8月31日
コマドリのメアリー。
橙色の扇のような尾羽が愛らしかった。
9月8日
イスカのアーニー。
赤い羽根は汚れをあまり気にしなくて済むから助かった。
9月30日
クジャクの姉妹、エリザベスとキャサリン。
絢爛として堂々たる無数の目は、思ったよりも傷みやすかった。
11月9日
オナガのジェイン。
青い鳥の羽根は果たして幸福をもたらすのか。
――イバラシティでの仮初の記憶に紛れて、懐かしい夢を見た。
荒廃した美術館の一角で、烏はゆっくりと首を振り、軽く翼をはためかせた。
その仕草は彼にとって、人で言うところの寝起きに伸びをするようなものだ。
緩やかに意識が浮上してきた所で、これまでの記憶を整理する。
……侵略が成功すればこのつまらない世界から抜け出せると、そんな話をされたのだったか。半信半疑ではあったが、少なくとも記憶・姿を向こうの世界に適応させた状態での仮初の生活は実際に起こっていたようだ。
イバラシティに紛れ込んでいる際の自身のアバターについては、ただただ嗤いが込み上げた。
正義を騙りながら罪を犯し、お為ごかしの献身で己の欲を覆い隠す。己を誤魔化し善人面をして自身も周囲も騙しているものは、欲に忠実に正直に動くものよりもずっとタチが悪い。とんだ悪人もいたものだ。
そうやって目を逸らして逃げ続けてきた輩が自覚を得た所で今更な話だ。季節外れの無花果の樹に縋っていても、掴めるものなど何も無い。
同業者たちとつるんで空洞を埋めようとしているようだが、底がひび割れた水差しには何も溜まりはしない。石を積み上げたとして、得られる水など無いのだ。
……とある少女の言葉を借りれば、仮に黒いままのカラスの姿を肯定してくれるものがいたとして。あの男はその姿には戻れない、戻る方法などもう覚えてはいないのだから。
そうでなければ、許せない。
さておき、あの男がそれなりの対人関係を築いて動いている点は評価できる。向こう側での感情の機微、あるいは面識は、こちらでそれなりに利用価値がありそうだ。せいぜい苦しみながら人と関わり続ければいい。
ふと、烏は視線を割れた展示ケースのガラスに映った己に向ける。
奪い取ってきたもので飾り立てた醜い異形の姿。その像がふと揺らいで……仮初の人生を過ごす偽善者と寸分違わぬ姿がガラスに映り込んだ。
元々、人の姿を模す能力は備わっていた。その時に取る姿と、向こうで与えられた姿が一致していたのは幸いだ。
詳しい状況を把握するまでは、この姿で動く方が賢明だろうと烏は判断していた。そして、次にするべき事も決めていた。
木染玄鳥という人物が本当に居たのなら、この状況でするであろう行動は――
口元に薄い笑みを貼り付けながら、男はハザマの宙に浮かぶ「LOGIN」の文字を見上げた。
…………
眩いものは、この目を避ける
滑らかなものは、この爪を逃れる
奏で響くものは、この声を嗤う
艶やかなものは、この色を拒む
美しいものは、
虚飾を 否定する。
このおぞましい怪物は、
それでも天国に憧れた。