大規模な年度末調整という名の臨時増税も終わり、
大本営周辺は穏やかさを取り戻しつつあった。暖かい日差しが心地いい。
納税のために何人が農場落ちしたかはこの際伏せておく。

今回はその少し前、地下牢へ向かおうとしている時の話をしておこう。

メルンテーゼに来てまで味わうとは思わなかったが、
春先のこの季節は大体お金は出て行くばかりで、財布には厳しい。
そこでついつい大本営の出す報奨金に手が出てしまうわけである。

報奨金をせしめるためには確実に仕留めないといけないわけで、
慢心してうっかり負けてしまうと笑い草にもならない。
そこで私は、報告書関係の用事もあってルリアンナ嬢を訪ねることにした。

ルリアンナ嬢は、農場で楽しそうに何かを植えていた。
なんだかんだで彼女も土いじりは好きそうである。

「あらー？珍しい、貴女も農場で働きたいの？」
「化け物野菜の数を数える仕事はお断りします。」

即行で答えた私を見て、相手は満足そうに笑った。

「ホワイトデーの件？まだまだ一応オフレコなんだけどなー。」
「あんな乱暴なインフレ対策はもっと早めに言ってください。
　とりあえず、今回は重要拠点を突破するために情報が欲しいんです。」
「情報が欲しい？あなたが？」
「データは既に揃っていますが、数字だけでは人物像は出ませんので。
　女神の園への通路を封鎖するのは、国王軍の司祭だそうですね。」

国王軍、という単語を聞いてルリアンナ嬢は目を細める。

「地下牢の入り口付近の担当というだけでまぁ、どんな境遇かは察して余りありますが。
　撃破報告も数多くありますけど、戦う相手は知っておきたいじゃないですか。」
「はっきり下世話な好奇心だって言ったらいいのに。
　ただ、このルリアンナさんにかかれば知らない事などないけどねっ！」

球根らしきものを大事に土壌に植えた後、
ルリアンナ嬢はこちらに向かい、多少土のついた顔を至近距離まで近づけてきた。
いつもよりワントーン低い声で、こう囁く。

「あいつはね、マジモンのペドフィリアかつネクロフィリアよ。」

一瞬、耳を疑った。
ペドフィリアもしくはネクロフィリアならば、まだ許容してもいい範囲だが。
唐突の事だったので、とりあえず体は固まったままだ動かない。

あっけにとられる私を眺めがら、ルリアンナ嬢は楽しそうに微笑む。
そしてふたたび農作業へ戻るため、畑へと移動していった。

「まっ、相手は立派な変態だけど、頑張ってねっ！」

爽やかに手を振るルリアンナ嬢を見送りながら、国王軍の層の厚さに私は脱力しかかっていた。


◇◇◇


数日後、地下牢――。

現場近くについた私と小僧は、警戒しつつあたりを見回す。
結構な数が進行している筈だが、私達の靴音だけが固く響いていた。

「……我が君、その話本当なんですか？」

ルリアンナ嬢から聞いた話を言葉だけ変えて小僧に伝えておいたので、
少し前から小僧はずっとこんな感じで怯えている。
流石の私もリアルな言葉を田舎出の少年に教えたりはしない。

「ルリアンナ嬢の言うことだから話半分だがな。
　まったくのデタラメだと思ってしまうと、本物だったらショックが大きかろう。」
「小児愛だから、僕はセーフですよね？」
「多分な、13歳だと言葉が変わるはず……おっと。」

前方にぼんやり影が浮かんできた。噂をすればなんとやらである。

「おやおや、こんなところに客人ですか。先ほどの方といい……今日は多いですねぇ。」

影から人の形が整形される。
リヤサを着た青い瞳の男性、見た目はごく普通の聖職者だ。
私は安全のために3歩ほど下がる。

「私はラズロと言いまして、しがない司教でございます。」
「知ってる、今日で何件目かはわからんが仕事ご苦労とでも言っておこうか。」
「噂のあなたたち敵軍を討伐せよとの命を受けておりまして……。」
「何隊か撃退しても持ち場が変わらない所を見ると、相当窓際のようだな、お疲れ。」
「……ここ、通せないんですよね。基本的に。」
「すごい！我が君のパワハラにも動じない！！」

小僧が思わず感嘆の声を上げる。
私も正直、ここまで煽り耐性高いとは思わなかった。

「我が君、この人案外まともかもしれませんよ？変態とかじゃありませんって！」
「……変態？」
「ああ！？い、いえ違うんですよ！？
　死体が好きとか幼女が好きとか全然違いますよね！？」

