トウカは悩んでいた。女性関連以外の事にこれほどの長い時間を費やすのは、生れてはじめてかもしれない。それだけの苦悩を顔に浮かべていた。

「うーん…」

　あらゆる策を講じる。あらゆる状況を想定する。それでもなお、隙がない。状況を打開する術がない。幾度となく絶望に陥りそうではあったが、それでも彼は諦めることなく次の手を探り始めた。

「いったい何を悩んでいるんですか？」
　水精霊のエンブリオ、フローリアが尋ねる。過酷な猛暑の砂地の進攻中。他の仲間達が茹だるような気温の高さに苦しむ中、トウカはひとり別のことで表情を歪めていた。彼は暑さや熱さには常人以上の耐性を備えており、この環境において心を煩わせることはない。

「斬慈の旦那だよ。どうやったら、あのおっそろしく強い相手を倒すことができるのか…いくら考えてもいい手が浮かばねえんだ」
「斬慈さん、ですか？」
　軽い驚きと共に、フローリアは聞き返した。嬉しさがこみあげる。先日の練習試合、トウカは斬慈らのパーティーに完膚なきまでに打ちのめされた。度重なる敗北が、プライドと闘争本能に火を付けたのだろう。それまで勝つ気などなくヘラヘラしていた彼が、一日中思い悩むまでに勝利を渇望している。
　とても良い傾向である。フローリアは、トウカを全力でサポートしようと、自身も様々な分析を行い、提案しようとした。ふと、トウカが呟く。
「何とかして弱みを握りたいんだよな。もう一生俺に頭が上がらないってくらい致命的なやつ。そうすりゃーいくら超人の旦那でも怖くはねえんだけど、思いつかないんだよなー」
「ちょっとおおおおおおっ！！！！！！！？」

　フローリアが叫ぶ。彼女の感心は十秒と持たないうちに脆くも崩れ去った。
「あなたは一体何を企んでるんですかっ！弱み！？戦いに勝つための方法じゃなかったんですか！」
「だから戦いに勝つための方法だろ。斬慈の旦那の弱点を見つけて、それを取っ掛かりに…」
「そ、それは斬慈さんの苦手な技とか、動きの癖とか…そういうのですよね？」
「何かすっげー変態的な性癖とか持ってりゃいいんだけどな。パーティメンバーだけじゃなくて、契約エンブリオ全員からもドン引きされるようなやつ。エンブリオが力を与えてくれなきゃ、いかな旦那といえど…」
「あああああああもおおおおこの男はああああああああ」

　うめくフローリアを、トウカはわけが分からないといった顔つきで見やった。大して気にも留めず、脅迫に使えそうなネタを思いつくままに言い連ねる。
「ああいう硬派なタイプに限って実は女好きだったりするからな、実は過去に二股…三股くらいかけて女の子を泣かせたりしてるかもしれねえ。いや、今でも淡雪姐に隠れてこっそり付き合ってる子が居たりするかも…」
「また適当なことを…ていうか、誰もかれも貴方みたいな男の人ばかりじゃありません！」
「お、俺は二股とかしねーっての！ていうか今まで誰とも…あ、いや…そうじゃなくて…」

　聞かなかった方がいいことが聞こえた気がしたが、フローリアは忘れることにした。目の前のこの男なら、どこを突いても弱みがポロポロとこぼれてきそうである。もはや強さ以前に、人としての格が違っていた。
（これじゃ絶対に勝てませんよね、はぁ…）
　嘆息する。だが同時に、別のこともフローリアは確信していた。トウカが本来の炎陣を思い出せば、斬慈に勝るとも劣らない力を発揮できるはずだと。この世界に移る前の、あの精霊の炎ならば。もっとも、それが可能なのかすら定かではないが…
（いいえ、必ず思いだしてもらいます。一緒に、元の世界に戻るためにも…！）

「閃いたぜっ！！」
　トウカが大仰に叫んだ。自信満々に瞳を輝かせ、言ってくる。
「弱みがなけりゃあ作ればいいんだよ！！フローリア、お前こないだ旦那と契約してちょっと手伝いに行くって言ってたよな！そん時にネタを仕込めば楽勝だぜ！そうだな、手始めに手荷物の中にガチムチ系の●●●を忍ばせておいて…」
「いい加減にしなさああああああいっ！！！」
　感情任せの激しい水流が撃ちだされ、トウカの体を砂丘の向こうへと吹き飛ばした。


ちなみに。
この一連のやりとりを見ていた彼のエンブリオ達が一斉にドン引きし、しばらくの間一切の協力を拒むようになり…「やる気があんのかテメェはああああ！！！」という怒号のもと、トウカが練習試合で普段以上に叩きのめされたのは、数日後のことであった。

眼前に立ちはだかる人影を今にも貫きそうな視線でじっと見つめる。

背中に斬一文字を背負った白の一張羅の左肩を掴み、背後へと投げ捨てる。

やや厚手の重みを持った生地が、地面に付いたか付かぬかの処で
身の丈六尺二寸の男の背中から、腕の可動とともに、
　大鉈「濠白波」　が大きく弧を描き姿を現したかと思うと…

刃こぼれなど全く気にしない激しい衝撃が、地表の石を蹴散らした。