ハトとハードボイルド 第三回
何が何やらさっぱりだ、という事情が何一つ変わったわけではない。駅のそこらには鬱陶しいほどのハトがいて、でーでーと鳴いているが、それよりももっと鬱陶しいのは細身に黒いスーツを着込んで、相変わらずのにやけ顔をしている榊とかいう男の存在だった。
つい先ほどの記憶を思い出す。黒スーツの男は、こちらの都合など興味がないという体で「ともあれ開幕ですねぇぇッ!!!!」などと言うが早いか、マッケンジーの周囲を何やら得体の知れない存在が取り囲んだ。それはナレハテという、生き物めいて動いているが、決まったかたちも持たずにうごめいているかたまりのようなものである。動きはのろく、逃げることもできるのだろうが、これを蹴散らしてみなさいというのが彼が「依頼」と称してここに呼び出された理由らしい。
面白い話ではないが、ここは相手の思惑に乗ることで、少しでも自分が何に巻き込まれているのかを理解することがよいのだろう。彼と似た境遇にあるらしい数人が、やはり同じようにナレハテをけしかけられていたが、とりたてて窮地に陥るそぶりもなく、うごめいているかたまりたちを潰していく。こんなものに手こずるような者はそもそもここに招待もされないのだろう。中の一人にマッケンジーはぞんざいに声をかけた。
「おいそこの。さっきいい動きしてたな、とりあえず組んでみないか」
「それって、なんぱってやつですか?」
不審そうな顔で言われて、なるほどそういう見方もあるかと考える。先ほどジョーバンアーバンラインに同乗していた姿を覚えている、物売りらしき娘だが、周囲には彼が車両で見かけた老婆や子供の姿は見当たらない。ならば彼女は自分と似た境遇でこの状況に巻き込まれた人間に違いない。マッケンジーは彼なりにそう考えていたが、ナンパとやらの理由を親切に説明する必要もないだろう。相手も半ば冗談で返しているに違いなく、この状態で冗談を返せるならばいっそ頼もしかった。
ナレハテなるものはあっさりと蹴散らすことができて、傍観していた榊とやらも、イバラシティを頼みます云々とかてきとうなことを言っていたが、どうせ誰にでも同じことを言っているのだろうことは男の表情からも口調からも分かる。
さてこれからどうするか。中学生向けの漫画の主人公のように、このようなときに自分を選ばれた特別な存在だと思い込んでもろくなことはない。まずは試せることは一つずつ試していく。慎重にすぎて行動が一手遅れることは、漫画の登場人物であればたいていは死活問題になるが、見も知らぬ状況に放り込まれた素人にとっては、他人が踏み鳴らした地面を歩くことはマンチキンな安全確保の手段なのだ。などと理屈っぽく考えているところに、どら声が投げかけられる。
「おいおいお前ら、出発しないのかよ。こんなところで油を売ってても何もないぜ?」
声におどろいたハトの一羽が、すたすたと歩いて数メートルほど道を空ける。おろした窓越しにどやしているのは、どこからかタクシーで乗り付けてきた中年男で、これも榊が説明するに次元タクシーとやらの運転手らしい。いざとなれば彼の助けでチェックポイントとやらの間を行き来してもらえるそうで、これも「主催者」が用意した便利なシステムの一環なのだろう。
ひなたぼっこをしているハトの声が視界に入る。右に左に目を向けて見ると、自分たちのように駅から離れずに立ち尽くしている者はもう十人もおらず、おそらくこの騒動をどこかで眺めている連中にとって、自分たちのような慎重または臆病な連中はさっさと追い立ててしまいたいところなのだろう。出遅れたノロマには死を、などと言われたらどうしようかと考えなくもなかったが、今のところクロービスがケーブシャークに追われる心配はなさそうだった。
「いや、すぐに出発しますって。駅前の掃除でもしてからね」
相手の反応を見ながら、舌先三寸で答える。ハトがうろついている駅前のコンコースにふらふらと足を踏み入れると、またも空気が変わったような、かすかに重苦しく不快な感覚が鼻孔を舐める。
ハザマに生きるもの、というらしい、先ほどのナレハテと似たような存在なのだろう、歩行雑木にちわわという、やはり得体の知れない生き物がのろのろと近寄ってくるとマッケンジーを含む数人を囲い込もうとしていた。やはり追い立てられているようだが、マッケンジーはわざとらしく余裕めいた表情をすると無精ひげだらけのあごをなぜてみせる。
もう少し、他の連中の戦いぶりを見ながら、自分で試してみたいことを試してみるか。彼はそのように考えていて、意気込んで先へ先へと進んだ挙句、穴に落ちるよりもマシだと考えていたが、臆病者を追い立てようとする輩にも彼らなりの考えはあって当然だった。
