始めて人を殺したのは、齢二千ほどにになってから。
新たに渡り歩いて来た世界は、人々の感情が極めて薄い世界だった。
悪も欲もない世界だったが、かわりに其処には、愛がなかった。

何を為し遂げても注目されない世界。其処で過ごして十年ほど。
当時の彼女は、死と生のループに疲弊し、心もひどく荒んでいた。
刺激を失い、ただ時を流れるだけの屍と成り果てていた彼女は、
突然ぼんやりと、人を殺してみたいと思った。

（誰か……殺してもいい人、いないかな……？）

一人でぶつぶつと呟きながら、街中を徘徊する。
その歪んだ倫理観を咎める者は誰もいない。

たくさんの世界を渡り歩いてきた。
いくつかの世界には、殺しても許される人種というものがあった。
処刑や討伐、退治などと銘打って、沢山の罪なき人間達が殺されるのを見てきた。
彼女にとって、人の死は日常。
当然のように周囲に溢れるリアルだった。
毎日自分を殺してきた彼女は、殺人という行為や死という絶望にも慣れきってしまっていた。

だから、何となく、通りすがりの人間を、刺し殺してみた。

誰にも気付かれる事はなかった。
多少の騒ぎにはなったが、すぐにその事件も忘れ去られた。

――ああ、こんなものか。

さらに色んな世界を放浪した。
世界によって多少の差はあれど、人間は、他人に無関心だった。

彼女は、死地を求めた。
色んな場所を旅して、色んな場所で殺された。
服を着るたびに、血に染まって使い物にならなくなる。
いつしか彼女は、まともに服を着ることすらやめていた。

魂は、更に真っ黒に濁っていった。
感情は鈍っていく。成長は止まる。
精神の退行に伴って、肉体もだんだんと幼くなっていった。

そして、数千年の時が流れる。

……彼女は、こうして彼女になった。

白い少女は、あなたが傍にやってくるのを少し嬉しそうに待っていましたが、
手を伸ばせば触れられるほどの距離に近付いた途端に、急に落胆したような顔をされます。

捕食対象としての興味がなくなったのか、闇に溶けていた少女の半身が浮かび上がるように現れ、
周囲の闇が黒い粘液のように彼女の身体を濡らしたかと思うと、それは黒い服を形成していき、
白い少女は完全な人型となりますが、やはりその雰囲気は人間とは思えません。

どうやら彼女は、ここを通る人間にとって、『何かをする側』の存在のようです。

私はスカートを必死に抑えると後ろにたじろぎながら身を引いた。
　

どうやら言葉の意味を理解していないようだ。