遠くの方で囀りが聞こえる小さな畔。透き通った水面が昇り始めた陽の光を反射して、目に入ると少し眩しい。澄んだ水を両手で掬うと、頭から一気に被る。はぁ、やっぱり頭から浴びるのが一番ね。
　この場所は静かでいいところだと思う。まだ他の生き物達が眠っている、静寂の朝の時間。早起きすると得をするって言うけど、実際その通りよね。こういう朝の自然の時間を満喫できないんだもの。
　もう一度水を掬って、身体に浴びせる。泉の水の冷たさがアタシの身体をぶるっと震わせる。このちょっと冷たいくらいの冷たさが、水浴びするのにちょうどいい感じで好き。

　やっぱり朝の水浴びっていいわよね、汚れを落とせるし、眠気も吹き飛ぶし、気持ちいいし。
　
　何より一人で静かに浴びれるっていうのが本当にいいわ、気分が良い。この世界に来る前はいつもお師匠と一緒で、やれ洗ってあげるだの、尻尾を綺麗にしてあげるだの、体拭いてあげるだの、一々五月蝿かったしね。（っていうか、体を洗ってあげるとか言うのは全部セクハラする口実なのよね）
　…それにしてもお師匠、今頃どうしてるのかしら。アタシがいなくてもちゃんと働いているわよね。お腹すいたーとか言って人様に迷惑かけてないといいけど…はぁ、不安だわ。無駄に元気があるから、勝手にくたばったりはしないとは思うけど。他人に迷惑をかけていないかだけ心配ね。
　

　お師匠の事を考えていると段々身体が冷えてきたから、そろそろ泉からあがる事にした。そうね、どうせお師匠について心配しても、結局アタシの取り越し苦労で終わるっているのがオチだと思うし、別に考えなくてもいいわよね。
　身体から水を滴らせて土の上に立つと、樹にかけてあった着物を探す。確かここらへんの樹の枝に脱いだやつがあったわよね。
　

　「えっと、この樹の右側に……」

　…とアタシが着物に手を伸ばそうとした時、ガサっていう草を踏む音が横から聞こえた。すぐ近くで。
　振り向くと背の高い男の子と鉢合わせた。吃驚した様子でアタシと目があって固まってたけど、そのまま彼がどうかするより早く、反射的に出した平手打ちが彼の頬に決まった。アンタちらって目線下げたでしょ、今。
　甲高い音と共に彼は倒れると、そのままいそいそと後ろを向いて目線をそらした。
　そのまま謝罪と弁解の言葉が矢継ぎ早に飛び出してきたけれど、当のアタシはご立腹で半分聞き流しながらは着替えのほうに専念した。

　はぁ…彼が起きてるってこと、すっかり忘れてたわ。今度から水浴びは早めにあがるようにしないとね…。