『先を見えぬ剣王姫』

　指遣いが荒い。大剣が上手く振るえない。ハズサ様はそう呟き、大剣を振り抜く。まだ武器を持ち替えたばかりなのだ。無理もない。剣王姫になるのは暫定しているのだから、大剣は習得しなければならない。
　ロギは、剣王姫の見込みがないと言われた。得るべきなのは、技巧、もしくは腕力か。
　剣王姫は妖精界の秩序保持を大義とする。そのため、相手にするのは獣や人ではなく、妖精そのものということが多い。
　ロギは、魔法に頼るべきではない。魔法を封印した先に、大剣を使えるだけの力と技巧を身につけなければならない。
　ふと、身が震えた。振り返ると、ロギが居た。空間把握能力も同じことを告げている。ロギではない、ロギの口が動く。
「王の臣下の一人アルファントのエンブリオ。妖精族のヒサメ。この双剣はツガイオウト……だから、あなたじゃない」
　妖精女王が王に叛旗を翻していないのだという証左のために体制側に留まらせている妖精の一人だ。だが、ロギと姿形があまりにも似ている。
「私の双剣に名前なんてないよ。私はロギ。よろしく」
　ぼうっとして木の幹に身を凭れかけているハズサ様の横を通り抜け、右手を出す。
「握手、してくれるの？」
「ああ。どうせ斬り合う仲なんだ。仲良くできる間に、よく解り合いたいだろ？」
「そうね。そう、ね。そうだわ、ね……」
　右手が握り返される。
　急に、右手が痺れた。
「ごめんなさい。私のせいじゃ、ないの」
「何を、したんだい」
「私の視界を見ていた、契約主が……魔法を、私を通してあなたに入れた」
「そうかい」
　ハズサ様がむくりと起き上がり、ヒサメ様の首を薙ごうとする。ヒサメが体を捻り、ハズサ様の大剣の腹を蹴りあげた。ハズサ様はそんなことでは体勢を崩さず、さらに逆向きに剣を捻りあげ回転し、反対側からさらに首を薙ごうとした。それを、双剣でヒサメが受けとめる――ところが、ヒサメの双剣の一本がハズサ様の大剣によって砕き壊され、残る一本で何とか首を守った。
「あら、パラダイスの側近のエンブリオって弱いのね」
　ヒサメを通してこちらを知覚しているアルファントへの挑発だ。
「あなたは、真似できないのね。自分より巨大なものは、真似できないから、そうだと思う」
　それってこのロギがハズサ様よりキャパシティから見て小さいってことなんだろうか。釈然としない話だ。
「アルファントに伝えろ。このロギは、ヒサメ様のおかげで大剣を使わざるをえなくなって、助かりましたと」
　左手しか使えないんだから、仕方ない。
「私が二人いるのも、目障りだ。ヒサメ様、あなたもそのうち、殺す」
「そう……私の素体は生まれつきの四肢が運用に耐えきれなかった。私の姉が死んだとき、私がどう生きればいいのか考えつくして、選んだ魔法。それが、見真似。見真似を極めて、私は妖精剣王姫の候補にまでなった。辞退して高官のエンブリオになったのは、妖精剣王姫アカネに、素体がついていけずに真似できなかったから。私は、妖精剣王姫の器ではない」
「文字通り、器ではないのね？そう、では妖精剣王姫候補ハズサ様からのご忠告よ？
　あなた、このまま私達の進路に立つなら、死ぬわよ？生きるために戦っているなら、甘えてんじゃないわよ？」
「クエスチョンマーク多いって。ヒサメ様引いてるだろ。煽りすぎて必死感出たせいでヒサメ様に私まで蔑みの目で見られてるんだけど」
「気にする必要はないわね」
「はぁ……」
「私の用事は、今日はこれだけ。いい夜を」
「……ハズサ様、お腹の傷開いてるよ」
「あの子、素体や真似した擬体によらず、ロギ様の体で、私と互角だったわ
　間違いなく、剣王姫候補に現在もいると考えていいわね
　損失になるから、できれば契約主だけ殺して、ヒサメ様だけは妖精の里に連れて帰るべきだわ」
「そうだね。私達が勝てれば、そうだ」
「勝てるわよ。二人かかりなら」
「私も、足手まといにならないように鍛える。それだけだ」
　とりあえず、大剣を調達してこよう。双剣は、一本だけでの運用はもともと考慮されていない設計なのだ。
　片手で扱える最大重量の大剣がないと、まともな戦闘もできやしない。
「……あなたと同じ肉体で、剣王姫候補として張り合えたってことだから。ロギ様の腕力は足りている……？」
　ハズサ様は、ロギの知らないところで首を傾げていた。

わからないことは気にしないことにした。だんだん接し方を掴んできたのかもしれない。

かなり適当なことを言った。

チュンチュンと小さな右手を返しての問いを見下ろしつつ小首を傾げる青年。
ゆらり、と太い尾がその背後で揺れる。

肩など竦めつつのたもうたあとで、はたと気付いたらしくスズメドラゴンを見下ろし口を開く。

　地下牢のじめじめした空気がロギの頬を撫でる。嫌な風だ、と少しごちった。
　大剣を左手に握り直したロギが、ハズサ様と並走飛行する。半歩分ほど遅れてスズメドラゴン。さらに四歩分空けてエフェルトが広域警戒をしていた。
　そういえばエフェルトはまだ双剣をきちんと教わっているのだろうか、と何となく考えていると、前方に人影が見えた。
「やあ、君も一揆参加者かい」
　と言い終わらないうちにこちらに鋭い眼光が向けられる。一揆より昔の小競り合いで戦ったことがあった。そのときは必死で逃げたのを思い出す。
　これは、ガーゴイルで間違いない。ハズサ様とアイコンタクトを取りたかったが、そんな暇を与えてくれるような目を敵はしていなかった。
「ハズサ様とは別行動だったけど、ガーゴイルは倒せた？」
「いえ、引き分けだったわね」
「そうかい」
　勝負所だと思える。
「気負わずとよい。さしたる敵には、我には見えぬ
　我らを阻む者は、そうおらぬ」
　根拠があるような口ぶりだったので、少し腹がたった。あとでからかって苛めてやろうと決める。

　荒い息を吐き出す。これだ、この感覚を、エンブリオ達はかつて味わっているのだ。
　本当の意味で命が危険に晒される機会が、この短期間に何度も押し寄せてきている。
　スズメドラゴンは、それに慣れ始めている自分を怖ろしいと感じていた。