○月　○△日　代筆：ドライアド

　なんだか揚羽さんは居ないし、メリファンちゃんは忙しそうだし、それでも日記は書かないといけないみたいだから、今日は私が代筆するわね。

　貴女は今日も具合がよくないようで、船に戻ったら直ぐ熱を出してしまったわ。
　今は私が看病しているのだけれど、はやく好くなるといいわね。

　朝からメリファンちゃんが、揚羽さんが居ないと困っていたけれど、どうやら貴女の状態を検査したかったみたい。
　体調がおかしいみたいだったから、揚羽さんが頼んでいたみたいね。

　けれど肝心の揚羽さんが居ないから、予定は延期。
　こんなときにいないだなんて、どうしたのかしらね。
　何事もなければいいのだけど。




【〜揚羽〜】

　――今から六年も前の話になる。

　私はその日、死ぬはずだった。

　指示されたのは、里の要人……私の父の暗殺。
　そして、仕事を終えれば私は要人を殺した罪人として処刑される事が決まっていた。
　だから、私はあの日、里に帰って死ぬはずだった。

　……けれど、里に戻る道中に、私は大規模な山崩れに巻き込まれ意識を失った。
　気づくとそこは見知らぬ場所で、見知らぬ世界で。
　私はそこで、短い間だったけれど、ようやく人間らしい時間を過ごせたように思う。
　仲間と一緒に旅をして、悩んで、助けられて、笑って。
　そんな特別でない時間を過ごして、私は忘れていたものを取り戻せるかもしれないと、どこか淡い期待を抱いていた。
　代わりに失いかけた物もあったけれど、それでも良いとさえ思っていた。
　けれど、ふと目が覚めれば、私はまた見知らぬ天井を見上げていて。
　起きあがった私にかけられたのは、よく知る青年の声だった。

「ああ、目が覚めたのかい、揚羽ちゃん」

　その青年の言葉が、どこか自称天才魔術師の言葉に重なって、胸が痛んだ。
　青年は、上杉刀真という、私の数少ない友人であり、恩人だった。
　刀真さんの姿をみれば、自分の状況にも察しがついた。
　山崩れに巻き込まれた私は、昏睡していたのだろう。あの世界で体験した出来事は、その間に見た夢だったに違いない。

　私の予想した通り、刀真さんは山崩れのあった山で偶然に、倒れていた私を見つけたのだと語った。
　ただ、山崩れから二週間以上経っていて、その上怪我も殆どなかった私を見て、不思議に思ったらしいけれど。

「なにがあったのか、聞いても良いか？」

　そう尋ねられて、私は頷いた。
　あの日、任務を告げられて、父親を殺した事。山崩れに遭って、見知らぬ世界の夢を見た事。そこで出会った、大切な人たちの事……。
　意外にも、夢の世界……アンジニティでの出来事を話して居ると、涙が溢れそうになった。
　思っていた以上に、あの時間は私にとっては大切な時間だったらしい
　そんな私の、夢物語のような話を聞いても刀真さんは笑ったりはしなかった。
　それどころか、とても真面目な顔をして、

「揚羽ちゃん、それはきっと夢じゃないよ」

　そんな事を言うのだった。

　それから、およそ半年の間。私は刀真さんの家で厄介になった。
　本来死罪になるはずの私に帰る場所は無かったのだ。
　その居候の間に私は、刀真さんと共通の友人……茜色の彼女が、別の世界を渡り歩いて旅をしていると聞いて彼女に会いたかったのだけれど、ついに顔を合わせることなく、私は刀真さんの家を出ていく事にした。
　刀真さんの両親や妹さんにはとても心配されたものだけど、これ以上世話になり続けるのは申し訳なく感じてしまったのだ。

　そうして、一人放浪を始めたものの行く宛もなく、ふらふらと知らない土地へ観光の真似事なんかをしていた。
　幸いだったのは山崩れに巻き込まれた私は、里ではもう死人として扱われているはずで、追われる心配も里との縁も、見事なまでに切れてしまっていた事だった。
　おかげで思いの外自由に歩き回れた。もちろん、それでも多少の警戒はしていたけれど。

　そんな生活を続けて一年くらいだったと思う。
　その日その日で日銭を稼ぎながら旅をしていた私に、どこで知ったのか私を鴉揚羽と知って接触してくる者が居た。
　彼らは、ある大国の者だった。

　私の居た世界では、大きな大陸に大小様々な国が混在している、今思えば奇妙な世界だった。
　それを大別すると東西に分かれ、私が刀真さんに助けられた頃まで東と西で戦争が行われていたのだ。
　彼らはその西側における有力国からの使いなのだという。
　話を聞けば、ようやく戦争が終わったというのに、また火種を作ろうとしている国があるという事だった。
　そして、その国の要人を私に殺してくれと言うのだ。
　忍としての仕事を引き受けるつもりの無かった私は、丁重に断り、また身を隠すようにその地を離れた。

　けれど、それから間もない内に私はその件に巻き込まれていく事になる。
　戦争の気配が強まり、黙って見過ごせるような状態ではなくなってしまったのだ。

　二年ぶりに潜入や工作を繰り返し、内情を調べていく内に、私は結局、依頼を受けたのと同じになってしまっていた。
　戦争を起こそうとしている国……そこの当主が奇妙な力を持って支持を集めていた。
　曰く、その人物は死なないのだという。

