メルンテーゼの一揆に参加してから十日が経ち、俺の世界では八月を迎えた。
相変わらずの猛暑が続き、風桜町の最高気温は35度と最高記録を更新した。
そんな暑い中、俺はルーディの案内のもと、ある場所へと訪れていた。そこは不気味なくらいに人気一つ感じない、静かな森の中。
風に揺れることなく、葉の揺れる音一つ聞こえない。虫や鳥の鳴き声も一つも聞こえない…、静か過ぎる森である。
おまけにこの森の中だけが異様に周囲の気温が冷たく感じる…、まぁ暑いのよりはいいんだが。

「残念ながらそれは違うぜ、正義。あいにく涼みにきた訳じゃねぇよ？」
「相変わらずお前は人の考えてることを呼んできたな…」
「今から一ヶ月前か…、この森に偶然迷い込んだ子供たちがいたんだが、突然どこからか木霊する謎の声を耳にしたその直後、その一人が姿を消した。それから行方不明事件としてでかい規模での調査が行われたんだが…、森の中でその消えた子供の死体が見つかったんだっ…。しかしその死体…、まるで養分を吸われたかのような死に方をしていたんだと。それからこの森は調査が続けられていたんだが、次々と被害にあう奴が出てからは調査は中止、この森も立ち入り禁止になった訳。だから入り口にも、立ち入り禁止の警告があったろ？」
「つまり俺はこれからその何なのかわからぬ脅威を退治しろと？」
「正解♪」

おいおい…、ここまで連れて来て謎の化け物退治をしろと？つーか、必ず遭遇できるかもわからないってのに？
確かにこの季節では異様としか思えない森の中での肌寒さ、葉の揺れる音も虫や鳥の鳴き声も一つもないくらいの不気味さ。
何かが出そうな雰囲気はあるんだけどなぁ……。


「あぁ…お前が感じてる肌寒さなんだけど、原因は蔓延してるガスだっ」
「ガス？」
「発生源は今この森に潜んでる脅威だろうな…、まぁ引火性がある訳じゃねぇし、特別匂いも感じねぇけどなっ。このガスは周囲の熱を奪う性質がある…、だからお前の身体にも肌寒さを感じる訳だ。けどこのガスが広がる環境下にもあまり長居はできねぇけどなぁ…、吸い続ければ身体にも悪影響が出る。ここら辺で濃くなってるあたり距離は近いか…」

次第にさらに肌寒さを感じる…、ガスが濃くなってきているあたり、目的の敵との距離は近いのだろうか。
そして突然と木霊する謎の声…、まるで獣のような声は森の周囲に響き渡っていた。

「くるぞっ！」
「―ッ！？」

俺らに迫る、三本の長い触手。とっさに回避するもさらに触手は迫り、その数を次々と増やしていく。
見たところ触手の数はざっと十本といったところか…、それにえらく遠いところから伸ばしてるようだ。
俺は想像術を使い、愛用のビームカタナ・ヘブンリーブルーを具現化して触手を斬り払うが、触手は斬られたところからすぐに自己修復を始めていた。
あっという間に触手も元に戻れば、再び触手はこちらを目掛けて迫ってくる。

「のわっ！？」
「ルーディ！」

ルーディが三本の触手に捕まると、残りの触手もすぐにルーディの身体のあちこちを拘束して彼女を連れて行く。
俺は想像術で自身の移動速度をあげ、触手に捕まったルーディを追いかけた。
どうもこの触手は迫るのははやいが引くのは遅いらしい…、何とか追いつける程度ではあった。
それに一体獲物を捕まえればそれを持ち帰ることだけに集中している…、追いかけてくる存在のことなど考えてはいないようだ。
次第にさらなる寒気を感じるあたり、確実に敵との距離は近づいているだろう。

「なっ―！？」

俺はようやくそこで、その正体を目の当たりにした。
それは巨大な木と獣の上半身が一体となった存在。大きな口と鋭い爪の生えた腕を持つ上半身は…かの異型の獣を思わせる。
獣の背中には十本の触手が生え、身体の熱を奪うガスは獣の口の中から発せられている。
特にガスは勢いよく目の前で吐かれれば、すぐに距離を離さなければ危険だろう。

