従者日記　■月△日

　今日はあの人――我が主よりこの日記帳を頂いた。業務日誌でも書けと言うことなのだろうか、そう尋ねたところ流行っているから書けとのお言葉を頂いた。……直後に嫌なら書かなくても良い、とのフォローを頂いたが。今までこの様なことをする余裕などなかったためどんなことを書けばいいのかわからない。あの子たちのように読み書き計算が出来ないわけではないから練習帳にする意味もない。しかし、だからと言って主より戴いたモノを無碍に扱うなど私の名が、心が廃る。だから、私は主との出会いを書き記すことにした。私は機械ではない、記憶には残るだろうが、記録には残らない。――ならば、この日記にも意味があり、出来るだろう。
　
　あれは、侵入者である主にばったり出会った時の事だった。
　
　
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　最近、こちらも大分騒がしくなってきた―――。銀色の毛をした山羊頭は、ぼんやりと考える。彼、彼女は人の体に頭の部分が山羊と非常にアンバランスな形をしている生物だった。
　燕尾服と呼ぶのが相応しいモノを纏っている彼は、手にもつ食器を優雅に片付けつつどうしたものかと思考に耽る。どうにも、王が変わってから息苦しくなってきた、と。そう、新王のネクター独占のためだ。給金としてネクターやPSは確かに貰っているが、それも必要最低限のみ。彼の種族――シツジ族が代々王と契約し、配備される事になっている城内勤務。その中の落ちこぼれ達があつめられる兵舎であるのを加味しても少ない。
　暫くすると作業が終わったのか深夜の静かな廊下に、扉を開ける音が響く。彼が入る前は見るに堪えないほど汚らしい部屋だったのがその面影が見えないほどきれいになっていた、少なくともこの仕事ぶりを見る限り彼は落ちこぼれ組には到底見えない
　深夜の廊下をこつんこつんと歩く音が響く。歩きながらぼんやりと彼が思いだすのは最近になって届いた一族としての命令だった。「新王との契約をうちきる」簡潔に言うとその一言に尽きる内容だった。要するに彼の一族は王族と契約するのを止めたのだ。
　
　「Baar――。しかし、これからどうしましょうか」
　彼は、ぽつりとそうこぼした。
　
　―――もともと、彼は落ちこぼれではなくむしろ優秀な部類に入るものだった。しかしそれ以上に一族から浮いている存在でもあった。父は居らず母も早くに亡くし天涯孤独な存在であり、そんな彼に居場所など、最初からどこにもなかったのであった。
　だから彼は悩む。この職場から消えて次はどうするかを。月明かりと松明が照らす廊下を歩みながら考え続ける。
　
　
　――そして彼は、今日、運命とであった。
　
　
　
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　誰もいない。深夜の兵舎の廊下を歩み続ける山羊頭の前に人影が1つ、二つ。――真っ赤というより、深紅と形容した方が相応しい髪色に、着物と言われる東方の民族衣装を纏った、兵たちが眠るこの場には不釣り合いな恰好をした侵入者だ。
　
　
　「――そこの者、止まりなさい」
　
　契約が切れると言っても、自分の中では決めかねている。それにまだ職務中である山羊頭の彼は不審な人物を発見した場合、見咎め身元を確認し報告する義務はまだあったのだ。見逃しても誰も何も言わなかったろうに、しかし彼は職務の一環として声をかける。声をかけられた人物は立ち止まるも未だに山羊頭の彼の方を向くことは無かった。
　
　「Baar.ゆっくりとこちらを向いてくださいませ。
　　身元の確認をさせていただきま―――ッ！？」
　　
　言えたのは、そこまでだった。山羊頭は目の前にいる人物に対して、咄嗟に跪き手を取り忠誠を誓いたくなった。今まで自分の中にあった「仕えるべき主」への疼きを満たしてくれる、じわりじわりと侵入者から溢れ出る覇気に対し本能的にそう感じ取ったのだ。だが、寸でのところで醜態を見せることなく、思い違いだと心をただし、あくまで侵入者とそれを咎める立場としての自分を思い出し、立ち止まることができた。ふと、くつくつと不敵な笑い声が静かな廊下に響く。気が付けば深紅色の髪をした人物-青年だった-もこちらを向いていた。
