気が付くと、其処は漆黒の闇が覆う、けれど其処が何もなく、そして途方に広いことが解るほどには明るいとも言えるのだろうか。――いや、闇に覆われているからこそ先が見えず、そもそも何も見えていないだけなのかもしれない。
　俺はそんな漆黒の闇が覆う世界に、ぽつり、とただ存在していた。
　地に足を付けている感覚はあるものの、足元を見れば明確な地面、というものは存在していないことに気付く。けれども、浮いている感覚はないのだから――恐らく俺はこの場所に、立っているのだろう。
　立っているというのなら、もしかしたら歩けるのかもしれない…と思ってはみたものの、足元に広がるのは漆黒の闇だ。一歩踏み出した先に落とし穴が存在している可能性だってある――“何もない”と、俺はこの暗闇のせいで錯覚しているだけなのかもしれないのだ。
　足を前に出すことはないまま、俺は一度、深く、深く息を吸い、そしてゆっくりと吐き出した。
　目も一度閉じてから、ゆっくりと開き直す――

　恐らく、俺が今見ているこの世界は“夢”の中の世界なのだろう。
　俺の中の最後の記憶は、いつもよりちょっと早めの時間にベッドに入り、そしていつも通りのアラームを掛け眠りについたところで終わっている。だとしたら、現実で寝ている間に誰かに拉致され、こんな宇宙空間のような不思議な感覚と漆黒の闇が覆うところなんかに押し込められている――、と考えるよりは、ここは夢の世界なのだと考える方が現実味があるだろう。
　――そうか、夢の世界なのか。
　最近は毎日戦闘やら、仲間たちの面倒やら、家事やらで疲れ果ててから眠っているせいもあるのだろうと思うのだが、夢というものをめっきり見なくなっていた。そもそも、夢を見たとしても“ああ、これは夢だ”と夢の中で自覚することなど無いに等しい――寧ろ、初めての経験だと思う。
　ちょっとふわふわとした感覚があるものの、…まぁ場所を除いて考えると、あまり夢の世界、といった感じはしない。夢というのは自分の記憶の範囲内で見ることの出来る幻想――幻覚のようなものだと俺は思っているからだろうか？自分が自分のままぱっと登場している夢で、ここは夢の世界だ！と認識したところで、俺は俺なのだから普段と全く変わらないということになるのだろう。

　夢の中の世界はイメージだ！と、何処かで聞いたことがあるような気がする。
　ならば、長年抱いていた夢を叶えることも出来るのではないだろうか…？
　生憎、どうやらこの夢には登場人物が俺しかいない上に、そもそもこの夢は俺が見ている夢なわけだから、今から俺がやろうとしていることは他の誰にも知られないし、知る術すらないのだ。――なら、

　――――、

　…まぁ、出る筈は無かった。眼魔砲。一度でいいからやってみたかったのになー。
　無残に前に突き出された両手を、俺は静かに下ろした。俺の貧弱なイメージ力じゃ、ハァアアアア！の時点で光を纏ってなきゃいけない両手がそもそも光ってなかったのだ。幾ら夢の中の世界だからと言って、イメージ力が足りなければそう簡単に眼魔砲は出ないということだろう。

　――と、俺はそこで何気なく前を向いた。
今の今まで眼魔砲の出なかった両手の掌を見ていたのだが、ふと視線を“上げて”しまったのだ。

　何で俺の目の前に今、“ナイトスピリット”が当たり前のように存在しているんだ？
　今の眼魔砲は失敗したんじゃなくて、うっかりナイトスピリットが出ちゃいましたーってことなのか？
　状況が理解できずそんな突拍子もないことが浮かんでしまったが、俺はもうすっかり慣れた動作で利き手の左腕を背中――腰辺りに装備されている武器、輪刃へと手を伸ばした。

　眼魔砲とかイメージしてる場合じゃなかった。
　武器である輪刃に伸ばされた手は、無残にも空を掴む。――そう、俺の腰に“ある筈”の武器は、寝る時にベルトと共に外してしまったために、俺の中では今、其処に“ある筈のない物”と化していたのだ。
　ギリ、と歯と歯が鳴り軋むほどに、力を込めて歯を噛み締める――視線は、ナイトスピリットから逸らすことが出来ないでいた。
　正直、俺が今日までやってこれていたのは100％エンブリオたちのお陰と言っていいものだ。エンブリオたちが俺の武器に憑依してくれることによって、俺はやっと敵と対等に戦えることが出来ている――しかし今はそのエンブリオたちはおろか、武器すら存在していないのだ。敵はナイトスピリット一匹と言えども、丸腰の俺に一体何が出来るというのだろう？

　――つぅ、と頬を一筋の汗が伝う。
　ぽたり、と汗の滴が漆黒の闇に染まる地面らしき場所に落ち、弾けて小さな水溜りを作った――丁度、その時だった。
　目の前のナイトスピリットの姿がぶれ始め、この空間と同じ漆黒の闇に染まる髪と、冷たい、赤黒い瞳を持った幼さの残る少女の姿がチラつき始めたのは。

　時間にして数秒ほどの短い出来事だっただろうか。
　目の前に存在していたナイトスピリットは姿を消し、変わりに中学生――とまではいかない年齢ほどの少女が佇んでいる。――あれ、この子何処かで見たことがあるような…

　随分と間の抜けた返事だったとは、自分でもひしひしと感じずにはいられなかった――









　*

　*

　*

...NEXT

　見られていて悪い気持ちは無いらしく、なんだか自信満々そうに尻尾とか見せている
　注意深く観察していると尻尾の背ビレが鋭い刃なことに気づいたりするかもしれない、でもそれ以外に武器っぽいものはない

　特にその期待を重荷にも感じていないかのように言う
　人間ではないから価値観が違うのかもしれないが

(気絶するまで笑顔で見守っている)

(しかし、気絶した後何をしたかは本人のみぞ知る――)

ぴょこ、ぴょこ。招来の舞らしいそれを、踊り。