『GURURURURURURURU……』
「嘘だろおい…、ホントにこの森の中にこんな化け物がいたのかよ…」
『GURAAAAAAAAAAAAAA！！！』

木の獣は勢いよくこちらへ目掛けてガスを吐き出す。こう近いとガスも白い煙になってみえる。
だがあのガスに触れれば身体の熱も奪われ、多量に吸い込めば身体の器官にも影響が出るだろう。
俺は吐き出されたガスを退け、木の後ろにまわり、木に対して一撃を与える。
しかし木には殆どダメージはなく、地面からはさらに別の触手がこちらへ目掛けて伸びてくる。
とっさに触手を斬り払うも、やはり修復が異様に早い。これではキリがない…。

『正義〜、僕のこと忘れてない？』
「……お前か」
『そうだよ〜。今の状況なんだけど、どうもあれを仕留めるには獣の首を落とす必要がありそうなんだ。頭部から最も強い力を感じる…、おそらくあの頭が本体だねっ。仮にあの木を切ったところで頭部が首から下とつながっている限りすぐに再生されちゃうし、耐性もつくだろうねっ』
「ならどうすればいい、この状況」
『僕に任せてよ、正義。大丈夫…、正義が生み出したい武器を何でもイメージすればいい、例え手ごろな武器であっても…僕なら強力な力にしてあげられる』
「…信じていいんだな？」
『十分信じてくれるよね、正義なら。一度見たじゃないか、君だって…』

確かにあの時、うまく形には出来ていなかったし、余計に体力も食われたが確実な一撃を与えていた。
もしそれをうまくコントロール出来るなら、敵の首を確実に落とすことも出来なくはないだろう。
まだこいつの具現化はやったこともないし、うまくいくかもわからない。けれど…、今はやるしかない。
俺はこの手に、蒼き光を集中させるイメージを浮かべた。
そしてそのイメージは、確かにその通りに現実に描かれる。俺の手には…、確かに蒼き光が集まりだしていた。
あとはこの光を武器に変化させるイメージさえ浮かべればいい。幼い頃、俺が手にした木の剣のように、自分の身長と同じくらい、あるいはそれ以上の長い刃。
そのイメージを元に、それは俺の手の中で生み出される。蒼の光を糧に…新たな一本は俺の手の中に。
その手に感じる確かにそれを握っている感触。今の俺にあわせた、日本刀のようなその見た目は何処か心が躍った。しかし…。

「…って、これ、刀身がない！？」

実体化は確かにうまくいったはず…、のように見えたが。
手にしたそれには、肝心の刀身がなかったのだ。
刀身以外はイメージに確実に近い、けれど刀身がないというここにきて最悪の事態が起きてしまっていた。

『何言ってるんだい、正義。確かにそれは正真正銘、君のイメージした究極の一本じゃないか』
「どう見たらこれが究極の一本なんだよ、刀身ないんだからほとんど武器にもなりゃしない！結局失敗ってことか！？」
『失敗じゃないよ正義、だって刀身は普段って、鞘の中に納まってるでしょ？』
「鞘の…、中？」
『あとはわかるね、正義。刀身がないのはそれが鞘に収められているからだと思えばいい。あとは君が…、鞘から抜けばいいんだよっ』
「…そういうことかっ」

俺は刃のない刀を手に、抜刀の構えを取る。そして俺は…、刀を抜く動作を行った。
その瞬間である…、刃のない刀から溢れる光、その光は徐々に実体の刃を形成していき、抜き終える頃には長い刃がその姿を見せた。
刀の長さは俺の身長…、いや、2メートルくらい。刃を出した後も重さは一つも変わらない…、信じられないくらいにそれは軽かった。