　山羊頭と青年の目が合った。ニィッと口角を上げ笑みを深める青年の身に纏う雰囲気が動作の1つ1つが、在り方に山羊頭は焦がれ、惹かれる。見れば見るほど吸い込まれそうな気持ちが抑えきれなくなりそうだった。
　しかし、山羊頭が見惚れてれしまったような素振りを見せるのは一瞬のみ。内心はどうあれ、山羊頭は優雅に冷静に話を続ける。
　
　「Baar.こちらを向いていただき感謝いたします。
　しかしながら、あなた様は外部の―――一揆を起こす組織に所属する人物と見受けられます」
　
　よって、と。こちらを向いた青年を真っ直ぐ見つめて、続ける。
　
　「この場から立ち去るか。私の手によっての強制退出か、好きな方をお選びください」
　
　先ほどまで思い浮かべていたものを見せつけぬように、平坦で冷たい表情で宣言した。
　
　
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　「随分とまァ、物騒だなァ」
　
　くつくつと、笑いながら青年は、動く。
　
　「Baar.元より侵入者はそちらです」
　
　物騒なのはどちらなのでしょう、と言外に伝えるかのように山羊頭は答える。お互い最初の位置から動くことは無く、何時でも動けるように山羊頭は臨戦態勢にゆっくりと入る。青年のほかに感じた人影は、ぽわりと丸い紅い球に変わりそのまま青年の体内へと入って行った。エンブリオとの契約だろうか、薄らと青年からの威圧感が増した、山羊頭はそう感じた。
　
　「くくく、ああ、全く持ってその通りだ。正面突破も悪くないと思ったんだがなァ、残念。今は気ままにぶらついてここに来ただけさ」
　
　「正面突破――まさか、あなたは昼ごろの？」
　
　昼ごろ、一揆の集団がこの兵舎各所で暴れていた、とは兵舎に居るモノには周知の事だった。数週間ほど前から継続的な襲撃があり、最近は隊長の所までたどり着いたものもいるらしい、流石に負けることは無かったようだが。
　その関係者のであるのならば、やはり穏便にはいかないのだろう。少しずつだが自身に魔力を巡らせ、少ないネクターをも体内に循環させる。
　――残業手当の一つでも欲しいところです。そんな風に思いながら。
　
　「ああ、ある程度までは行けたんだが撤退の判断だとさ。ま、あれより先は兵舎の隊長と兵士たちが屯してる場所らしいからなァ。間違っては居ないが、少し残念だった」
　
　「残念？」
　
　「ああ、暴れたりなくてなァ。正面突破で潰せると思っていた分肩すかしってことさ」
　
　「Baar.なるほど、つまり今のあなたはバトルジャンキーで若さに任せて兵舎に突撃をしてきたと言う事ですか。――変態ですね？」
　
　そっと自分の身を守るかのように抱きしめる。冗談のように見えるその動きは隙を無くばれないように、少ないネクターを全身に張り巡らせるためで、目も顔も笑っていない。その様子を見る青年はくつくつとまた一つ笑い、ばさりと腕を広げた、心外だ、と言わんばかりの様子で。
　
　　　　　　　　　　　　　　　　・
　「くく、面白い冗談をいうなァ、女。残念だが俺はそんなに若くもなければ、現状そっちに興味があるわけでもない」
　
　「Baar.なら男色家ですか？世界は広いと言いますが、私の世界には必要がありませんね。申し訳ありませんが半径10ｋｍほど離れていただけると助かるのですが」
　
　「あらまァ、まァた振られちまったか、やれやれだぜ」
　
　ざわり、と場の空気が変わる。その様子を過敏に感じた山羊頭は一瞬で戦闘態勢へと入る。
　一方青年の方は広げた腕を降ろし、自然体になる。しかし、何時でも飛び出せるようにか、徐々に体勢は低くなって言った。
　
　「Baar.結局はこうなりましたか」
　
　「ああァ、本当は直ぐに帰るつもりだったんだがなァ。
　　少しばかり、気が変わったのさ」
　
　「私としてはそちらの方が楽だったのですが」
　
　「気が変わった理由は、お前さ」
　
　「はて、私に何か落ち度でもありましたでしょうか？」
　
　「――お前を気に入ったのさ。折角だから、貰っていこうかとなァ」
　
　山羊頭の心に、耳に、やけに響いたその言葉には
　
　「――Baar.悪くないお話ですがその前に」
　
　―――行動で返答した
　
　「あなたのお力を」
　
　
▼シツジの行動！


