私達はただひたすらに進んでいた。
ここは王政軍の兵士の生活圏のようだが、とうに人の気配は消えている。

「……一体、どこまで進むんですか？」

息を切らせながら小僧が愚痴をこぼす。
一緒に進んでいるレス君も、心持ち辛そうだ。
そんな私達などお構いもせずに、彼女は突き進んでゆく。

今回は進軍の起点を作るため、またレス君達に道案内をお願いしていた。
拠点を確保すれば終了なので、あまり無理をする気はなかったのだが
遭遇する敵の説明をしていた所で、彼女の思考にネタの神様が降りてきたのである。

「コトブキさん、今回はお菓子と戦うのかしら〜？」

他より大き目の身体を持つふわもこ、シフォンさんが楽しそうに尋ねた。

「えーと……確かにブラウニーはお菓子の名前だが、
　今回は妖精の方のブラウニーだ。
　私の世界では、家を守るという伝承があったけれど。」
「まぁ〜、家を守るお菓子だなんて感心な子ね〜。」
「いえ、ですからお菓子ではな……。」
「私、丁度甘いものが欲しくて。
　楽しみね〜、おかしの国の子達だもの〜。」

駄目だ話が通じていない。
長く艶やかな髪をなびかせて、シフォンさんはずんずん進んでゆく。
期待を膨らませたその身には、私の言葉など届くはずもない。

案外素早いシフォンさんを兵舎の通路で追いかけた結果、
人気のない場所まで到達してしまった。
これ以上進むと、こちらの安全まで危ういかもしれない。

「シフォンさん、ちょっとここで休憩しないか。
　これ以上先に進むと、ブラウニーが出ない可能性があるから。」

私は、使用していた敵の資料の束を出す。
これを用いて、出現する敵の種類と頻度も説明したのだ。

「番犬が出てきてしまうのかしら？」
「ええ、今はルリアンナ嬢の監査が入っているので無理はしない方がいい。」
「じゃあ、ここでお菓子が出るのを待ちましょうか〜。」

だから食べることはできない、と言い切ろうとしたが
あんなに楽しそうにしているんだから期待を潰すのも悪いと思い言うのをやめた。
小僧もやっと休めるとばかりに、その場にへたり込む。

皆が水筒なり何なりで休息を取っている隣で、
私は身なりを整える事にした。おそらくボロボロになっている事だろう。
手鏡を探しに乱雑な荷物入れの中を漁っていると、
何かのはずみでパスケースが地面に転がっていった。

地面に落ちたパスケースは、中身が開いた状態だった。
大したものは入れていないが、古ぼけた紙切れが目に留まる。
私はパスケースを拾い上げ、その紙切れを取り出してみた。

『青葉台一家惨殺事件』

とある新聞記事である。
私には決して忘れる事のできない、痛ましい事件だ。

「我が君、なんでそんなに怖い顔をしているんですか？」

怪訝そうな顔で、小僧がこちらを伺っていた。
私はしまったと気づいて、眉間の力を抜く。

「……うん、嫌な事を思い出してな。」
「嫌ならその紙切れ、捨ててしまえばいいのに。」
「それは無理だ、私は忘れるわけにはいかないのだから。」
「一体そこには何が書いてあるんです？」

どうせ読めないだろうと思い、
私は持っていた新聞記事を小僧に渡した。
小僧は暫く、その記事を眺めていたようだった。

「……我が君、これ殺人事件って書いてあるじゃないですか！？」
「読めるのか？」
「見たこともない文字ですが、なんとなく内容は分かります。」

なるほど、私もこちらの言葉が理解できるように
小僧も私の世界の言葉が読めるらしい。
もしかしたら、私の習得している言葉は全部わかるのかもしれない。

「それにしても、どうして殺人事件の記事を我が君が持っているんですか？」
「……親戚の子がな、被害者なんだ。」
「えっ！？」

私は瞼を伏せたまま、ゆっくりと答える。
暫くして目を開けたら、小僧は案の定気まずそうに視線を逸らしていた。

「なぁ小僧、折角だし少々私の話に付き合ってくれないか。」

私は溜めていた息を吐く。
このどす暗い感情を整理するために、私は昔話に興じることにした。

◇◇

昔から私を慕ってくれる、明るくて人懐こい子だった。
私の父の妹の娘で、当時女子高生。つまりは従妹だ。

私の家には、盆暮れ正月には一族が集まる。
何かと気が合ったのか、よく面倒を見ていた記憶があった。
私の書棚の漫画を奥まで漁ってしまったのは、本当に肝が冷えたが。

「コトブキ姉さん、この漫画全部貸して！」

そう言って、隠しておいたシリーズを家に持って帰ってしまった。
当時10歳の時のこと、
あのピンクな背景で男同士が笑いあう表紙を親にどう説明したのだろうか。

……話を戻そう。

それから漫画を貸したり貸したりしながら
私達のやりとりは細く長く続いていた。
私は仕事が忙しくて、満足に相手も出来なかったけれど。

そんなある時、彼女が3か月くらい失踪した事がある。
原因は今でも不明だが、ふらっといなくなってしまったのだ。

『今からちょっと、島に行ってくるから！』

こんなメールが私に届いていたので、
何者かに拉致されたとも考えにくい。
親族みな捜索の手を尽くしたが、なしのつぶてのまま3か月後発見された。

そして更に1か月後、あの事件が起こったのだ。
私の話を聞きながら、小僧は新聞記事を自分の目に近づける。

「えーと、とりあえず記事を詳しく読んでみますね……。」

【青葉台一家惨殺事件】
東京都目黒区上青葉台の大手流通会社社員の桜庭亘輝さん（45歳）宅で、
亘輝さんと妻の聖子さん（42歳）が死んでいるのを
近所に住む亘輝さんの姪（8歳）が発見した。
尚、娘の撫子さん（17歳）の安否は不明である。


