ーただの日記ー



勇者とは。

しばしば英雄と同一視され、誰もが恐れる困難に立ち向かい偉業を成し遂げた者、または成し遂げようとしている者に対する敬意を表す呼称として用いられる。武勇に優れた戦士や、勝敗にかかわらず勇敢に戦った者に対しても用いる。

らしい。

俺が勇者になったのは一瞬だったので、『英雄』というわけでもなかった。
勇敢に戦ったかといえばそうではなく、むしろ逃げ回っていたといったほうがより正しいのかもしれない。

俺がやったことといえば村の女の子ひとり助けたことと、勇者になってくれと頼まれたことと、それを引き受けたこと。

そして。




ーある昔話ー





どれぐらい昔だったか正確には覚えていない。
まだ『何でもない屋』なんて名乗ってなくて、世界中を旅している時のことだったと思う。

きっかけは魔物に襲われている女の子を助けたことだった。

それ自体は得になんということはないことだった。
一人旅をやっている以上少しは腕に覚えがなくてはやってられない。

おかしな話になったのはその女の子を助けてからだ。
助けてくれたお礼にと村に招待されたのはまあいい。
村長からじきじきにお礼を言われたのもまだ良かった。

その後、勇者になってくれと頼まれた。

そんなおかしな話があるか。

そもそも俺がこの村にたどり着いたのは偶然だった。
なのにどうして俺が勇者になるのだ。

そもそも勇者とはなんなのだ。

しかし、村人達の言葉は変わらない。
どうしても俺じゃなければならないのだと言う。

何故俺なのだろうか。
俺は勇者になんて絶対なれない。
ありえない、魔術も使えない勇者なんて。

その言葉に村人達がざわめく。

『魔術が使えない？』

『無術者？』

『ほんとうに無術者？』

やはり、魔術を持たない人間はめずらしいのだろう。
村人の目がこちらに集まる。

『やっぱり言い伝えは本当だったんだ』

『間違いない』

『あなたは私達がさがしていた人達だ』

俺は驚いた。

話を聞いていなかったのか。
魔術が使えないんだぞ。俺は。

村長が最後の言葉を紡ぐ。

『あなたにしか頼めないことなんだ』

俺は頷くしかなかった。




―・・・―




話自体はそれほどめずらしい話じゃなかった。

魔物である。

魔物退治である。


この村はずいぶん古くから人々が生活を営んできた地らしい。
貧しいながらも長い年月を積み重ね少しづつ発展させてきた。
そんな小さな村だった。

小さな村は少しずつ、少しずつだが大きくなっていった。
小さな村は、大きな村に。
村人達はこのまま発展し続ける信じて疑わなかった。


そこに一匹の魔物が現れた。
それは今まで見たことも無いような、魔物だったらしい。


村人達は戦った。村を護るために。
その魔物は恐ろしく強く、村人達がどれだけの手段を用いても敵わなかった。


魔物の襲撃により、村の生活範囲は少しづつ狭まり、土地は再び荒れ果てた。

今も抵抗は続けているが、少しずつ魔物に追いやられている。

このままでは、村は全滅である。
魔物をどうか退治してほしい。

こんな話だった。


まったく話が掴めない。
無術者である必要は全く無かった。
別に俺より腕の立つ人間を探してくれば良い話ではないか。


しかし、村長は言うのだった。


「それではあの魔物に勝てない。
あの魔物に勝つためには、特別な手段が必要なのだ」


一体どんな手段が必要なんだ。


「あの魔物が潜む地よりさらに深く。
そこに『剣』がある。」


『剣』？


「『勇者の剣』はあなたにしか抜けないのだ」


本気でいっているのか。
御伽噺だ。そんなものは。
都合よくそんなものがあるはずがない。

なのに村人の目は誰もが真剣そのもので。

俺は、自分に選択肢が無いことをだんだんと実感し始めていた。


「私達を救ってください」


村長の言葉が耳に届く。
こうして俺は一日だけの勇者になった。

そちらはどうにも捗らん、と肩を竦める。

そぼくなぎもん。
魔術のない世界について問われれば、別に、と首を傾けて。

フィンヴェナハの話題に対しては、少しだけ困ったように視線を落として。

そこでひとつ、息を吐いた。

何にせよ顔周りの包帯をとってもらえれば一息つける。
ふぅ……と青年は深呼吸した後、トートとベルを見た。
投げられた問いには少し考えた上で、

酷い目にあったけどな、との言葉は敢えて内心だけで呟いておく。
あくまで善意での勧めだったのだ。
結果はどうあれ、その好意はありがたかったのだし。

どうせなら空中遊覧に連れてってやろうか、とそんな提案を。

　

　

　何となく想像が容易い。事実、被害を出しまくったのだろう。タックルみたいな感じのノリで。
　でも、と少し語気を強めて言う。

　

　お伽噺の類でしょうけど、と続けて、それから目を伏せる。

　

　フォローは入れつつ、それでもざっくり言った。
　悪い職業ではない。そう思うのも、確かなのだけれど。

　と、少し興味深そうに問うた。

なにやら眼帯の男が近づいてきた。

そう言って男は手首を軽くと振った。どうやら挨拶するときの癖らしい。

男は一度ゆっくりと深呼吸をしてから、こう囁いた。

　　――しっぽがぴくんと跳ねた。