　「見させて頂きます。
　　では、ご堪能くださいませ――」


セバスチャンブラスト！！

　タイミングは完璧だった、最初は軽く撃退するつもりだった。ネクターや自分の魔力の無駄につながるからだ。しかし、思ったより力が入ってしまった。期待、してしまったのだろう。容易に躱せる一撃ではなかったはず。


　　アズマに7297のダメージ！！


　「ハッ、上等」


　青年に、山羊頭から放出された無色の一撃が叩き込まれた――かのようにみえた。


　「そこで好きなだけ――魅せられていろ」

　
アズマによってセバスチャンブラストは封殺された！！


　まるで分かっていたかのように、その一撃を、かわす。

　
　「――――ッ？！」
　
　「ほゥら、今度はこっちのバンだぜェ？」
　
　
アズマの反撃スキルが発動！！！


　「しまッ！？」
　気が付いた時には、もう遅い。


レックレスチャージ！！

　青年は山羊頭の攻撃を躱しながら背中から翼を生やしており、全身に焔を纏い――山羊頭に向かって突撃！！
　

　壁に測定不能のダメージ！！
　
　壁は破壊された！！
　
　…………

　……

　…


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　気が付けば、私は主の腕の中に居り連れ去られていた。どこの気障な王子なのだろうかと今は思う。ああ、思い出すだけでも恥ずかしい記憶。だが、これもまた一つの記念として記録として残しておくべきだと、私は判断したのだった。
　
　
　「――おや、ダリア早速使ってるのか」
　
　独り、机に向かっている“女性”に声をかける青年がひとり。
　
　「Baar.主から戴いたものを使わないのは従者の名折れですので」
　
　「ハッ、ま、どっちでもいいさ」
　
　肩をすくめ、静かにベッドの端へと青年は腰かける。ベッドの中央部分は2人の少女と1つの獣に占領され、寝る場所が存在しなかった。子供を見守るような表情で寝ている少女たちを眺めていると。するりと青年の首元から小さき龍がすり落ち獣と少女たちの中へ入り込んでいった。
　
　「――最近振られてばっかだなァ、くくく」
　
　愉快気に笑い、やれやれと首を振りながらダリアと呼んだ女性に目を向ける。銀色の髪、白い肌に黒い燕尾服がやけに映えて似合っている。髪は肩口で折り返しまとめられていた。スレンダーな体系なのもあり燕尾服に着せられるのではなくきっちり着こなしている。表情は変わることなく、視線を感じたダリアは無言で頷く。

　「Baar.従者に移り気と名づけるなら、そうなってしまうのも致し方ないかと」

　「これは手厳しい、くくっ。優雅で華麗なお前にピッタリかと思ったんだがなァ。
　　……しかし、体の調子は大丈夫か？」

　「Baar.ネクターの配給も良い感じです。おかげで久しぶりに野暮ったい山羊頭ではなくなりましたから。
　　あの状況でも仕えることに問題はありませんが、やはりこちらの方が同じ視点に立ち主の役に立てるでしょうから」

　「ならば、それで良い」

　青年は座りながらも、真直ぐダリアのみに自身の覇気を注ぐ。全力には程遠いがそれでも威圧するには十分なモノであったがダリアは飲まれる事無くその場に立ち続ける。

　「十分な働きを期待してるぞ、ダリア？」

　「Baar―――私はただ主の傍に控えるだけでなくあなた、風斬東様にとって在るべきものとすることをここに誓います」

　そういうと跪き東の手を取り頭を垂れるダリア。

　「くくくっ――ああ、本当に良い拾い物をしたよ」

　そして、それを楽しそうに笑い見つめる東の姿がそこにあった。

少女は君の方を見て、少し驚いたようだ

いたずらっぽく微笑んだ少女は、次の瞬間ふっと笑みを消した

少女は再び君を見て、驚くほど冷徹な声で告げた

青年は屈み込んで手近にあった大きめの岩を左手に構え――
自分の右手に振り下ろした。
血が止まらなくなるまで自分の右手を殴ってから、漸く青年は立ち上がった。

まあこれぐらいなら1週間もあれば治るだろうし、と付け加えた青年の顔は、どこまでも無表情だった。

凄い勢いで先ほどいなくなった少女が再び目の前にあらわれる

息切れをする中、少女は男に話しかける。