青菜を切る。
米を研ぐ。

食材を手に入れるのは、村にいた頃よりもはるかに容易だった。
今の私には、食べものと引き換えにできるだけの金銭があり、食べものを売ってくれる場所がある。
ここでは、私に米を分けたのが知られて、誰かが排斥されるような恐れもない。

人目を避けて山に入り、獣と人に怯えながら野草を採り、兎を狩った日々。
荒れ痩せた畑から、村人に台無しにされる前の、まだ熟しきらない実りを刈り取るあの痛み。

私のからだは強かった。

食べものを手に入れられず、自らを抱いて眠る冬の夜。
それが何夜も続こうと、私にはそれを耐えうるだけの強さがあった。
今ほどしっかりと立ち働けはしなかったが、それでも私には、雪と凍った土を掘るだけの体力が残っていた。

かあさんは違った。
かあさんは、もともと弱っていた身体をどんどん損なっていくようだった。
村の女の食べものを、私は手に入れられなかった。
私が手に入れられるもののすべては、あまりに貧しかった。

私の強さは父の強さだった。
かあさんを通じて、父から齎されたもの。
私のからだは、父を引き写して強かった。

私と父はあまりにも似ていた。
知ってからはそれが疎ましく辛く、だからかあさんを損なうのだと酷く自分を責めもした。
父は私の悪夢だった。

そして今の私は、悪夢から醒めつつある。
醒めなければならない時が、もう、来ている。

目覚めた場所がそれよりも重く辛い現実でも、私は生きなければいけない。
罪のように我が身に染み付いた父の強さ、それを握りしめ、それに齧りついてでも。
だからまず、食べものを、買ったのだった。

生き、そしてゆくために。



――……食事をしないってのは、よくないな。
　　　味がしないのも、人斬りに遭ってからか？
　　　生きてくつもりなら、無理にでも食いな。
　　　食事と思わねーほうがいい。自分の手入れだ。水やりみてえなもの。



　　　あんたは還ることができる。
　　　どこへでも行ける。
　　　赦されている……生きることも。死ぬことも。



　　　　Glissez, mortels, n'appuyez pas.　　
　　　かろやかに滑れ、死すべき者よ。踏みしめることなかれ。　　

黄昏を宿したほのかな焔の一塊が、燈子の影から静かに滑り出た。

焔は音もなく、ほのかに瞬いている。