遠くでは火が燃えていた。それが私には見えたし燃えて火の中になすすべなく消えてゆくものたちの香りさえ知り抜いていた。火の爆ぜる音がしていた。けれどそれは幻だった。いまだ現在に届かず、ついに現れるその確証さえない、遠い過去、それとも未来だった。火を私は知っていた。火を通して形を結ぶ多くの実相があることを知っていた。蝋燭の、焚き木の、炉の、硝煙の、鍋の、鋳造の、火刑の、焚書の……どうした知覚や記憶の底にも火の残像はさまざまにちらつき、私は私に現象するこの幻像の由来を遡りきることができない。

火が燃えるときには必ずそこで燃える火種を必要とする。なにかが燃えているがために火がある。燃焼とはふたつ以上の物象が激しい熱とともに交合する物理だからだ。火は必ずなにかの火であり、必然的に、なにかかつてあったものの焼尽を伴う。火は滅びと無縁ではいられない。天を焼くほどの劫火、いくつもの神話に見え隠れするその終末のイマージュは、そこで焼き尽くされてあるなにものかについて語らない。世界を焼く火は、世界以前に、なにかを焼くことによって始まる。はじめになにかの灰がある。はじめになにかが消え去っている。その焼尽が世界の終わりの始まりにはある……ベルフィが焼いたものはなにか。

サバスは去った。ギルとシズクも去った。畢竟、よその世界の惨事に過ぎない。私たちには世界間渡航がある。見届けるも見限るもそれぞれの、結局は守るべきなにかの選択性に過ぎない。私たちは、否応なく、なすすべなく、運命としてここにいるのではなく、偶発的に、選択的に、意思の帰結により、敢えてここにいる。敢えて戦おうとしている。フィガロをつれて逃げるすべを模索するべきだと、私の中の人間は云う。ベルフィを殺して世界を救うべきだと、私の中の革命者は云う。そうしていつもの慣れた身振りで、私は無益な革命を選択する。抗うべき政体もないまま。弾丸の軌道を定め切らないまま。ひしゃげた翼で。雨の降る音がする、降るはずもない乾ききった大地に、またもうひとついつかの幻が忍び寄る。フィガロ、ヤール、と、声をかける、こたえがない。呼び損ねたかと振り返る。影がない。誰もいない。灰だけが失われたまま私の背後にただ広がっている。誰もいない。すくいあげるすべがない。革命の意味がない。ああ、今日、あたしがひとりで行くと言ったんだと、それだけのことが思い出せない。背後には燃え尽きたものたちが、沈黙のまま横たわっている。フィガロ。ヤール。こたえてくれ。