last episode.







　アルルーンの手から放り投げられた蔦の塊が、ポポロの目の前に落ちた。地に落ちた拍子にそれは"ばらばら"と地面に広がっていき、たちまちのうちに根を下ろし、芽を出し、蕾を咲かせた。数にしておよそ十数本。それぞれ形も違っていれば、蕾から覗かせる花の色も違う。小さいものもあれば、アルルーンより大きいものもある。
　そのどれもが、見たこともない、花だった。

　アルルーンは独り言のようにそう呟く。まるで答えになっていないし、意味がわからない。
　ポポロは蕾に向き直って、手を伸ばした。それは意志のある行為ではなく、反射的な行動。
　蕾は、手を伸ばせば触れられる位置にあったから。
　ただそれだけのはずだった。
　触れた瞬間に蕾が開いた。
　咲いたのは――太陽みたいな黄色い花。
　そして、







　言葉が、頭の中に響いた。
　聞いたことのある声だった。姿だって思い出せる。
　クロエ・シャリエール。一揆参加者の一人で――タンポポ荘の住人の一人だ。
　愕然とするポポロの口からは、先ほどとまったく同じ台詞が吐き出される。

　アイツら、とはタンポポ荘の住人たちのことか。

　そのときアルルーンは、自分の髪を弄りながら、明後日の方向を退屈そうに眺めていた。

　ポポロはゆらりと立ち上がって、別の蕾に触れる。
　常なる気高き、銀の花。






　溢れ出す言葉の数々は、果たして。
　ポポロは、笑い出す一歩手前のような表情を浮かべていた。

　蕾に触れる。
　そよ吹く花冠、健気で儚い蒼の花。







　アルルーンはポポロを見ようともしない。なんとはなしに空から落ちてくる星屑を掴もうとするも、ふわりと手の内からすり抜けてしまい、なかなかつかみ取ることができない。小さく舌打ちをする。

　一際大きい、無垢なる白の花。







　咲くと同時に蕾の中から何かがこぼれ落ちた。
　ポポロが視線を落とす。そこには、朱色と橙色の、毛糸編みできたフラワーモチーフがふたつ。

　つまり、他の大きな蕾も何かが入っているということか。
　ポポロは視線を巡らせて、あえて大きな蕾に手を伸ばした。
　どこまでもまっすぐに咲く、深い深い赤の花。







　言葉と共に、小さな紙袋が落ちてくる。
　中には、木の実のクッキーが詰まっていた。

　アルルーンは決してポポロの方をほうを見ようとはしない。明けようとしている空に向かってため息を吐く。

　手を伸ばす。まるでそこに、救いを求めるように。
　青空のように大きく透き通った、蒼の花。







　家族。
　その花の「言葉」に、アルルーンが目を細めた。それで腕の力がふつと抜けて、手の内に星屑が滑り込むように握られる。
　手を開く。
　不思議なことに、そこにはなにもなかった。
　そんなものだろう、と思った。

　触る。
　幼くも力強い、新緑の花。







　その花の言葉に、ポポロは目を見開いた。
　何か感じるものがあったのか、アルルーンが横目でポポロを見やる。

　ポポロのその言葉とその姿を見て、何かが繋がった。
　そのとき、アルルーンの瞳には、ある景色が映っていた。
　それは、アルルーンと呼ばれた最初の景色。
　それは、かつて確かにあった光り輝く景色。
　どれだけ口で拒否しても、自分を「家族」と呼んだ、あの人の景色だ。
　――ああ、そうか。

　気づけば、アルルーンは真っ直ぐにポポロを見ていた。

　なぜ、自分はここにいるのか。なぜこんな、道化丸出しの役回りをしているのか。
　ようやくわかった。
　それは住人たちの思いを届けるためではないし、目の前の主を心変わりさせるつもりでもまさかない。
　あのとき、怖くて聞くことができなかった言葉のために。
　かつて得ることができなかった答えのために、ここにいる。

　悲しいことが悲しいのではない、異端であることに嘆いているわけでもない。
　……ああ、どうして誰も言ってやらなかったのだろう。そう考えると腹が立つ。
　男と女、大人と子ども、種族。あるいはもっと単純なものでもいい。背丈だとか性格だとか好きとか嫌いとか、あのとき「はい」と答えたか、「いいえ」と答えたか。神だろうが人だろうがそれ以外の何かであろうが、みんなどこか違っていて、みんなどこかですれ違う。
　だから笑うことしかできない花の神様は、きっと誰よりも違っていて、きっと誰よりも独りなのだろう。
　花のように勝手に咲いて、遠く見る者に綺麗とささやかれ、花のように勝手に散っていく。
　――そんな勘違いを、コイツはずっとしていたのだ。
　答えた。

　その言葉は確かな衝撃をもって、ポポロの中にあった何かを砕いた。――それは、鎖のような形をしてたように思う。
　そして、本当に殴りつけられたように、ポポロは一歩、二歩とあとずさる。
　蕾に触れた。
　花片がハートの形をした、淡紅色の花。







　アルルーンが笑う。

　笑い顔のポポロの顔がうつむいて、表情が見えなくなる。

　顔を上げれば、そこにはやはり笑顔しかない。
　それでいいのだ。
　それだけでよかったのだ。
　ポポロはアルルーンから視線を外して、何かを探すようにぐるりと周囲を見渡す。やがてピタリとある方向に止まって、その先にあるものをじっと見つめている――と思えば、不意に視線を外して、まだ蕾のままの花に指先をそえた。