「条件がある」

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―――― 実験体



「キメラの研究者？」
「そう。だいぶ前に国として許可を出した研究者がいてね、まあ健康診断には丁度いいと思うの」
　騎士としての仕事も漸く固まってきた頃、女王陛下の口から出たのはその単語だった。
　体の調子はすこぶるよく精神的にも安定している。それでもこういう妙に現実的な心配をするのは女性ならではだろうか。今まで読んでいた報告書にサインをすると立ち上がる。
「変人だけどコノエなら大丈夫でしょ。善は急げなの。というか今報告書読んで思い出したのよね」
「そうですか」
　数日間の予定を確認し重要度の高いものが無いことを見るや使い魔を飛ばしていく。三々五々と散っていたそれらは女王陛下に外套を羽織らせた辺りで戻ってきた。返事は全て『承認』である。
　城を空けるというのに気楽に決めるものだと常々思うが、私自身、人間で落とせる気はしていない。ほぼ同数で殴り合いをしているだけなら勝てる気がしてくるが、内部に招かれて初めて解る。無理だ。少なくとも、人間全ての半分でも危うい。
「お土産にキメラの置物お願いします」
　無邪気にそう頼んできたメイドに曖昧に頷き馬車に乗り込んだ。
　女王陛下の酷い、いや凄まじい、いっそ破滅的な方向音痴は翼で飛ぶことでは解決できないのである。



　人里から離れた、と言えば怪しいのかもしれないがそこは単純に畜産区域だった。
　極普通の牛や豚、鳥と思えるものから明らかにそうではない類のものまで多種多様な生物が飼育されている。女王陛下のように食事を必要としない生命離れした魔属がいる一方で当たり前に食事を必要とする魔属もいるのだ。
　そうなれば畜産は必須、農業も然り。更に当たり前に出てくるのが『交配』だ。
「此処ここ。建物が見えればわかるの。見えれば」
「承知しております――失礼します、博士」
　ノックもなしに扉を開ける。これは女王陛下に言われたことであり、曰く『私がいつ訪ねてもいいような研究しか許可しない』という意味らしい。実際扉の先に居た男は逃げも隠れもせず胡乱な目をこちらに向けた。
　愛想を排除した顔にがっちりとした体格、しかしどうしようもない猫背。只者ではないというよりこれも魔属なのだろう。
「……女王アラト様」
「お邪魔するわよ。こっちが件のコノエ」
「よろしく」
「ああ。聞いた。脱いで、それに着替えろ」
　顎で指されたのは小さな籠。中には折りたたまれた白い布が入っており、その後ろにはカーテンが掛けられ恐らく簡易更衣室になっているのだろう。女王陛下に目で確認すると頷きを返された。丸腰になるが構わないらしい。
「ほう……綺麗な、体だ」
　博士が初めて感情のある声を出した。下衣だけを身につけた私の身体をまじまじと見ている。
　人間の頃にあった傷跡の類は無くなった。体毛も殆ど失い、日焼けもしない身体は作り物じみていると自分でも思う。
「翼を」
　広げてみせろという意味だろうか。丸椅子に腰掛け力を抜いた。不思議な話だが力を抜いたほうが翼が力強く広がる。興味が無いので確認したことはないが、六枚のうち四枚が背中、二枚はやや下、腰の上辺りから生えていると思われた。
「腕」
　近くの机に腕を乗せる。消毒の後、長い管のついた針を刺された。ガラスを魔術加工したものか、透き通った管とその先の袋に血が溜まっていく。その間に博士は背中に回り、翼の付け根を見聞し始めた。
　動かす際に周りの皮膚が引っ張られないか。動かして疲れることはないか。羽根を抜かれる感覚はあるか。それは痛みに入るか。自分では考えたこともない事を矢継ぎ早に質問されその答えが書き留められていく。
　身体の構造について聞いたのであろう質問たちの後、博士は絞り出すように言った。
「一枚。寄越してくれ、ないか」
　さっき羽根を抜いただろうという思いが顔に出ていたらしい。女王陛下がくすりと笑い、『翼一枚欲しいってこと』と付け加えた。

　　　　　　男はそっと指輪に口づけた。

　　　　　　男はそっと指輪に口づけた。