館に人形師として雇われたレーネフィアが通い始めてから数週間が経った。
劇の公演自体は週に一日。
だが、準備などの名目でその他の日も館に入る事は許されている。
館の中を探索したいレーネフィアにとっては、都合のいい話だった。

玄関を開け、ホールの中へと入ると侍女――レーネフィアをこの屋敷へと案内した少女だ――が挨拶をしてきた。
この侍女はレーネフィアの姿を見かける度に声をかけてくる。
レーネフィアに何らかの感情を抱いているのか、もしくは館の主に監視でも命じられているのか。
どちらにせよ、単なる挨拶ではないことを察せるのならば問題のある事ではない。

廊下を進み、大扉を開けて屋敷の内に作られた劇場へと這入る。
劇場の仕掛けや照明は自分一人で設えると言ってある為、準備中に誰かが入って来る事はほとんどない。
要するに、準備以外のことをしていても気付かれないということだ。

舞台に上がり、精神を集中する。
次第に足下の影が蠢き、その面積を増す。
まるで生きているかのように脈動する影は、舞台を覆い尽くしなお広がっていく。
やがて影は沸き立つように泡立ち、立体として立ち上がる。

起き上がった影は壁を伝い、館の影の中へと消えていく。

“影”の使い魔は、最近レーネフィアが使えるようになった能力の一つだった。
魂に取り込んだエンブリオ達――その肉体を影で再構成し、実体を持った使い魔として召還する。
無機の王は、その身に召抱えた者を永遠に忘れない。

屋敷に入って、数週間。
この使い魔を使って探索する回数も結構なものになっている。
それで手がかりが見つからないというのは、問題は探し方にあると考えねばなるまい。

隠し部屋の類ならば、「影」は難なく侵入するだろう。
それが入れないならば、そもそも遮断されているのか。

結界にも種類がある。
外側に源があるもの、内側に源があるもの、そもそも源の存在しないもの。
外側からの侵入者を妨げるもの、内側から出て行くのを妨げるもの。
特定のモノを退けるもの、特定のモノのみを受け入れるもの。
対処はそれぞれによって千差万別。
今から所在・術法を調べて結界に対処するには、正直時間が足りない。

　恭しく騎士のように傅くと、紅い瞳を爛々と輝かせながら芝居がかった調子で言う。