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顔を上げた夫妻の目に映ったのは、よく見知った、けれどこの場所で見るのは珍しい姿だった。
しかも、更に珍しい２人組だ。
その片割れ、先ほど声を上げた方……ディアが、宙に浮く派手なトランクに腰掛け、
夫妻の方を見下ろしてため息ともつかない音を洩らした。

「とりあえず、元気そうねぇ……心配して損したわ」
「やあ、Mr.ブルートとそのご婦人！ 探していたのだよ！」

ディアの前に身を乗り出すようにして、夫妻のほうを見つめ……
ているようだが視線は相変わらず一点を向いたまま、クリスが大仰なポーズをしてみせた。

この２人は、“廃墟マンション”でもあまり住人と関わろうとしない夫妻が交流を持つ、
数少ない住人だ。
夫妻が頼まなくても沢山の衣服を頻繁に提供してくれるディアと、
ブルートの元へ“頭部”を求めて頻繁にやってくるクリス。

「僕達は無事だけど……何故ここに？」
「何故じゃないわよっ!! アンタ達が物騒な目に遭ったって聞いて探してたのよぉ？」

首を傾げるブルートに、ディアは脚だけでなく腕も組んで見せて、
細く整った眉を吊り上げた。

「まったく。……ま、無事で良かったわ」
「それよりMr.ブルート！ 新しい“美しき頭部”をお願いしたいのだが！」
「っ話がややこしくなるから少し黙ってろナルシスト！」

後ろからクリスの背中を蹴り飛ばして、ディアは崩した脚を組みなおした。
再び夫妻の方へ向き直ったときには、今しがた一瞬だけ見せた不機嫌顔や男声はなりを潜めている。

「心配をかけてごめんなさい、ディアさん。それで……？」
「あらァ、無事ならイイのよぉ〜っ！……ってそう。こんな物騒なトコからアンタ達を連れ帰るために来たのよ！」
「この美しき僕に相応しい新しい“美しき頭部”も依頼したいしね！」


背後にキラキラエフェクトを舞わせながらポーズを決めるクリスを、
一同は慣れた様子でスルーした。

夫妻はお互いの顔を見合わせて首を傾げてから、ディアの方へと視線を戻した。
その顔は楽しげな微笑を浮かべている。

「……せっかくだからもう少し散策したいんだけど」
「ディアさん、駄目かしら？」

「……っあ〜〜もう！ しょうがないわねェ〜!!」

ネイルアートで飾られた手で頭を抱えて、ディアは苦しげに答えた。
ブルートだけなら露知らず、その妻……つまり女性にお願いされては、ディアには拒否などできないのだ。
ディアの返事を聴いて、ブルートの妻は嬉しそうにブルートの腕に自らの腕を絡めた。

そんな３人の側で放置されていたクリスが、再びキラキラとポーズを決めながら懲りずに割り込んだ。

「つまりはどういうことだい？ 僕の新しい“美しき頭部”はどうなるんだい？」
「……ここでも材料はあるみたいだから、作れるとは思うけど」
「本当かい!! ならば僕もお２人に同行することにしよう！ この芸術品のように美しい僕が一緒なんて光栄だろう！」

夫妻の前でエフェクトを飛ばしてキラキラしているクリスは、表情は何も変わらないが、
どことなく嬉しそうに見えるのは気のせいではなさそうだ。

クリスを横目にやれやれと項垂れながら、ディアはトランクから地面へと足を下ろして立ち上がった。
それに呼応するように、宙に浮いていたトランクもコトンとディアの足元へと落ち着いた。

「結局、アタシがアンタ達の面倒を見る羽目になるのネ……」


ディアの呟きは、各々の世界に入っている３人には、届くことは無い。


こうして、夫妻の逢引にディアとクリスが加わったのだった。






　
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（静かな小川に、「見てはいけないものを見てしまった」と言わんばかりの悲鳴が響く）