ブランチマンの言葉が回帰する、亡霊のように。昨日に過ぎ去ったばかりの、まだ生温かさを残して耳朶に反響する、けれど息絶えてもはや現在ではないあの言説がありありと甦る。《よくぞ破った》とも彼は言った。退ける者を待っていたのだろう、結局のところは長いこと。門番は訪れる者すべてを斥けるためには機能しない。すべてを斥けるのならそれは門である必要がないからだ。門番は、通す者と斥ける者を選別するために存在し、機能する。体制側の仮面を被りながらブランチマンは変化を望まぬ者と呼ぶにはふさわしくなく、むしろ彼は変化を統御しようとしていた。それゆえにこその門番を甘んじて引き受けながら。……庭の半ばに打ち倒した黒い鎧の兵士はブランチマンの名を呼んでいた。パラダイスではない。新王とて臣下たちの全幅の忠義を勝ち得ているわけではなく、支配されたそれぞれの者がそれぞれの方策で闘争を組織している。革命は単調な構造はとらない。どの世界にも。それぞれの糸が複雑に撚り集められて、巨大な総体としての織物をなす。自らもまた糸のひとつであるうちにはその総体は見えない。ただ織物を離れて、すべての終えられたあとにふと振り返るようにして全体を見るようにしてしか、つまり、とうに手遅れの過去としてしか革命の総体は把持できない……総体と云う名の幻想は。それが幻想であることはわかっている。実際には独立したそれぞれの一手一手が、恣意の見ちがいをすれば意味のある因果の連鎖に見えるというだけだ。そこに織物が……いや、なにがしかの出来事が《あった》ことは錯覚ではないが、その出来事の織り成した模様が例えば何々に似ていると名指すことは錯覚であり幻想であるだろう。それが歴史ということでもある。歴史 histoire 、それとも物語 histoire。歴史は精神によって織りなされ、精神は認識として世界を開示する。世界は精神によってそのたびごとに生まれる、それぞれの見ちがいを通して、それぞれに言い違えられながら……そこに若者も老人もない。ブランチマンは自らを変じつつある状況の外に置く点であまりに聖人的（サンセティク）だ。生起する現象の外から現象を記述しようとする活字工、炎からも水からも、風からも闇からも隔離されてある、局外の聖人サンセットジーン。……

広がる庭の遠くを八本足の黒馬が行く。炎をまといながら。夜の闇を通して、腐肉を喰らう狩りに出る、ジャッカルの悲しげな吠え声が聞こえる。庭と呼ぶにはあまりに奔放にすぎる光景だ。ただ花々と敷石、煉瓦と藪、噴泉と鉢植、そうした庭園を名乗るためのものたちばかりは奇妙に、擬態するように清潔に整えられている。それは奇妙な模倣に見える。一部では庭園が庭園であるための条件をあまりにも順序立てて揃えながら、またもう一部では庭園にあるはずのない眺めが決定的にその庭園性を裏切っている……人ではないものが完全に人にしか見えない部位を揃えて人の真似をしながら、尻尾と鱗があからさまに剥き出しにされているような。そう、だからこの庭は、この庭は整えられた美点にあってはフィガロに似て、剥き出しにされた逸脱についてはヤールに似ている。だからだろうか。開かれた門を前に、誰を撃つこともなく、時の流れることに安んじながらこうして一筆を加えるくらいには私はこの庭のことがどうやら好きだ。サンセティクな欲望は私にもある、いや、それは記述するすべての人間の内におそらくは鎌首を上げる。なにかを書くということはそのなにかから離脱するということだ。なにかについて de quelque chose 書くこと、その時、あの分離の品詞、その当のものではないことを示すあの一枚の膜、動詞が目的語へ接することを拒む de の監察が書くことの営みをその当のものから遠ざける……遠ざかりなしに書くことはできない。書くとは過去を書くこと、過去について書くことだからだ。書かれる時、世界は過去として一度凍てつき、標本として硬直し、文として死に絶える。それに次に息が吹き込まれるのは、奇妙なことに、読まれる時だ。読まれる時、息絶えた時間は再び現在として生起する。ただし書かれたその時からはあまりに変質した、正統な意匠とは呼びがたい手触りを持って、それぞれに違う顔色をして、別人として、書かれたものは回帰する。……

ヤールは文字が読めない。のみならず光を持たない。フィガロは？　きっと読めることだろう。文字は？　フィガロの文字はあの美貌と通じ合い響き合うほどに美しいものだろうか。わからない、きっとそうなのだろう、と思う。これがフィガロの文字か、なるほど確かに、とため息混じりに思わせる、あつらえられたようにぴったりの、美しさの要請からおそらくは寸分も違わない文字であるだろう。推論の手がかりはない。論拠もない。ただ、タカージュドールはそうした理想的な疎外、手ぬかりない「かくあるべし」の中に女たちを委ねるだろうという想像はある。文字は過去だ。ゆえにこそそれはフィガロに似合うだろう。時を凍りつかせ、未来から逃れる向きへ逆巻き続ける女。私の文字は汚い。常に未来へ向けて前のめりに走りながら、利き手の左手が、向かうべき道筋、私たちの言葉に定められた一つの方位、つまりは《左から右へ》という単純な経路を辿るのに時おり失着する。ともすれば逆方向へ流れていこうとする文字、線を引き違えて現れる鏡文字、私の文字は手の自然な力学に促され、《右から左へ》動いていこうとする。書くことは私にとって錘を、それとも逆方への切迫した引力を引きずりながら走ることだった。書くことは戦いに似ていた。過去は対立の爪痕を残して読解を拒むように乱れながら焼き付けられていた。……それともフィガロの文字もそうした文字であるだろうか？　それもまたあり得ないことではないように（それとも決してあり得ないことのように）思う。美しさの孤塁を守るフィガロの美貌は、どこかで不思議と危うい《美に値しないもの》を隠し持つヴォワルを思わせていた。フィガロもまた何かと戦い、逃げ続け、勝ち目の薄い戦端を、けれど勝利に終わらせることを目論む貪慾な目をしていた。そのためにこそ彼女は私たちの一員、掠奪者のひとり、過去の咲く庭の血塗られた園丁にふさわしい女だった。