「……貴方は何を望む？」

　ダンテック・ノエルが何者かに殺害される前日。
　私は彼に、そう問いかけた。

「僕が望むものはたった一つ」
「ほう」
　ノエルはその双眸を細め、緩やかな笑みを浮かべる。彼の笑顔は暖かで、見ているだけで心が安らぐ。

「僕の望み。それはあらゆる世界に住まう悪魔が、皆殺しにされる事だよ」

　彼は心安らぐ笑顔のまま、自然な様子でそう言ってのけた。






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　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　【現代。視点：僕】
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　口の中に、鉄の味が広がる。

「――っ、僕は、何を」

　慌てて周囲を見渡す。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 パ ロ ロ コ ン
　周囲には水辺が広がり、足元には蛇の死体が横たわっている。両手には付着している血液は未だ生暖かく、流れ出てからそう時間が経っている訳ではないことを示していた。
　握り拳を作ると、くちゃりと血が水音を立てる。

「……気持ち悪い」
　着物に血が移らぬよう、小指で布巾を取り出す。真っ白な布地は、たちまち赤黒く染まっていった。

　眼前の死体。
　辛うじて、覚えている。僅かだが、忘れてはいない。

　僕はゆっくりと深呼吸をすると――ここ数時間の記憶を、手繰り寄せた。


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　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　【記億。視点：私】
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　彼――ダンテック・ノエルが死んだ後も、私は水辺の監視を続けた。無味乾燥な日々だった。
　　　　　　　 サタン
「耽溺を誘う悪魔が、日々に退屈するなど。笑えぬ冗談よ……」

　そう独りごちても、孤独は変わらない。
　戯れに光を弄り、水面に映る星明りを増してみる。輝きは万華鏡のように広がり、芸術品のような美麗さを醸し出している。

「だけど、貴方と共に見た水面の方が美しかった」

　いつまで、こんなことを続けていれば良いのだろう？
　主は「じきに大きな流れが生れ出づる」と云っていたが。実際の所、何が起こるのかは知り及ばぬ部分だ。

「主が云うくらいだ。相応に途方も無い物語なのだろうが――」

　――今の私にとっては、ノエルを殺した者の方が気にかかる。
　執着し過ぎているきらいがあるのは自覚しているが、どうにも忘れる事が出来そうにはない。

　あの、少女と見紛うような華奢な肢体。
　あの、死体であるかのような白い肌。
　あの、新緑のような鮮やかな瞳。
　あの、ミスマッチさが却って不気味さを醸し出す黒服。
　あの、青竹色の帽子――。

　振り返ると、彼がいた。
　私は思わず、呆けたように硬直する。

　彼は私に近付く。一歩、また一歩。
　その両腕には鉄で出来た爪を装着し、まるで獲物を見つけた狩人のよう。
　

　息を吐く。
　そういえば、彼は――。

　

　至る。
　彼は、私――悪魔を、殺したがっていたじゃないか。　

　爪が躰に食い込む。流れ出る血液と共に、命が消費されていく感覚。

「貴方が望むのならば……」
　生きていて何になる？　悪魔の分身として生き、生き、そして退屈に身を焦がされる。それならば今。今ここで。

　彼は私に牙を立てる。吸い出されていく。ああ、私は今殺されるのだ。

　だけど恐ろしくはない。この世こそ地獄、私は今、ハッピーエンドを迎えるのだから。
　さあ連れて行ってノエル。私にもう一度、貴方の眼を見せて――



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　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　【現代。視点：僕】
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　頭が痛い。非道い耳鳴りがする。灼けるように喉が渇く。
　何だこれは。何だこれは。

「……僕は」

　――Millarca＝Howdunit。それが僕の名前。

　――Dantec＝Noel。それが彼の名前。


「……僕は一体、何なんだ？」

少し残念そうに目を伏せる。

さて、と仕切り直し、男は告げた。

男は首を振った。

ファイはあなたの名前を記憶するために、何度も繰り返し呼ぶ。
完璧に発音できるようになった。ファイはそう判断してから、あなたに向き直った。

誰にでもわからないことはある。
当たり前のことに、ファイは今さら気付いたのであった。