『ねっ？いい感じの刀身でしょ？』
「あぁ…上出来だよ。これなら藤岡隊長ばりの剣術も出来そうな気がするよ」

俺のもとへと一斉に迫る触手…、それを次々と余裕で斬り払っていく。
その一撃はもう、自己修復を許さない。斬った箇所は蒼い炎で激しく燃え、自己修復を大きく妨げる。
あとは敵の首を落とせばいい…、ルーディにはもう少しだけ辛抱はしてもらうが。
獣がまたガスを吐き出す前に、こちらが先に一振りを決めた。リーチが長い分、攻撃もよく届く。
獣の首を落とした瞬間、その斬ったところからはゆっくりとガスが漏れ出すも、ガスは徐々にその勢いを失っていく。
落とした首はそのままぴくりとも動かぬままその機能を停止し、首から下の身体もまた何一つ動かなくなった。
ルーディを捕らえていた触手もまたその力が抜けると、徐々にルーディも解放されていった。

「はぁ…、はぁ……、ま…正義、…やった…のか…」
「ってお前、何でいつの間にスッパになってるかなぁ！？」
「いや…何というか、このほうがもう…楽かなって思って」
「馬鹿ッ！」

例のタコの時と同じく、いつの間にかルーディは身につけていた装備を解除していた。
とりあえずは、元の姿に戻っとけと促しておく…うんっ。
後はこの首といい首から下といいどうするかだ……。まさかこの森にこんな化け物がいるとは普通は思わないだろう…、だけど確かにこいつはこの森の中にいた。
先ほどまで感じていた肌寒さも次第に消えていき、また夏の暑さをじわじわと感じだす。

「まぁ…、とりあえずは調査が入用か。異型の獣との関連性があるかどうかもわからねぇしなぁ…」
「とりあえずルーディ、お前はさっさと服を着ろっ」
『お疲れ様、正義。どうだったかな？僕の使い心地は』
「最高の使い心地だよっ。これならこの先の一揆も安心かなぁ…、でもあまり多様は出来ない。これでも具現化に体力を使ってるからなっ」
『正義自身も強くならなきゃ駄目だよぉ、いくら武器が強くても正義自身が強くならなきゃ意味がないもの。それにそこの変態も、正義が強くなってくれなきゃ並んで成長できないもんねっ』
「誰が変態だ、この糞刀！そのまま錆だらけにでもするか乱暴な扱いでもしてやろうか、えぇ？」
『ふっふっふ、僕は決して折れたり歯こぼれはしないのだよっ、あと錆とも無縁ちゃん。物理武器とはいえ実際の刀とは違うしねぇ…』

刀が消滅し、元の蒼い光に戻れば…その光は目の前で次第に小さな人型を形成していく。
目の前で形成されたその人型は、蒼く長い髪をした小さな少女だった。
正確には…30センチ程度の妖精サイズの少女である。

「「人型に変わった！？」」
「ふぃ〜、おかげで僕もやっとこの姿になれる。ありがとう正義…、正義がやっと具現化してくれたから、おかげで僕も自らの意思でこうしてこの姿に変われるようになったよ。正義が僕を具現化することが、人型の姿になる為の鍵だったんだっ」
「しかし…俺のガキの頃のイメージから女の子が生まれるとは信じたくはなかったけどなっ。格好もルーディよかエロいし」
「むぅ〜、今の正義にあわせてこうしてあげてるのになぁ。エロゲいっぱい持ってるのにぃ」
「だからってお前…、まぁいい。んで…これからお前はその姿で俺らと共にいると？」
「そういうことになるかな？大丈夫、普段は一部の人にしか見えないし、あまり表に姿も見せないよ。僕はすみっこ族だからねっ、すみっこすみっこ」
「少なくともリフィにだけは見せたくないな……」
「むぅ〜、その時はちゃんとした服くらい着るよぉ。とにかく、改めてよろしくねっ、正義。それとそこの…いーでぃ？」
「だから勃起不全じゃねぇよ！」

こうして…、また一人厄介なのが増えた……。
まぁ…こいつのおかげでこの先も何とかやっていけそうではあるかなぁ。
それに幼い頃の俺が生み出してしまったんだ…、過去は変えられない。
これからどうなることやら……。

アクスをぶんぶん振り回しつつ

きょろきょろと周りを見渡す

アクスをぶんぶん振り回しつつ