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【夜明けと黄昏の記録 其の一】
――時は黄昏、逢魔ヶ刻。
「やーっと着いたなあ」
船から下り隣で背伸びをする親友に頷いて返しながら、僕は目の前に広がる港を見回す。
ここがイバラシティ――異能の力を持つ人々の暮らす島。
現時点で広がる景色は僕らの住んでいる日本の港と何ら変わったようには見えないが、
恐らくこの港で働いているであろう人々の中には異能と思しき能力で仕事を進めている様子が伺える。
それだけでとても新鮮な光景だ。
少なくとも「組織」に所属している僕たちにはここでなければ縁がないだろう……
"異物混じり"の僕たちは、人に紛れねば生きていけないのだから。
「何てーか、全くもって日本!って感じだなー」
「そうですね……案内書も日本でよく見るのと同じです。言語面の心配がないのは救いですね」
「ま、お前なら外国語だろうが何だろうが大丈夫だし俺は安心してるけどさ!」
「僕を某ひみつ道具みたいなポジションにしないでください」
「食べないから違うだろ!?」
「ええ……ツッコむところそこですか……?」
呆れたように言いながらも、僕は彼のそういうところは肩の力を抜くことができるので嫌いではない。寧ろ好きだ。
人付き合いが苦手な僕と違って彼は人と仲良くなることに関してはチルドレンの中でも人並み以上の才能を持っている、現地の住人に警戒される可能性は極めて低いと見て良いだろう。
もちろん、戦闘に関しては言わずもがなだ。
「さてと……ここにターゲット――日明の親父さんをやった奴がいるんだよな」
「ええ。「組織」が最新で入手した情報ですので間違いはないでしょう。
異能者の住む島であれば力を行使しても問題ないと踏んだのでしょうね」
「でもだからって、みんながみんな異能で自分の身を護ることができるかっていうと違うしな。
早く見つけられるといいんだけど……」
「そうですね……これ以上被害を出すワケにはいきません」
僕たちの目的……それは「組織」で長年追っている"なれの果て"を斃すこと。
元々は僕の父が携わっていた任だったのだが、その父が奴に返り討ちに遭い標的は逃走。
息子である僕にそれが回ってきたということになる。
……いや、元々は先に僕に回ってくるハズの任だったのだ。
それを僕にやらせまいと、父が最後まで足掻いた結果が今だ。
僕に宿る■■――"異物混じり"に対する毒。それを用いねば簡単には倒せない相手だとわかっていて、
父が僕にやらせたがらなかった理由はわかっている。わからないワケがない。
でもこれは、僕がやらなきゃいけないことだと運命づけられていたのだろう……だから今ここにいる。
この任を果たせたとして、僕が生きている保証は全くないとしてもだ。
「……すみません、月夜さん。巻き込んでしまって」
だからこそ、この任に彼もついてきてくれたことは嬉しくもあるが申し訳なくもあって謝罪の言葉を口にした。
彼は少しだけ驚いた顔をしたが、すぐにいつもの笑顔になってばしばしと僕の背中を叩いてくる。
「何言ってんだよ水くせえなあ!死ぬかもしれないとか今更だろ?お前が気にすることないって」
「でも……いえ、そう、ですね。すみません」
「それよりも俺はお前の方が心配だよ。……発作、大分酷くなってきてんだろ」
「……ええ」
「もうすぐメディカルメンテが近い、それまでに見つけられなかったら一旦素直に退く。
お前が何と言おうと退くからな」
「では僕も、貴方が危ないとなったら何と言おうと退きますので。無茶したら殴りますからね」
「……ぜ、善処しま~す……」
僕がこう返すといつも彼は視線を反らして苦笑いで逃げようとする。
いつもこうだからできれば巻き込みたくなかったが……こうなれば僕が何とか彼を引っ張るしかないと
諦めるしかないだろう。
それに心配ではあるが、彼がいてくれることはとてもありがたいのだから。
「さ、拠点に移動しましょう。ツクナミ区というところに組織がカムフラージュして作ったアパートがあるそうです」
「ツクナミ区っていうと……ちょい地図見せて……うわ駅ねえじゃん、えーっと今ここがオオキタ区?だっけか……
だから……」
「隣のウラド区まで駅を経由して、あとはバスで行った方が良さそうですね。
学園都市だそうですしその辺りの交通手段は問題ないでしょうから」
移動を始めようとしたその瞬間。
「 ―― !!」
脳内に知らぬ男の声が強く反響する。
「…………何だ、これ」
「……敵……?いや……これ、は――」
脳裏に映る男の顔と言葉がはっきりと認識できたその瞬間、僕らの意識はぷつりと途切れた――ような気がした。
けれど、語っていたことははっきりと頭の中に焼き付いていて……
「……月夜さん。今の」
「ああ、聞こえたし何かすっげーテンション高いおじさんが見えた……――これ、マジだと思うか?」
「正直疑わしいですが……異能が日常の場所です。完全に否定というのは難しい気がしますね」
異世界からの侵略、世界の権利の争奪戦。
フィクションの中ではよくある話が現実に起きているとはにわかには信じがたい。それが至極当然な反応だろう。
しかし、異能というものはそれさえも成し遂げてしまえる可能性を秘めている。
「今回の任務、予想以上に一筋縄ではいきそうにありませんね……」
色々ととんでもなくなりそうな場所に標的は隠れてくれたものだと、僕は小さくため息をついた。