「……これって……。」

小僧は何かを言いかけて、口を噤む。
なんとなく言いたい事は分かっていた。

「みなまで言うな、何をいわんとしてるかは大体分かる。
　だがな、諦めてしまえばそこで試合終了だろ？」

微妙な表情をする小僧に、私は言葉を続ける。


「決定的な事実が出てくるまでは諦めんぞ、私はあの子が生きていると信じてる。」


私はそう言って、小僧から記事を取り上げた。
刺すような冷たい風が、二人の間を抜けるように私の頬を容赦なく打ちつけてきた。


◇◇◇


なんとか兵舎の戦いを収めた後、
私達は大本営の近くにある市場へ向かうことにした。
いろいろ揃えるべき物資も増えており、こちらだけでは手が足りない。

市場は、大本営から支払われた報奨金で潤った兵士達で溢れていた。
皆、資金に余裕が出てきたので何かと買うものもあるのだろう。

わりと狭い通路の中、私と小僧は人に揉まれながら進んでいた。
小僧は人に酔いそうだと隣で愚痴を垂れている。
寒村の出だから、なかなかこんな人ごみには出会わないのかもしれない。

「待ちなさい、逃がさないわよ！」

よく通る女の声がした。すぐ近くだ。
声の主を探したら、傭兵風の女性に小僧が手首を掴まれていた。

「ちょっとアンタ、今触ったでしょ！？」

痴漢冤罪か！？
よく認知しているこの構図に、私は一瞬眩暈がした。

「え？あ？し、知りませんって！」
「え？じゃないわよ、ぶつかっておいて何も言わないつもり？
　子供だからってなんでも許されると思ったら大間違いよ？」

あっけにとられている小僧を慌てて小突く。

「早く謝れ！すぐにだ！」
「僕なにも悪いことしてませんよ！？
　こんなに人が多いんじゃあぶつかるのは当たり前じゃないですか。」
「お前が悪いから謝れと言っているのではなくて、
　面倒くさいから謝れと言っているんだ。」
「それって、後でいろいろ毟られるフラグですよ！？」
「毟ろうとしてきたら弁護してやるから安心しろ。
　まだまだ法の未整備なこの世界、よほど弁の立つ者でない限りなんとかなる。
　一応、専門家も知らない訳じゃないしな。」
「……すごく高くつきそうですけど……。」
「見た所感情的に怒っているだけだから、
　適当に謝って通り過ぎた方が賢い、これ以上の問答は時間の無駄だ。」

本人には聞こえないように小声でやりとりする。
わりとえげつない事を言っているのだが、女性は気づいた様子はない。
蛇足だが、法がきっちり整備された世界では先に謝ってはいけない事を補足しておく。

「……ぶつかってすいませんでした……。」

斜め下に視線を逸らして小僧が呟く。せめてもう少し演技をしろ。

「申し訳ない、この混雑の中ではお互い注意が逸れる事もあるだろう。
　ぶつかった件はこちらからお詫び申し上げるが、
　子供の不注意と水に流しては頂けないだろうか？」
「そうねぇ……まぁそこまで言われるなら許してあげなくはないけど。
　保護者ならちゃんと面倒見なさいよ、スリと勘違いするじゃない。」

どうやら痴漢ではなくスリだと思ったらしい。
私の居た世界では痴漢とスリは後に響く名誉が全然違うのだが、
恐らく小僧には似たようなものなのだろう。

女性はシンプルな白いビスチェに赤いデニムジャケットという出で立ちだ。
恐らくは分割世界からの傭兵、文化レベルは現代から近未来という感じか。
とりあえずメルンテーゼの住人ではないだろう。
年は20代半ば、黙っていれば美人ではある。

――ただこの声、どこかで聞いた事があるような。

思い出せそうな所で、女性の声が響いた。

「それじゃあ私は行くから。
　自分の息子ならちゃんと教育しときなさいよね！」

自分の息子……。
私は13歳の息子がいるように見えるのだろうか？

軽くショックを受けつつ、私達はその場を離れようとする。
すれ違って、何歩あるいただろう。


「……あれ？あの声ってまさか、コトブキ姉さん……？」


その時、声の主の顔が頭に浮かんだ。
私は慌てて、もと来た場所へ振りかえる。
しかし、そこにはあの女性の姿は消えていた。

「もしかして、ナコちゃん……？」

そんな事はありえない筈なのに。
いつの間にか一筋の滴が頬をつたい、拭われぬまま地面に落ちていた。


To Be Continued......

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※ほんの少しだけレスさん達（958）をお借りしました。

無機質な建物が並ぶ道を一人の女が靴音を鳴らして進む。
年は20代半ばの傭兵風の出で立ちだ。

女は盛大な溜息をつくと、進んでいた道を引き返す。

自分を探す従姉と同じ場所ですれ違っていたことを　彼女はまだ知らない。