私は有無を言わさず小僧の脚を蹴った。言い訳しようとして墓穴を掘ってどうする。

「……まぁ、その見当違いならきにし……。」
「貴方達には死者の素晴らしさがお分かりにならないのか。」

今までどこかやる気のなさそうなラズロだったが、
気が付けばその瞳にはヤバい類の輝きが宿っていた。

「俗世から解放された、清らかな躯……。
　特に幼い女児の躯は、この世の穢れに犯されることなく神秘を保っている。
　人間のように醜い呪も吐かない、私に立てつかない。
　こんな愛おしい道具を、どうして愛でずにいられようか！」
「だからそんな超理論聞きたくねぇよ。」

思わず素が出る程度には危ない雰囲気だった。
彼の左遷の理由が分かるというより、未だに国王側が雇用している理由を知りたい。

「皆、私のことを変な目で見るけれども、
　ならばこの世の芸術愛好家は！全て！！変態ではないか！！」
「はいカットカット。
　落ち着いたら戦闘を始めるから、
　まずはドン引きしている貴様の従者達を元に戻しておくように。」

まともに付き合うと時間がいくらあっても足らないので、
私は素手にした手を打ち鳴らし、適当に話を切り上げることにした。

◇◇

今回の戦いは、そう難しいものじゃない。
大将は後ろに引っ込んでいるが、私にしてみれば十分射程範囲内。
頭を討取ってしまえば、烏合の衆など瓦解する。
まして他が命令待ちの死者というならば、猶更。

攻撃の心配をするくらいなら攻撃される前に狙撃すればいいわけで、
私は速やかに狙いを定め、3発ラズロの動体に撃ちこむ。
命中したラズロの身体は衝撃で背後の壁まで吹っ飛んだ。

「おやおやお強い……。」

ラズロがそう微笑んだ後、姿が歪んで空気の中に溶けてゆく。
やはりここには実体はなく、一種のホログラムだったようだ。
一番先に主人が落ちて、従者達は右往左往している。

正直もう勝負は決まったので、無理に彼らを倒す必要はなさそうだが
死者はお構いなく私を狙ってくるだろう。
変な博愛主義を出してやられたのではいい笑いの種だ。

こうして殲滅戦に移行していくわけだが、
頭では理解していても少女の断末魔などを聞いてしまうと気分は悪くなる。
多少手元は狂ったが、一気に仕留めるのが一番の慈悲であると信じ、引き金を引いた。

一方的な戦いが終わった後、
どこからともなくラズロの幻影が姿を現した。

「いい気なもんだな、『死者の素晴らしさ』とやらはどこへ消えた？」
「死者は素晴らしいですとも、私のために朽ちてくれるではないですか。」

ラズロは穏やかに笑っている。

「……お前が友達いない理由が分かったわ、このクズ。」
「それはお互い様ではないですか、クズ同士仲良くしましょう。」

仲良くなど出来るはずはない、そもそも利益共有できる関係じゃないのだから。
それを承知の上でこの台詞である、鋼の心臓なんてレベルじゃない。

「やれやれ強豪を毎回相手にしているとほんと疲れる……退きますかね。
　……ここでは王の力の伝達が足りていないようですし。」
「自分が負けた事を人のせいにするあたり、器が知れるな。」

私は皮肉を言いながらも、『王の力』について考えを巡らす。
いろいろ報告は聞いているが、ここの王は普通の人間ではないのだろうか。
暫く考え事をしていた私に、ラズロは一言投げてきた。


「ああ、そういえば。最近ね、このあたり仲間割れが増えたようですよ？
　内ゲバなんじゃないかと思いますが……そうそう、『賞金首』でしたか。」


その単語を聞いて、私は思考停止する。
前々から危険な場所なのは知っていたが、そんなまさか。

「私としては奥には進んで欲しくないのですが、
　止める立場にないもので何も出来ないんですよねぇ。
　先ほども奇妙な動物人形を持った少女がひとり、そろそろ遭遇するんじゃないですかね？」
「……っ！」

こいつに何を言っても無駄である事は分かっている。
私は急ぎ道具をまとめて、小僧に帰る指示を飛ばした。

「……一応、礼でも言っておこうか。」
「心にもなくても建前として言わなければならない、貴女も難儀な立場ですね。
　心底同情しますよ、いっそ人間とは縁を切ったらいいのに。」
「お前と一緒にするな変態。」

睨みかえしてやった私を見て、ラズロは楽しそうに笑っている。
私はこんな奴の相手をしている場合ではないので、
急遽、襲われているであろうアムルィを助けるために進行先へ向かうことにした。


To Be Continued......

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※この日記は二次創作でありラズロさんを貶めるものではありません。