道端に白く塗装されたような木材の道標が、三椏に分かれて指し示していた。
赤、黄色、薄茶色の落ち葉が、掠れた白を寄りいっそう引き立てる。


文字は読めない。
だが、今まで幾度と無く足を運んだ森と川の方角である。


別れ際に手渡された、手弁当の風呂敷包みの結び目を持つ指が、
雇い主の言葉に呼応するように僅かに動いた。

雇い主である女と別れる間際に、ふと出た質問。

用心棒には答えを用意することが出来なかった。

困ったように視線を足元から斜めに落とすと、その言葉を皮切りに、珍しく雇い主が饒舌に話す。


何かを一つ一つ思い出すように、確かめるように紡がれる氷炎淡雪の過去。
曖昧な一人称がたびたびでてきていたものの、内容はおもいのほかはっきりしていた。




弟子をとっていたこと。
かつての武人の連れ添いと別れ、別々の道を辿ってきたこと。
自分は、相手に対して武器を捨てて欲しいと思っていたこと。

もし、元いた世界に戻れたら……闘いから離れ、静かに暮らしたいこと。


そういった、"わがまま"を、最後まで、言えなかったこと。





用心棒はただ、それを黙って聞いていた。

皺の寄った落ち葉が、地を撫でながら足元に擦り寄った。




二本の青緑の双角から下がった白い帯が、ひらりと翻る。
そして、足元の赤黄色をかき蹴飛ばすように、もうひとつの白の一張羅が翻った。













やや薄茶色がかった草むらから、キリキリ、コロコロと虫の声がする。





えのころ草のような、穂先のふさふさとした雑草が、摺りあっては風の音を紡ぐ。

男の背中から発せられた言葉に、一歩踏み出した桃色が揺れる。









小さく呟いた声は秋に溶け、足元の鮮やかな紅葉の落ち葉は、寄り添うように、道標の根元へ引っかかっていた。

別れ際に手渡された風呂敷包をあけてみると、弁当であった。
伝統的な波千鳥のような模様の中に、白い色で南天を模したような三つの点が混じっている。

背中を向けながら黙々と食べて、その場を後にする。

眼前に立ちはだかる人影を今にも貫きそうな視線でじっと見つめる。

背中に斬一文字を背負った白の一張羅の左肩を掴み、背後へと投げ捨てる。

やや厚手の重みを持った生地が、地面に付いたか付かぬかの処で
身の丈六尺二寸の男の背中から、腕の可動とともに、
　大鉈「濠白波」　が大きく弧を描き姿を現したかと思うと…

刃こぼれなど全く気にしない激しい衝撃が、地表の石を蹴散らした。