ちわわの周辺を、ごく小さな火の舌がくるりと巻くと、それは瞬く間にコンコースを広く囲う火の壁となる。この奇妙な世界にふさわしい、奇妙な能力をこのチンケな犬っころでさえ持っているということだが、それはチンケな人間にとっても同じことである。
この世界を訪れた者には特異な能力が与えられる。マッケンジーのそれは彼自身が「ハト魔法」と命名した代物で、ふざけた名前にふさわしいふざけた力だが、能力としては決して悪くなく、先ほど、ナレハテを相手にして最低限の使い方を試してみたところである。
悠然と立っているマッケンジーの近くに歩行雑木が近寄ってくる。それらしく手をかざしてみる。何も起こらない。仕方なく足蹴にして追い払う。そこに物売りの娘が加勢すると、振り回した袋から石のつぶて、ストーンブラストが放たれてちゃちな雑木を一撃でへこませてしまう。
「もー!危ないですよ、なにやってんですか!」
「ああ。サンキューサンキュー」
呑気に礼を言うマッケンジーの態度に、娘の顔に「もしかしてこの人は石よりも役に立たないのではないだろうか」という不審の色がありありと浮かんでいるが気にしない。
まだどんな原理なのかさっぱり理解できていないのだが、自分の能力を「閲覧」した中に一つだけやたら強そうなものがあった。だが自分の能力でこんなものが使えるかどうか分からない。いざ使おうとして使えないとなればむろん困るから、それなら今のうちにと試してみたものである。さらに能力には優先順位を設けることもできるようで、うまく条件を指定できれば立ち回りながら、半ば機械的に能力を発動させることもできそうに思える。
「このヒールとかいうのはさすがに便利だね。どんな原理か考えたくもないがねえ」
ひとりごとのように、呟きながら立ち回る。相応に殴られたところで、先ほどまで歩道の傍らを歩いていたハトの姿がいつの間にか消えると代わりに痛みが和らいだのが分かる。
あらゆる力や効果がハトの姿で具現化される能力。それが彼のハト魔法の特徴らしい。さらに能力のこつを把握しようと、ろくに戦いもせずに相手に近づいたり離れたりしながら、そこらでぽっぽーと鳴いているハトの動きを目で追いかける。いつの間にハトが増えたり減ったりする、その姿はどうしても目にすることができないのだが、どうやら目標に近づくほど効果が増して直に触れればさらに力が出るようだ。これはこれで、使い方に気を付けなければ我が身を危険にさらすことになるだろうか。
「うん?これで終わりか。あっけないモンだな」
「いえ、あなたなんもしてないですし」
そうこうしているうちに、周囲が静かになる。結局、マッケンジーがろくに役に立たないでいた間に、物売りの娘が相手を殴り倒してくれたらしい。見たところ彼女の能力は手にしている布?袋?を自在に変形させたり物を取り出したりできる能力、といったところだろうか。シンプルだがなかなか頼りになる能力ではないかと思うが、その頼りになる娘は頼りない仲間にいよいよ呆れた顔を向けていた。
「ちゃんと働いてくださいよ。働かざる者クーベからずです」
「悪い悪い。明日から頑張るよ」
娘は不服そうな顔をしているが、マッケンジーの中では少しは有用な情報を手に入れることができたつもりでいる。この訳の分からない世界と能力を少しでも理解すること。これで少しは街中に出る備えもできただろうか。
なにしろあまりにもふざけた世界、ふざけた状況で、これを受け入れてこの世界のルールに従うという前提で彼らは今ここに立っている。世の中には短気な連中も天邪鬼な連中もいるだろうから、主催者に文句を言って逆らう輩もいるかもしれないが、競技場で審判に詰め寄っても最悪退場させられるのが落ちだろう。
ならばせめて自分なりに、買えるだけの安全を買った上でゲームに参加させてもらうしかない。雲の上の世界で活躍することはできなくても、マジメに楽しんでいればゲームセンターで対戦格闘台に挑戦できる程度には腕を上げることも可能なはずではないか。
「そんじゃ、まずはてきとーに先を目指してみますかな」
「そっちは池ですよ。水の上でも歩くんですか?」
水の上でも歩けるかもしれないではないか、とは言わない。なぜならば方角は単に間違えただけだからである。
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そんなわけで今回はサモンレッサーデーモンを試してみましたが、SPが惜しくも足りずに失敗しましたという日記です。もっとルールを読み込めよ!とツッコまれてしまうかもしれませんが習うより慣れろとも言いますし最初のうちに試してみよーかと試したみたのは本当です。そして水の上を歩こうとして出発地から移動できなかったのも本当です。つまりルールの読み込みが足りないので基本的にゲームの流れを理解し切れていないのですが、きっと何とかなるに違いないと前向きに自分を信じてみることにします!