【Before Grand=Guignol / Side:G】


彼女の話をしよう。


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気が付けばまた、金髪の女を探していた。

どうせ一時の気晴らしなら、赤毛でも黒髪でも良いだろうに。
そう思ってはいても結局、声を掛けたのは金髪の女だった。
腰まである長い金髪の、色白の女。
見え透いた僕の誘いに乗ってきた、それなりに綺麗な女。
化粧が派手なのが若干趣味から外れているが、後腐れのない相手を探すと大抵はそうなる。
別に構わない。お互い本当の顔など知る必要もない。

わかっている。
他の誰かでは満たされないことくらい。
どんな綺麗な女でも、どんなに君に似た女でも、代わりにすらならないことくらい。
わかってはいる。

君よりも色が濃くて癖の強い髪に、君を見ようとするなんて。
きっと僕はどうかしている。


*******


女と別れて、身なりを整えてから天幕に戻る。
「また会える？」なんて訊かれて、「どうかな」と返しておいたけれど。
正直次に会ったところで覚えている気がしない。
既に顔の印象すら曖昧だ。
同じ町に来るのは3年は先だろうから、別に困らないだろう。


静まり返ったテントの間を抜けて、馬小屋に向かう。
入口からちらりと覗くと、長い金髪が見えた。
柵にもたれて、俯いている。
前に馬小屋にいる彼女を見かけて以来いつも、馬小屋に足が向く。
彼女がいたのは今夜で二度目。一度目は声をかけられなかった。

「こんな時間まで起きていたのかね」

声を掛ける。普段通りを装って。
他に誰がいるわけでもないけれど。

「……座長こそ…こんなところで、何してるんですか…？」

寝ていたところを起こしてしまったようだ。
眠たそうな目が僕を見て、だんだん目つきが据わってくる。
怒っているのかもしれない。
これでも控えているつもりだし、遊んできた痕跡は極力残さないようにしているのだけど。
その様子だと知っているのだろう。どこから漏れたんだか。
まあ、それはそれでいい。

「君がいるかなと思ってね」

返事はない。代わりにじっとりとした視線が痛い。
君の顔が見たかった、なんて言ったらそれこそ君は本当に怒るだろう。

「君は本当に馬が好きだね」

柵に背中を預けて、天井を見上げる。
傍に寄るのは気が引けて、一人分の距離が空いた。

「馬は嘘、つかないですから」

思わず漏れた笑いは、多分自嘲だ。
きっと君は、僕のような男は嫌いだろう。
さっきのは嘘じゃない、なんて言葉は口に出す必要もない。

イゾルダは僕から目を逸らして、馬の方を見た。
紅潮していた頬の色が引いてきて、少し伏せた目元に長い睫毛が影を落として。
そう、時々君は、多分自分では気付いていないのだろうけれど。

息を呑む程、綺麗な顔をする。

僕を見る時は、そんな顔はしてくれないのに。

「…妬けるなぁ」

「なっ、やっ、え…！？」

そう口が滑って、内心ひやりとする。
大丈夫。
聞かれてしまったようだけれど、こう言えばきっと彼女は勘違いしてくれるだろう。

「あのねぇイゾルダ。君ももういい加減大人の女性なんだから、冗談と本気の区別くらいついてくれたまえ？」

横目で彼女の様子を窺う。
思った通り。
みるみるうちに頬が赤くなって、今にも泣き出しそうな目で僕を睨み付ける。

「あっ…ま、またからかったんですね！？わ、わたしそういうのは苦手なのに…やめてくださいって言ってるじゃないですか！」

落胆する気持ちがないでもないけれど。
これでいい。
彼女が気付いてしまえば、きっと僕は《座長》ではいられない。

「はは、そう怒らないでくれたまえ」


「そういえば、昔そんなこともあったね？」

こういう時にするりと言葉が出てくるのもどうかと思うけれど、多分性分なんだろう。

「え」
「いつだったかな、君が来てそう経っていなかったと思うけれど」

そう、あの時の君はまだ、僕より小さくて。
僕とアンリは君をからかうのが楽しくて仕方なかった。
君にしてみれば、鬱陶しいことこの上なかっただろう。

「君がそんな風に怒って、僕におがくずを投げつけたことがあったじゃないか。あれは酷かったなあ」
「え え そんな お おぼえてない です」

君は嘘を吐くのが下手だよね、昔から。
今だって、可哀想になるくらいわかりやすく目が泳いでいる。

「どうして怒ったんだったかな、あれは」
「…座長が髪を引っ張ったからです」
「ほら覚えているじゃないか」
「も、もういい加減にしてください！」
「はは、そうだね。そろそろ退散するとしよう」

あまりからかって、拗ねられても困る。
個人的な欲を言えば、拗ねた顔も見たいけれど。

「君も早く寝たまえ？夜更かしは美容の大敵だよ？綺麗な肌が台無しだ」

言いながら踵を返す。
言葉かけて、引き止めていたのは僕の方だというのに。


僕はこれまで、君の兄であろうとしてきた。
別にその立場が嫌なわけではない。
今ならまだ、一番近くで君を見ていられるし。

小さかったイゾルダ。
初めて会った時は、綺麗な髪をした子だな、くらいにしか思わなかった。
それからずっと、妹だと思ってきた。
いつの間にか僕より背が高くなっていたことには驚いたけれど。
イゾルダは僕にとってずっと、アンリと同じ家族だった。はずだった。

きっかけは横顔だったと思う。
ふと目をやった君の横顔がとても綺麗で。君が十五くらいの時だったか。
気付けば僕は、すっかり君に参ってしまっていたというわけだ。
そういえばあの時も、君の視線の先には馬がいたっけ。
慈しむような優しい眼差しは、決して僕を見ない。
当然。僕にそんな資格はないのだから。


「おやすみ、イゾルダ」


淡く光る柔らかい髪が好きだ。
すぐ赤くなる白い肌が好きだ。
すらりと伸びた長い手足が好きだ。
君が時々見せる、綺麗な横顔が好きだ。
いつも少し困ったように微笑む君が好きだ。

思うくらいは良いだろう。
君が好きだと思うだけなら、君が欲しいと願うだけなら。

けれど言葉にはしない。

言葉にして、伝えてしまえば僕達はもう、三人の家族には戻れないだろう。
それはきっと、君も、アンリも。
望んでいないことだから。



君を誰より愛してると、僕が君に伝えることはない。

少し安心したように呟くと、出された手をゆっくりと握る

真面目にそんな事をいったりしているが、その乏しい表情からは
どんな気持ちで言葉を返しているのかは伝わらないだろう。

ドロテアの顔を覗き込んで、ブルートの妻はにっこりと微笑んだ。
その隣で、ブルートも微笑を浮かべる。

ギーの方へ一度だけ視線を投げてから、
ブルートは再びドロテアの姿を見つめた。

“パパとママ”という表現に夫妻は嬉しそうに顔を見合わせて、
嬉しそうにドロテアに目を向けた。

何の前触れも無く現れた金髪美女……に見える人物が、
夫妻の間を割って顔を覗かせた。

“ディア”と呼ばれた人物はハートを撒き散らしながら
ドロテアを見てはしゃいでいる。