「星屑の山？」
「コトカ達も初めて行く場所なんだけど、そこに居るエンブリオを探しに行くんだって」

　皆で行けば怖くないだろ、と、明日の支度をしながらルカが笑う。
　また会えるの、楽しみだな。なんて、笑って。

「でさ、そのエンブリオが見付かったら、オレも契約しようと思うんだ」

　新調した防具を見、楽しそうに。わらう。

「レーヴ、もう少しで元の力を取り戻せそうだって言ってたし」
「そのことで話がある」

　だから自分は、ルカの部屋を訪れていた。
僅かに目を丸くして、不思議そうな顔で此方を見上げる。

「……エンブリオと契約するなら、俺も行く」
「っえ、だって、」
「身体の心配はいい」

　ルカではなく、アリシアに話したって同じ反応をするんだろう。
　自分が山登りするだなんてこと、反対されないわけがないことくらいは、分かっている。
　それでも。

「それより、お前に話しておくことがある」

　ありありと浮かぶのは、心配のそれだ。
　情けない顔するもんだな、と、見慣れてはいるものの、見るたびにそう思う。

「あのな、ルカ、」

　話したところで、ルカがどれだけその意味を理解できるかは知らない。
　もしかすると無駄かも知れない。
　それでも。

「レーヴとアンテは、元々、一体のエンブリオだったらしい」

　何を言っているのか、と、言わんばかりに、ルカは目を丸くしたままだった。
　構わず話を続けようとして、待ってくれ、と、やけに小さかったが、制する声。

「その話、アンテから聞いたのか？」
「……だったら？」
「何だよそれ、……それじゃ、レーヴは、」
「レーヴが本当の意味で力を取り戻せないように、俺がアンテと契約したんだよ」
「なん、で」
「いいから話を聞け」

　さっきまで笑っていたのが嘘みたいに。
　嘘だったのかも知れない。

「レーヴが本当の意味で力を取り戻すには、アンテの力を奪う必要がある」
「……」
「その為に、レーヴは今、アンテの力を奪う為の力を取り戻そうとしている」
「シズ、あのさ、」

　俯き気味に、ふにゃり、口許に笑みを作ろうと、する。

「……レーヴ、アンテに何か、悪いことしたのか？」
「俺が知るかよ。 分離している理由だって、聞かされていない」
「……そ、っか」

　作れなかった。

「これ以上、レーヴが力を取り戻すと、俺と契約していてもアンテの力が奪われちまうかも知れない」
「山に行っても、エンブリオと契約するなって言うのか？」
「違う。 ……要は、お前が契約しなければいい、ってだけだ」

　あれそれと突っ込まれても面倒で、けれど、思っていたより話の内容の飲み込みが早い。
　エンブリオ──レーヴの力を頼って戦っているルカのことだ。
　交わしたという約束のことを、もっと強く押してくるかとも、思っていたのだが。

「エンブリオとの契約は、俺がする」
「……っえ、」
「アンテと同じだ、お前は名前を借りて、エンブリオの力を使えばいい」
「出来る、のか？ 野生のエンブリオと契約なんて、シズ──」
「やるしかない」

　言い切れば、ルカが怯んだ。

「……アンテは、レーヴが本当の意味で力を取り戻すと
　俺達が元の世界に帰ることに支障を来たすかも知れない、とも言っていた」
「……なんで？」
「レーヴにでも訊いてみろよ、……詳しくは訊いてない」
「……」
「だから、やるしかない」

　恐らく。
　アンテが、レーヴと同じように力を取り戻そうとした時、アンテはレーヴと同じように、契約したエンブリオの力を奪うのだろうと思う。
　ルカがレーヴの力を借りて、行っていることだ。
　アンテがレーヴと元々、一体のエンブリオだったなら、同じように、自分も。
　
　出来るかどうかではなく、やるしかないのだ。
　少しでも早く、一日でも早く、帰す為に。

　帰る為に。

「アリシア、」
「……」
「アリシア、心配すると思う」
「……だから？」
「……、」
「お互い様だろ、そんなの」
「──え、」

　心配、反対。それが何だ。
　そんなことでいちいち怯んでいたら、先になんて進めやしない。
　先に進まなければならないのだ。
　こんなところで立ち止まっていては、いつまで経っても帰れない。

