「ダンテック・ノエルは、女かもしれぬ」
　フラウがそう告げた時、ラケルトは、今まで見たこともないような表情をしていた。
「おいおいおいおいおいおいおいおい。どーゆーコトだ？　あの坊主は男装でもしてたってのか」
「かもしれぬ、と言ったであろ？　まあ聞け。リリスにも話したのじゃが――」







「やあ。死んでぶりだね。上手く生き返ったようで何よりだよ」

　ブカブカの白衣に褐色の肌、へらりと張り付くような笑顔。
　何処か信用ならない、その男――

「――ヴィルヘルム・エヴォル・メダルドゥス」
「覚えていてくれたんだね？　光栄だよ」

　エヴォルは黒い拳銃――先ほど僕を殺したばかりの凶器だ――を掲げる。
「何のつもりでしょうか」
「敵のつもりじゃないことだけは、確かかな？」

　そう言うと軽薄な笑みを浮かべたまま、拳銃を遠くへ放り投げた。
「それで信用しろ、と言うことですか」
「出来ないならそれでいいよ？　ボク、信頼されないのには慣れてるからね」
　そんな軽口を無視し、僕は問い詰めるように語気を荒らげる。
「教えて下さい。貴方の目的は何ですか？」

　しかしエヴォルは平然とした調子を崩さず、今度は白衣の袖の中から、青緑の宝石に彩られた十字架を取り出した。

　 ブ ル ー ク ロ ス
「《青い十字架》という組織に、聞き覚えはないかい？　ミラルカ君」
「ダンテック・ノエルの所属していた機関ですね」

「正解。もうノエルについては辿り着いているようだね。“吸血鬼排他的人間至上主義集団”、化物狩りのブルークロス――。
……じゃあこっちも分かっちゃってるのかな？　ノエルが、――君を殺そうとした理由」

　どうやら僕は、以前にも一度殺されかけていたらしかった。

　　　　　　†

「ダンテック・ノエル」
　それは僕の旅の中で、エンブリオの血を綴る度見えた存在。

「このメルンテーゼで、最初に彼が吸った血はセイレーンのものだ」
「！」
　エヴォルのその言葉を聞いて、思い出す――。
　燃えていき、崩れ落ちる小屋の中。確かに紅蓮の炎の中へ飛び込んだセイレーン。彼女は何故か生き残り、僕の前に現れた。
　セイレーンが死ぬ寸前見た記憶。青竹色の帽子を被った男に、助けられていた。

「それは偶然だった。善意だった。死んでしまうセイレーンを生かす為、吸血鬼にしたんだ。しかしノエルは苦悩した。自分の役割は――吸血鬼を殺す、化物狩りだから」



　ダンテック・ノエルがパロロコンに語った、異常なまでの台詞が脳裏に過る。
　故に悪魔の尖兵であるパロロコンもまた苦悩し、彼に自分の素性を告げることなく見送ったのだ。

　悪魔――――

　しゅるり、と。
　突如僕の衣服の袖から、一匹の蛇が這い出てくる。

「……へえ。もう顕在化が出来るんだ」
　エヴォルは蛇に気が付くと、興味深げにメモを取り始めた。

「君は、リリス――」
「――そう。ノエル、また殺し損ねたのね。良いわ、アイツの事は、アタシの口から説明してあげる」

　　　　†

「じゃあ、本当なのね？　ノエル――貴方が、女だって話」
「フラウから聞いたのか」
　「そうよ」とリリスが肯定すると、ノエルは青竹色の帽子を深く被り直して「僕が女だというのは、正確な解釈じゃない」と答えた。

　薄暗闇の中、室内で蝋燭に灯った、極彩色の炎が揺らめき二人を照らす。
「そう、そうよね。これでも私、鼻は効く方だもの。ノエルからは男の人みたいな匂いがする。きっとフラウは何か勘違いを――」

「――勘違いをしている訳じゃ、ない」
「……、……」
　ぴしゃりと言い放ったノエル。思わず俯き、表情を曇らせるリリス。
「僕はな、リリス。男であり同時に女でもあるんだよ」
「なにそれ。性同一性障害、って奴？」
「感覚としては近いが、それもまた正確じゃあない」
　するとリリスは二度目の「なにそれ」を口にする。

　ノエルが口を開くと――
　　　　　　 、、、 、、
「僕には、性別がないんだ」

　――蝋燭の炎が、ふっと消えた。