タタラ場…太古の製鉄場をそう呼びます。

　製鉄が行われている最中であれば、熱と光の坩堝となるこの場所も、今は僅かに差し込む日の光のみでやや薄暗い場所です。

「おお、おったおった」

　赤い髪の童子が誰かを見つけて駆け寄っていきます。

「なんじゃ？　」

　タタラ場にござを敷いて寝転んでいた、背の低いがっしりとした体躯の男がのっそりと身を起こします。
　もっとよく見れば、どうやら以前集落の長として勾玉を鑑定した男のようです。

「お館様が、次の戦に連れて行ってくれるって言うてくれてな？　せやから親父に刀をひと振り打ってもらおうと思てん」

　童子の言葉に、男の顔は見る間に渋面になり。

「お前のその手は刀を握るんでなしに、刀を打つための手なんじゃがのぅ」

　と、童子の包帯に包まれた右手を見ながら、微かに難色を示します。

「なぁに、親父はあと100は生きるやろ？　それまでにお館様なら天下をとっとるじゃろうから、その後ならば刀鍛冶を継いだってもええよ？　」

　男は童子の言葉を聞いて更に表情を渋くしながらも、からかわれたと叱りつけるような事はせず、ただ、静かに言いました。

「一番上等の酒を持って行って、玉鋼を持って山神様のところへ行って、鉄を製錬し直して貰え」

「おお、さっすが親父殿」

　男の言葉に童子の表情がぱっと明るくなり、童子が男の首に抱き付いて礼の言葉を告げます。
　男はと言えば、やれやれといった表情で童子を首にぶら下げたまま、製鉄を終えた鋼の中から一番上等のものを取り出し、布で巻き始めました。

「あとは、くれぐれも言っておくが……酒は山神様に献上するもんで、お前が口をつけてはならんぞ？　」



「そうか、長に許可を貰ったか」

　蝋燭の炎すら無い、相変わらずの真っ暗な穴の中。
　奇妙な人影と童子が柄杓で酒を酌み交わしています。

「お館様の事となると、山神様はあまりいい顔をせんようだが、お館様の事は嫌いか？　」

　童子の問いかけに奇妙な人影は首を横に振ります。

「人物が好きか嫌いかと言われれば、あれほどの好人物はおらんじゃろうな」

「そうか、山神様もやはりそう思うとるんやな！！　」

　敬愛する人物の事を褒められて嬉しそうに柄杓で酒を飲む童子からそっと視線を外すと、奇妙な人影はそっとため息をついたのでした。

ベッドに腰掛けて、足をぱたぱたと振っているらいちの姿を見ながら、ソルトが机に鞄を下ろす

らいちが袂から懐中時計を取り出す

ソルトは表面上はなんでもない事のように、鞄から懐中時計と同じ色をした鎖を取り出した

懐中時計が何であるかという事に根本的に理解の無いらいちは、ソルトの言っている事がいまいち理解出来ないままなのだが、黙ってこくりと頷いた

不意に口を開いたらいちに対してソルトが僅かに身構える

予想していた質問とは別の話題だった事に、ソルトの緊張が緩む。

危機感に欠しい、と見れるほどにその笑顔に不自然さはなく。
生活の基盤はしっかり、どころか。すっかりこの世界に根付きつつあるような自分の意識に、後頭部をかきながら苦笑いを。

カダイエ、というものが具体的にどんなものかもしっかり学んだ事がないレベルで、ただ、その言葉だけを頼りに聞いてみただけの話。
それを恥じるように苦笑いを浮かべていたものの、あ、と声をあげ。

向こうにある何らかの出店らしきテントを指差し、ごめんなさい、という言葉と同時に頭を下げた。
実際急いでいるのだろう。挨拶を終えれば、ぱたぱたと早足で、――その場を、去った。