　そして私は、その不死の当主を殺すため、女中として近づく事にした。
　その時に出会ったのが、沙菜という少女。
　沙菜は不思議な子で、妙に勘が鋭く、私の正体をあっさりと見抜いたのだ。

「ふうん、あの人を殺すつもりなんだ。うん、なら私が手伝ってあげる」

　私が何を話すでもない内から、彼女はそう言い放って、言葉通り私が動きやすいように手を貸してくれた。
　信用する訳じゃなかったけれど、彼女の『面白そうだから』という理由に、正気こそ疑ったものの嘘は感じられず、大人しく手を借りる事にしたのだ。

　そして沙菜と共に策を巡らし、一月の間を過ごした。
　彼女のおかげで順調に計画は進み、好機を伺えるようになり、後はその時を待つばかりだった。

　そうしている間にも、私と沙菜は多くの事を話し合い、気づけば共犯者を越え、友人と思えるようになっていたのには我ながら驚いた。
　きっかけはきっと、彼女が自分を別の世界から来た人間だと話した事だったと思う。
　沙菜は、いろんな世界を旅して回っているのだと、楽しげに語った。
　最初こそ疑ったけれど、彼女の魔法を見て、様々な世界の話を聞いて居る内に信じるようになっていた。
　気づけば私も、アンジニティでの話や、これまでの事を話し、気ままに旅をする沙菜に憧れのような気持ちを抱いていたように思う。

「だったら、揚羽も一緒に行かない？　仕事が終われば、自由でしょ」

　そんな彼女の誘いに乗ろうと思ったのも、きっとそんな憧れがあったから。
　そして、あわよくば……。また、あの時の仲間たちに会えるかもしれないと、そんな儚い希望があったからに違いなかった。

　それから……好機は唐突にやってきた。

　私が当主の目に留まり、閨に招かれたのだ。
　そうなるよう手を尽くしたとはいえ、期待以上の結果に、罠を勘ぐったりもした。
　けれど、「死なないのなら暗殺を警戒する必要はない」と、沙菜の言葉に頷いて。
　私は当主の元へと乗り込んだ。

　――その男は、確かに不死だった。

　首を切り落とそうと、脳髄を潰そうと、心を抉ろうと、何度となく蘇り、血にまみれた姿で笑う、化け物だった。

「無駄な事はやめて、俺の物になれ」

　そう言って笑う口元に刃を突き込んでも、まるで意に介さない。
　そんな化け物に組み伏せられ、唇を奪われた私を助けたのは、やはり沙菜だった。

　彼女の魔法を借りてどうにか男を殺すと、私たちは二人で逃げ出した。
　追っ手を振り払い、一晩中逃げ回って倒れ込んだ森で、私たちは大げさに笑い合った。

　――それからの時間は、随分とあっと言う間に過ぎていったように思う。

　沙菜と共に多くの世界を旅して歩き、気がつけばまた一年、時間が過ぎていた。

　里帰りをしたいという沙菜につきあって、私は彼女の故郷となる世界へとたどり着いた。

　そこで私は、沙菜と共に事件に巻き込まれ……ティアに出会い、また旅をした。
　旅の最中に多くの人と出会い、いつの間にか弟子までとることになり、とても充実した時間だったように思う。

　けれど、一度事件の渦中に死に掛け、私は自分の体が限界に近いことを知った。

『死ぬ前にもう一度、友人たちの墓に参りたい』

　事件が解決し、ようやく落ち着きを取り戻して。
　私は弟子を伴い、自分の世界へと戻っていた。
　奇しくも、ある友人の命日で。
　夕暮れの中、友人の名と同じ花を添えた私に、声がかけられた。

「揚羽殿か……？」

　振り向けば、そこには茜を纏う少女が立っていた。




「――おいおい、なに気持ちよさそうに夢なんざ見てるんだ」

　その呆れたような声に、消えかけていた意識がわずかに戻る。
　体は、指先すら動かせず。
　なぜかとても、寒かった。

「……カカ、影に食いつかれてまだ自我があるか。さすがだな」

　声も出せず、視界も動かない。
　けれど、自分が削り取られていくような喪失間は感じていた。

「ったく、こんなところで死なれちゃ困るんだよ。今回だけのサービスだ」

　そんな声と共に私は暖かな炎に包まれ――。

容赦なくとっ捕まえて、頬（？）をぐにぐにします。神をも恐れぬ行為。

ひとしきり遊んだら、手をぱっと離した。

息を吹きかけ、冷ましながら少しづつ、ひとつ食べたところで口を開く。

トガノと揚羽が移動を試みた後も、シオンの態度は殆ど変化がない。
そもそもこのように振舞うことは当たり前のものとして染み込んでいる証拠なのだろう。

思いっきり意気消沈しているようだ。

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黒の礼服を身に纏った青年…トガノが、揚羽の下へと姿を現す。
不必要に警戒させないためか、彼女の向いている方向から、ゆっくりと話のできる位置まで近付く。

片眼鏡をたくし上げ、真剣な面持ちで問う。

ごくごくと冷たい麦茶を飲み干し、餅を食べ終わった。

何やらよくわからない事を言いながら嬉しそうにスピンしたのち、ぴたっと止まり

そう言うとビシッと敬礼のようなポーズを決めた。

コン、と籠手で鎧を叩きつつ。