良く岩が軌道を外れるように祈ったわけですが、そこで信じられないことが起こりました。
岩が、ぐりんと軌道を変えて、そのまま草人間に向かって突っ込んで行ったのでした。しかも盛大に。
草人間は巨大な岩を抱えたままばったりと倒れ、身動きができないままみるみる小さくなっていきました。
そして後には、その場に留まった他の何人かの人々、そしてわたし達だけが駅前の枯れ草だらけのコンコースに残されていたのでした。
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「つまりおめーは、そのフロシキの中から出てきたもんを自由に使えるってこったな」
「どうやら、そうみたいです」
怪しい空気につつまれた、薄暗い駅前のベンチに座って、わたしとマッケンジーさんは現状を相談していました。
「だったらもうちょっと便利なもん出して、パパっと片付けられねえのか?」
「いや、なにが出てくるか、自分でもよくわからないんで…」
そう言いつつ、ベンチの周りに集っているハトを見回す。
「あなただって大概じゃないですか、なんなんですかこのハト」
「俺もわかんねーんだよ。ただまあこの世界の『異能』ってんなら使うしかねえだろ」
つまり二人とも、未だに自分の『異能』と称されるこの世界での特殊能力のことをよくわかっていないのです。
ただわたしの場合今の所わかるのは、少なくとも自分が現実に持っていたものと風呂敷の中身は連動しない、ということ。
今回も最初にわたしが思いついたのは、草人間に火をつけることだったのですが、出てきたのは岩でした。
それがなぜだったのか。今になって、ちょっとだけ理解できた気がします。
周囲を見渡すと、まるで冬枯れたときのままのような、枯れ果てた雑草だらけのコンコース。乾いた空気。吹き抜けている風。
駅前広場の周りの人気のない建物の真ん中の、ぽっかり開けた枯れ草の山で仮に火を起こせば、ともすれば辺り一面火の海になってしまいかねなかったでしょう。
しかも、土地勘のない未知の場所で、逃げ場もないまま狭い空間で火災になれば、どうなったか。
むしろ、相手もそれが狙いだった可能性すらあるのです。
「とりあえず、よくわからないけれど、慎重にいかないとまずいってことはわかりました」
「そりゃそうだ。追い追いそのへんも把握していけんだろ」
「ところで…」そこでわたしは、気になっていたことを口にしました。「結局あなたの方は、異能でなにができるんですか?」
マッケンジー氏は絶句していました。その周囲を、相変わらず無言のハトたちが丸い目のまま思い思いに佇んでいました…。
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