Side:A　−−−


　　　　　ぴちょん　　　ぴちょん　　　　ぴた
　ぴ　た

　　　　　ぴた　　　　　ぴちょ　　　　　　　　　ぴた




「雨？」

　妖精の森。今日は冷たい感覚がした。うつらうつらと眠りこけていたけれど、項に落ちて来た冷ややかな感触に目を覚まし、木の根元に座り込んだ姿勢から喉を反らす。
　裾の長いワンピースはぴたぴたと湿っていて、ブーツとソックスは木の根もとに置いてて、足ははだけていた。直につめたい感触が、彼女の足元を覆う。

「……霧」

　若葉と梢を湿らせた霧が、水滴となって落ちて来たのだと、頭上に広がる木々の屋根を見て納得した。
　半身は冷えそびていて、ぼぅっとした思考は鈍重な動きしか与えてくれない。しかし段々と冷たい空気が心地よくなってきて、歩くのには不自由しなくなっていた。

「…ん」

　若葉の天井を見上げたまま、こん、と背中側の幹を肘で小突く。途端にぱらぱらと落ちて来た冷えた水に、心地良さげに目を細めた。
　……川のない森林で行う水浴び。
　朝方の森は好きだった。静かで、自然動物の声がきもちいいから。

「ううん」

　ただ、霧に濡れるのを嫌がってか、鳥も獣も今は静かだった。もたげた頭をくてりと下ろす。空がはっきりと見えないから光合成もできない。
　雫に濡れた顔を、手の甲でごしごしと拭って首を傾げた。
　ぴたりとはりついた衣服は汗ばんでいるなら気持ち悪かったが、今はだいぶ心地良い。
　樹は霧のせいで光を通さないが、その代わり雫に濡れてまた違う輝きひとつ。露を落として尚、水の色で艶めく木の葉が視界に入った。



　――綺麗だと思った。



　常人よりも血の通りが遅い彼女は目覚めた時よりも冷えている感覚がした。

『なーぉ』

　突然猫が……ラウが膝の上に乗ってきた。肉球をぽたぽたと、膝の上にたたいてくる。そういえば、と連れてきたバスケットを見遣ると半開きになっていた。いつでも出られるように小さく開いていた所で、落ちてきた水滴が彼を目覚めさせてしまったのだろうか。

『ニッ、　ニァ！』

　あたたかく動物らしい体温が肌に重なる。ただ、此れは普通の動物と違って、妖猫…化け猫なのだけど。ただどうにも幼い仔のようで、だれにも害を為すことはしない。
　よじ登ろうとするラウの前足の付け根あたりを、両手で抱えて抱き寄せる。妖花にない暖かな感覚を持つ猫を軽く抱きしめる。ラウは非常におとなしいもので、暴れたり抵抗したりもしない。
　黒い毛並みをあやすように指で撫でてやり、肉厚を押すように指でつまむ。

『ニャア…なぅる』
「……みーぉ」
『なォ…』

　猫の声真似をしてあやしていたら、うぞぞぞとラウは震えると、偽のもとから離れてバスケットの中に入る。何かと疑問に思えば、バスケットの中に入れていたネクターの花を咥えて戻ってくる。
　忘れ物を取りに来た子供のように「ふー」と茎を咥えて偽に差し出す。

「……ラウ」
『に、にーっ』

　ネクターの声を、偽は聞いた。『この』ネクターは何かを望んだ。それを私に叶えてもらおうと呼んできた。声はネクター……おそらくは。
　今まで探しようがあるはずもなく、願いをかなえようとする兆しもなければ出られないのも当然だった。ずっとずっと自分の傍にあったのだから。
　ネクターの茎を指先でころころと回し、ふと思う。

「……花は、何を望む？」

　満開とし、花は広くわたることを。ここにある様々な花は花でありながら何にでもなれる。使われない花なんてない、役割も様々。
　枝を広げた木々の笑い声が聞こえる。気ままな風の妖精に誘われれば、ふと帽子を押さえて空を見上げた。
　ぱちりと見上げる先は相変わらず見えないけれど。

「……ラウ」

　『に……』とラウは背を伸ばして首を後ろに。見上げた紫色の眼は、霧に濡れてうるると輝いている。不安定でうつろぐように、髪の毛先からぴたんと滴が落ちて、ラウの額に落ちていく。
花を口元に寄せてすっと呼吸。
　人で表すなら心臓の、あるいは胎動の――命の輝き、を感じる。
　それを多くの人に届けたい。それこそが本懐、であれ。
　ネクターの《願い》を彼女は聞き入れる。それを受諾する。

「……いっぱい咲かせようね」

　冷たい感触と、芳しい余韻。偽と周囲に満ちる花々の香り。
　直に霧も晴れてくるだろうから、木漏れ日で暖かさは戻ってゆくだろう。

不思議そうにして瞑っていると軽く触れた唇。
それと共に幼稚園児の姿から通常の姿へとまるで変身するかのように変わる。
きょとん、として辺りを見渡して目の前にいる少女の方を見る。

ほんの少しだけ大きくなって、改めて迦楼羅はそう礼を言った。

　よく見てきた。その言葉の後に続いたのは、理解を超えた言葉の数々だった。
　大自然に囲まれた世界と、戦争ばかりの世界はまだ何となく理解が及ぶ。だがあまり馴染みのない機械が発展した世界というものは、中々想像するのは難しい。

　首を捻り考えてみる。やはり世界は広いものだ。

　故郷ではサボテンは外来種であるため放置は出来ない。

自分の事なのに、分析しながら話している。
特に何も考えずに話していたのだろう。

……あまり研究者らしからぬ人物ではある様だった。
頭は良いはずなのだが、知っていれば「脳筋」という単語が脳裏を掠めるかもしれない。

何気ない一言でも嬉しい時はある、と言われれば。

照れ隠しであろうかちょっと話を足早に話す。
ぜんぜん隠せていないのが現状ではあるが

なにか、不似合いな言葉を聞いたかのよう。
鸚鵡返しに偽を見る。

ぽつり。ぽつりと。
何か、確認するように言葉を漏らして、
瞼を伏せる。

　ビルの群れのことを言いたいらしい。微妙に誤った認識をしていそうだが。

　脳裏に過る150km/h。車のイメージはそれしかないのである。

　神妙な顔で、思わず二回訊いた。

シトロンから離れた位置で、ミィナからも離れた位置で、
偽はゆらりと立っている。

目の前に立っているのは見知った相手。
いつも隣で戦ってきた…

赤い星は何も語らない

急いで離れた場所にいく。

武器を構えた。