「食べる……っていうのは、他人の命を貰うこと」



「いや、それは殺すこと……ええと。そうじゃなくて。
　　　　　　　　　　　　　　　なんて言えばいいかな」



「生きていくために、他人の命と一緒になること……とか？」






◆　◆　◆







「……。……いや、ううんと……ちょっと待って」




傍らのこどもは、じっと顔を覗いて答えを待っている。

期待に応えたくないわけではないのだが、言葉で概念を伝えるには含まれる要素の理解が不可欠で。
……とどのつまり、正確に伝えようとするにはどうしても紆余曲折を経なければならない。

例えばこの子供は、動植物と人の区別さえ覚束ないらしい。
それで、できるだけ理解し易い言葉を選ぼうとしてはみるのだけれど。
いかんせん私も貧しい生まれであるから、端的かつ正確に伝達できるような学はない。
白紙の如く真っ新な相手へ物を教えることは、とても骨が折れることなのだと身に沁みて分かった。





「生きていくためには、普通栄養──体を動かすための力が必要。　
　それはどんな他人……生き物でも変わらない。これはわかるよね」






「その栄養は、自分ひとりじゃ作れない。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　他の植物や動物……麦や鶏みたいな、生きている生き物を食べることでしか手に入れられない」







「うん。食べると、その食べた生き物は死んでしまう。
　　　自分が栄養を手に入れる代わり、生きれなくなる」









「……うん。確かにそうではあるんだけど。　　　　　　　　　
　でも……食べることは、単に殺すだけじゃないはずなんだよ」



「食べるために殺す時は、その分、殺した責任を負わなきゃ……、　　　　　　　　　　
　生きれなかった子の命を、ちゃんと預かって、大事にしなきゃいけないんだと思う」


「ここにちゃんと、自分じゃない命があったことを忘れちゃいけない。
　　　　　　　　　　　　　生きれなかった生き物は、それまでだから」


「そういう……儀式でもあるのかもね。食べることって。忘れないための……」








「…………うーん」


「教えられるほど、ぼくも分かってないよ、やっぱり。
　　　　　　　　　　　また今度、ちゃんと考えておく」









「うん。人間には、分からないことがたくさんあるよ。
　　　世の中には、答えがないこともたくさんある……」


「とりあえず。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　食べることは生き物にとって自然なこと。これは間違いじゃないか」








そうしてこどもは、先程私に渡された果実を見下ろす。

分かったのか分かっていないのか。多分、分かってないのだろう。
それでもこどもは、飲み込んだというように相槌をした。



私もまた、手元の熟れた実を見つめた。
自分を気に掛けてくれていたというお婆さんから、手伝いの礼にと渡されたもの。
私はそのことを知った時、えもいわれない心持ちになって。








あの春の日に。
ヨシノが私を見つけてくれて、良かったと思った。

---

友達が死んだ。




何故？　──殴られて、痛かったから。
私は痛くなかったから死ななかった。

誰に殴られた？　──囲んできた他人に。
食糧を得るための鉄の道具を使って。






座り込んで、殆どうつ伏せに倒れたその表情を伺う。
うすらと開かれた睫毛から黒い瞳が覗いて、僅かに振れた。

他人が言うには、死んだらしい。生き物は死んだら動かず、それまで。
けれど今、確かに動いているのを認めた。

つまり、友達は死んでも動くということだろうか？　例外について聞いていなかったけれど。










唇が動く。空気が揺れる。ひゅと、風の音がする。

何か言葉を発そうとしているのやもしれない。
けれど聞こえない。それは明瞭な音声ではないから。

だから、言葉を待っている。
発されることを。教えてくれることを。






それなのに。
友達は、もう一度息を吐いて。
ほんの少しだけ口の端を持ち上げて。

そうしてから、動かなくなった。








そうして待てども、何を伝えようとしているのか一向に分からない。

答えがない。
何故？

死んだから？
殺されたから？

殺されたから、答えがない。





ああ、それなら、答えを聞くのは諦めた方が良さそうだ。











しからば、何故殺された？

教わった道理であれば、生きるために殺した。
生きるために殺すのは、自然なこと。
食べることは、自然なこと。

なら、致し方ないことだ。

周りの人間は、友達を食べたかったのだろうか？
けれどじっと此方と友達とを見るだけで、食べたり運んだりしようとする素振りはない。





何故だろう？

殺されたら、そこまで。
これから生きれない。
殺した命は、殺した命を忘れないように食べなければいけないはず。












友達と友達は一緒。
この友達は、自分だけ。
友達と一緒で良いのは、友達の自分だけ。









それで。それなら。
友達の命を預かるのは、自分。
それは殺した他人よりも優先されて良いのではなかろうか。

地に伸びていた手を取る。














細い指先をかじった時、





痛い。



鈍痛。頭蓋が割れる。風が入り込む。
そんな感覚に、ぞわりと、悪寒が走った。

痛い。痛い痛い。痛い痛い痛い。痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。

気持ち悪い。気持ち悪いという感覚を知る。
入り込んでくる異物への拒否反応。拒絶している。

怖い。寒い。熱い。冷たい。頭が涼しい。死ぬ？　死ぬ。死んでしまう。ごめんなさい。許してほしい。頭蓋が割れた。血が出ている。嫌だ。辛い。やめて。お願いします。どうして。化け物。お前たちがおかしい。狂ってる。大人げない。酷い。無力だ。ただのこども。抵抗しません。できるはずがない。助けてください。


