「――あなたは誰に仕えていたの？」

飲みかけのココアのカップを静かにテーブルに置きながら、アマリアは首を傾げた。
波紋の広がる水面からは、温かな湯気と香りが立ち昇っている。

「私はとある貴族のお方に仕えていました」

尋ねられたナイトスピリットは、空洞の鎧の体を折り畳むようにしながら応えた。
やけに礼儀正しい。
小川で契約をした後、言葉を交わした時にも同じように振舞われて、少し面を食らった。

「貴女のお陰で自我を取り戻す事が出来ました。…私は昔、あの川の近くで死んだ者です。
　多分、念が強くて、それがこの世界のなにかしらの力と結び付き、こうして存在するようになったのかと」

自分のことについて、ナイトスピリットはそう語った。

「魂は水辺に集まりやすい、なんて話を風の噂で聞いたことがある。ま、確証は無いが」

傍らで話を聞いていたアポルが、途中で口を挟んだ。
アポルは時々、自分が知らないような知識（又は雑学のようなもの）をぽんと口にするのだが、それは一体どこで知ったものなのだろう、とアマリアは疑問に思うことがある。

「王さまに仕えていた訳じゃない、か」

もし王族に仕えていた騎士だったのならば王城までの近道を知っているかも、と思ったのだが、そう上手くはいかないみたいだ。

「エンブリオとして契約ができるのも、おおもとは人だったから、かもしれませんね」

そう言って、苦笑しているかのような声音で笑った。
しかし、表情は視えない。鎧の兜の下にはがらんどうの闇だけがある。

「…あなたはさっき怨念に囚われて自我を失ってた、って言ったよね。
　もう、それは大丈夫なの？暴走したり、わたしがあなたにとり憑かれたりは、しない？」

「ああ、その心配はありません。
　こちらに“堕ちた”時の影響で手に入れた力は残っていますが、今は契約者の貴女に半分以上預けています。
　こうしてエンブリオとして契約しなければ私はあの場で消滅していたでしょうし、今だって契約が切られればすぐに消えるでしょう」

淡々と、まるで他人事のように言う。
自分の事なのに。そんな簡単に消えてしまうことが悲しくはないのだろうか、そんな思いがアマリアの胸にふっと浮かんだ。

「そこまでして、守りたかったものがあった…」

「……ただ単に、死ぬのが嫌だっただけかもしれませんよ」

ぽつりと零れたアマリアの言葉を拾って返し、「まあ、でも、」と鎧は続ける。

「本当に大切なものを守る為には、それ相応の覚悟が必要になるものです」

相変わらず丁寧な口調で、かつて騎士であった魂は、そう言った。

甘やかし方がよく分からない様子だ

どうでもいいことで悩んでいる

区別が付いてると聞いて密かに良かったと思っておく。

愛称で特に気になることがないとわかるとまた笑顔を見せた。