――追憶に、再び埋没する。







「…魔王様、準備。整いまして御座います」

「御苦労様。……しかし、何ね。まだ今ひとつ、自分が魔王って自覚は薄いけど…。
……この……いや。こいつ等がこれから殺し合いに赴くと思うと、気が重いわ」

「止めますか？」

「冗談。時間は無いのよ。…それに、事前に意思は確認したわ。
それでも参加すると言うのなら…私は止めない。…それだけよ」

「…………魔王様。彼等は歴戦の古強者ではありませんが、身体能力は人間を遥かに凌ぐ。
それも、魔王様が直々に産み出した者達です。早々遅れは取りませぬ」

「…………そうね」

それはそれで気は思いが、と心中でフィーグルは呟く。
吹き付ける風は、身を切る様な冷たさだ。
足下の崖下から見えるのは、魔王城に最も近い…人間の砦。

あの日、魔王城に飛ばされてから5日。私はついに王へ牙を剥く事にした。
…何てことはない。どうすれば自分達が生き残れるか、それを考えた結果がこれだっただけだ。


王にとって私達の存在価値は、魔王や強力な魔物達の掃討員。いわば殺し屋だ。
魔王がいなくなれば、彼等は栄光を得た、軍属ではない強大無比な戦闘能力を持つ危険人物に早変わりする。
まして、かつての仲間――私は今でも仲間と思ってるけど――が魔王となったとなれば、私のように処分対象となる事は目に見えていた。

エルフは種族同士の繋がりが強いから軽々に手を出すわけにもいかず、国ではなく教会の所属であるウィルムをどうこうするには教会との交渉が必須だ。教会の連中がウィルムを何とも思ってなかったとしても、国に対しての強力な鬼札を、早々に切るはずもない。できる限り値を釣り上げるはずだ。
今日明日で彼等の身に危険が及ぶ事はまず無いと見ていいだろう。

問題はディラックだ。
連中は十分な時間があったにも関わらず私ではなくディラックを魔王と見たところから考えると、魔王を識別する手段は持ち合わせていない可能性が高い。まだディラックを魔王と勘違いしたままかもしれない。

いくらネフリティスの王子とはいえ、魔王となったのであそうはいかない。むしろ身内の恥は早々にとばかりに早々と処刑をしてしまう可能性もある。
それは何としても食い止めなければならない。それには、どうするか。
…考えた末、私の結論は一つだった。存在価値が無いから殺されるなら、存在価値を与えれば良い。

騎士団でも手に負えない、かつての再来とばかりの魔物の出現。そして、魔王として私が出る事。
――こうすれば、ディラックは魔王ではないと考えられる。
私の指揮で魔物が動いているという情報が出れば、偽装を疑われる事も無いだろう。

…私達はかつて魔物達を倒し、この世界に現れた未曽有の危機を歴代で初めて討伐した身だ。
勇者であるディラックはもちろんの事、他の二人に手を出す事は難しくなるだろう。
せめて魔王である私を討伐してから――そう考えるはずだ。
軍略にはあまり詳しくないが、寝返る可能性を考えるだろうから彼等が派遣されるのは本当に最後の手段…。「魔王軍」が王都に差し迫ってからだろう。

そこで、私があいつ等を説得する。
こちらとしては、仲間さえ無事なら後は王国がどうなっても構わない。
みんなが望むなら戦いを止めて講和条約でも何でも結ぶし、隠れ住む生活をする事もできる。何なら、討伐されたって良い。

これはその為の第一歩。
侵略ではなく、救出するための。そして、私の魔王としての第一歩。

私は眼下に見える砦を睥睨し、背後を一度だけ見る。
シェイドと呼ばれる影の魔物が大半。後はオーガとか、ゴブリンロードとか、ワイバーンとか。
本当はドラゴン軍団で一気に殲滅したかったのだが、まだ慣れてないせいか上手く形を作れず、結局シェイドが産まれた。
…まあ、こちらはいずれ慣れて行くだろう。

「魔王様。では…？」

側近の老魔族が私の顔を見上げる。
…彼は。彼等は、私の事を信頼して命を預ける覚悟でいる。
その彼等を騙す事に少しの罪悪感を覚えつつ、私は叫んだ。

「改めて伝えるけど。逃げる奴は放っておいて、攻撃してくる連中を叩きなさい。
　……なるべく殺さない様にしなさい。
　――それじゃあ」

行くわよ。
その掛け声と共に、私は飛翔の魔法を唱えながら、崖を一気に飛び降りた。
その背後で魔物達の鬨の声がこだまする。

身を切る風を感じながら、私は攻撃魔法の詠唱を開始した。

自分の雷を見ながら

真偽はさておき、ナナシ的には間違いない！というように自信満々と言う。

種族として超えられない壁…というものはナナシ自身よく理解しているようで、安易なことは言わずにただ悩む素振りだけみせてそう返す。

　本人の言う通り、魔力に満ちているのが見てわかるだろう。

　
　フィーグルの言葉の津波をどうどうと抑えるように。

やってみせようか、という言葉には興味ありげな表情を見せるものの。

満足そうに、また心より楽しそうに言う蛇龍とは対照的に、少年は疑問の表情を浮かべる。

フィーグルの謝罪に、ただ一言、そう返した。

どこでも権力闘争は発生するものだ、とあくまで傍観者の語る口振りで。

ぽつり。一言。

　褒め言葉が続けば、眉を顰めた。

　エンブリオと人について、自信を持った頷きが返ってくれば、また考え込むように。
　けれど、続いた言葉に、怪訝そうな顔になる。

　技の名前については、確かに、と小首を傾げ。

　何となくツッコミを入れてみた。

　誰の名前やねんシリーズである。