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その子供はすべてを失くした。
その子供は何も持っていなかった。
その子供は縋りつきたかった。
その子供に、縋りつくものなど何もなかった。

すべてが朽ちた場所で出会った。
すべてが朽ちた場所で救えるものがあると知った。
すべてが朽ちた場所で誰かに縋りつくことを知った。
すべてが朽ちた場所で、自分しかわからない約束を交わした。
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「――おかえり、リタ。戻ってくるまでずいぶんかかったね」

　手のひらにちょこんと乗った、翼を背負う小さな人形のような彼女に囁きかける。
　赤銅色の燃える髪。見上げる同じ色の瞳。背に生えた翼も炎の色味を帯びている。

「そうね。私もこんなにかかるとは思ってなかったわ。待たせて悪かったわね」

　全く悪びれた様子もなく言ってのけた彼女に、額をくっつける。彼女は微かに身じろいで、しかし離れるようなことはなかった。
　離れてわかることはあるものだと、じわと胸に滲む喜色に苦笑する。彼女は母であり、姉であり、妹であり、保護者であり、僕だ。ロークもある種ではそうだけれど、性別の隔たりというものは確固として存在するのであって。
　実母に与えられなかったものを、無意識に彼女に求めていたのかもしれない。――それはたぶん、無償の愛とかいうものだ。
　言葉にしてみればあまりにも陳腐。なんて当たり前の感情。

「もうどこにもいかないで。あの約束を忘れたとは言わせないよ」
「忘れるわけがないわ。器を与えられ、新たな生を与えられて、それに報いることはあれ仇で返すなんて」

　ひととき、見つめ合う。その沈黙を破って、すいと浮いていたロークが割り込んだ。

「あら、ローク。ずいぶん慎ましやかな器にいるのね」
「…………不可、抗力」
「可愛らしいじゃないの。……あぁ、地を奔る質だったから地の器にいるのね。ゴレム、と言ったかしら」
「……戻ってきてすぐなのに詳しいね、リタ」
「情報収集能力を落としたつもりはないわよ」

　自慢げにくるりと一回りすると、ロークとリタは並んで掌に乗り、レンガを見上げた。若草と赤銅のコントラスト。何よりも見慣れたその色。

「我等が主。この見知らぬ地で何を成すの？」
「……そりゃあね、いつものことだよ」

　記憶を積むこと。心を砕いて、誰かの傍らにあったという記憶を積み続けること。
　深く突き刺さり続ける、抜けない棘を心と感情に突き刺し続けること。
　静かに瞼を伏せて、真なのか自嘲なのか傍目にはわからない微かな笑みを口元に浮かべる。――これは、利用しているに等しい。

　――ごめん、ヴェスペールト。

　自覚に蓋をして、鍵をかける。
　視線を落とすことなく僕は歩み続けるのみ。

「あとは、《彼》の器だけだ」
「この身体どうにかならないの？力の制限がかかるってこんなに不自由なものなのね」

　ずけずけとしたリタの物言いに、久方ぶりに声をあげて笑った。久しすぎて、どこか乾いた声。なぜかリタとロークには痛ましげな視線を向けられたけれど、関係なかった。
　きっと永遠を共にする彼らがいるから、僕は心折れずにまだ立っている。

真顔ではっきり言い切った。ザ・ヒキコモリ。

想像してるらしい。何処となく幸せそうな顔で。

　彼の右目の傷に、一瞬、目を瞠るも。
　直ぐに平然とした態度で。