　せめて。


「何かあったら俺に言え、レーヴのことも」
「……うん」





　──支度を済ませ、部屋を出てみれば、すぐそこでルカが蹲っていた。
　他には誰も居ないようで、けれど、居たとすれば、それは。

「……朝から何してんだ、ルカ」

　膝を抱え込むようにして、埋めている顔を覗き込むことは出来ない。
　どんな顔かは大体、想像はつくものの、これから出掛けて、戦わなければならない奴が出掛ける前からこんな調子では、共に山を登る二人にも迷惑を掛けることになるだろう。
　問題は、それだけではない。

「アリシアがどうした」

　塞ぎ込んでいても分かることだ。
　いや、塞ぎ込んでいるからこそか。
　どちらでもいいか。

　分かりやすく、その名前に肩が跳ねる。
　間を空けて、顔は上げないまま。
　埋めている所為で、くぐもった情けない声が、

「……あり、しあ、」

　名前を呼んだ。
　その名前の相手が、ここにはもう居ないことを一番分かっている筈で、それでも。

「アリシア、……具合、悪そうで、だから、オレ、」
「……」
「っ顔色、悪くて、心配で、……でも、でも、平気、だって、」

　埋めたまま、首を横に力無く一度だけ、振った。
　心配だと口にする。
　声は何かに怯えている。

「平気なわけないんだ、全然、だって、つらそうだった」
「ルカ、」
「……アリ、シア、」
「泣く暇あったら追い掛けろよ馬鹿」

　また、肩が跳ねる。

「……泣いてない」
「泣いてんだろ」
「泣いてない！！」
「嘘吐け」
「うそじゃない！！ 嘘は、──」

　勢い良く、顔を上げる。
　どうだとばかり、言う通り、泣いてはいないらしかった。

　泣きそうでは、あるが。
　
　言い掛けた何かは結局言わないまま、また、俯いた。


「……アリシアに謝られた」

「……なんで」

「…………わかん、ない」

「でも、アリシアに謝られるようなこと、オレ、何もされてない」

「……、」

「されて　ない、の　に、……っ……〜〜〜〜……」


　それ以上は声にならなかった。

　何も。
　
　何も。

　　

努めて、普段通りだ。
ミハウに、コトカに笑って声を掛け、山道を登る、一番前を軽い足取りで進む。
一方、山を進むと分かっていて、それでも共に行動することを選んだシズも、普段通りだ。

時折、一番後ろを進むアリシアを振り返りながら。
彼女が此方を見ないように努めていることに気付けば、前を向き直る。
ポケットから出し掛けた手を、何でも無いように押し込んで、進む。

いつものように、挨拶をして。
以前とは違う三人の雰囲気に、ミハウは一度、戸惑うように表情を曇らせ。

その様に、イェジも肩の上で不思議そうに首を捻って。

いつものように、注意の言葉をかけることくらいしか、出来なかった。

　ちらりと、アリシアたちを見る。
　どこか感じる、違和感。

きらきらとした眼差しを向けられ、得意げにそう言って胸を張ってみせる

懐かしそうな表情とともに、村の風景を思い浮かべる

　どことなく違和感を覚えつつも、山を登る。
　普段よりも多くない、会話。

　誰に向けてか、そう呼びかけた時。
　目の前に立ちはだかるは、巨大な体躯を持つモンスター。
　今は、お喋りをしている場合では無いようだ。

　ウルヘアは敵を威嚇するように、大きく羽ばたいた。

　　　　　　　　　きみ達は下がって。 最初だけ、僕がきみ達を守るよ。 ）

──何処からか 声が聞こえる。
くすんだ青と白が溶けるように入り混じり、やがてそれは、ウサギの形を成すだろう。

影のような幻は、今にも消えそうに風に揺らいだ。

武器を下ろして、周りを見。脅威がないのを確認して、息をつき。

ちいさく、ちいさく、呟いた。

　仲間の無事を確認して、それから、

　何か言い出そうとして、結局は言えなかった。

いつも、お世話になっているから、と付け足して。

持ち運びできる、蓋のついた容器を示す。

そして、と、密封できるガラス瓶を取り出す。
中には一口大に切られた白桃が、シロップに漬けられていた。

きちんとお聞きしておけばよかったですね、と苦く笑って。