知らない情景。それは思い出と形容されるもの。


あたたかな家族。父と母。火傷しそうな囲炉裏。会話している。笑っている。幸せ。失われたもの。辛い。父さんの手紙。もう帰ってこない。死んだ。悲しくて少し泣いた。涙は塩辛い。重苦しい。咳の音。すすり泣く声。痩せた腕。起き上がれない。衰弱。母さんの死体。軽い。燃えると煤になる。残らない。泣かなかった。腐った食事。身勝手な大人達。奪われる。殴打の痛み。孤独。忘れたい。捨ててしまいたかった。思い出すほどに苦しい。でも、今は忘れたくない。覗き込んだ水面に映る顔。私の黒い瞳。家族に似ている。少し嫌い。でも、嬉しい。恥ずかしい。くすぐったい。誇らしい。家族が好きだ。雪がとけ、川に流れる。魚が跳ねる。飛沫。お天道様が照る。小鳥のさえずり。雛が産まれる。麦が炊けるにおい。手伝うのが好きだ。喜んでくれると嬉しい。桜が咲いている。ほんのちょっと豪華な食事。甘い好物の果物。心待ちにしている。母が笑っている。父が笑っている。私も笑っている。気持ちが良い。あたたかい。春。温もり。どれもが宝物。


ヒトひとり分の人生で得られる感情と記憶。
それが初めて口にする、友達の命の味だった。


桜の下。白いこどもが、首をかしげた。




それは鉄臭く、　　　　　　　　　　　
　　濁流のようで、　　　
　　　　　　　　　　　　　ぐらりぐらりと頭蓋を揺らして、

酷く不愉快で、　　　　　　　　　　　　　　　　　　
吐きそうで、　　　　　　



だから食べたくないと思った。





誰が思った？　自分。ぼくが。ぼく。

ぼく？　……は、友達の自称。だっけ？







そう。

ぼくは悲しい。苦しい。辛い。
生きたかった。死にたくなかった。

ああ、「良かった」は伝わらなかったかも。
でもこうして友達を守れたから。だから嬉しい。





けど、死にたくはなかったよ。





死にたくなかった。
なんで死ななきゃいけなかったんだ。


幸せだった。
これから幸せになりたかった。


ずっと一緒にいたかった。
家族を。友達を。ひとりにしたくなかった。




酷く悲しい。悲しくて。だから、やっぱり。
ひとりになんてなりたくない。







血肉を口にすればするほどに、理解する。
友達の心を。思考を。望みを。
それがみんな、自分の空っぽを埋めていく。
自分の意思になる。満たしていく。





人間は狂っている。
人間は矛盾している。

一通りの正しさなんて、初めから何処にもない。





だから、判った。

一緒になろう。友達だから。
忘れないように。
ひとりにしないように。

命を預かってあげる。存在を受け容れてあげる。
自分は、代わりに“ぼく”になる。

ぼくを通して、友達は生きているといえる。
これからも幸せで、これからもひとりじゃない。






歪で拙い定義は、けれど。歪なままに成り立った。
人でなしであったから、人知の及ばぬ生き物であったから、成り立たせてしまった。

微かにあった、まるで人の如き芽生えを押し潰して。
願いを叶える化け物がそうして生まれた。それだけの話。







http://lisge.com/ib/k/5/r147.html

---

人間は狂っている。
人間は矛盾している。

一通りの正しさなんて、初めから何処にもない。


例えどれだけ崇高な志を掲げても。
例えどれだけ自身の命を懸けてみせようとも。

その影には、選ばれなかった願いがある。
時には折り合いをつけて。時には見ないふりをして。


余程のヒトでなしでない限りは。そうして、息をしている。


生きている。



































【 1D1：1 】
その賽に意味はない。
委ねる運命など、端から存在していない。

行き場はひとつしかないのだから。

▲	真柄 「そんな……　いつでも慰めてくれるなんて…… 　好きな胸のサイズで甘えさせてくれるなんて…… 　ママ……　ママじゃん…… 　そんなオギャバブしていい相手がこの世にあるなんて…… 　こんなんじゃ俺、赤ちゃんになっちまうよ……」

	真柄 「って、いやいやいやいや。違う違う違う。 　なんかそういう特殊性癖の人間だと思われるけど、そうじゃなくてな！ 　要は母性があるって意味で、つまりそういうあやかしだったんじゃろお前？ 　人の弱った心を癒してくれるママ的な桜の妖怪……　最高じゃん……」

	真柄 「……ただ、本当にそれだけの妖怪なら、の話じゃけどな。 　本当にただのオギャバブ桜であれば、アンジニティに落ちるとは思えん。 　なんか裏があるんじゃろう、お前には。 　生気を吸うとか、心を奪うとか、指名料5万取るとか、そういうの。 　桜ってそういう怪談にことかかない花じゃけぇのぅ」

▲	……送信し続けられる座標。当然ながら返事はない。 　このトキという鬼の胸中において、もはや“けり”は付いた。 　見極めたのだ。もうまったく、どうしようもなく、 　あなたは『排すべき障害物』となり果てたのだ。 　そこに、何かが介在する余地はもう存在しない。 　─いいや。存在しない、はずだったのだ。 　そのノイズが紛れ込む、その瞬間までは。 トキ 「　……、」 トキ 「……それ以上……、……喋るんじゃあ、ない」 トキ 「クダらない児戯で惑わそうとしても、ムダだ。 　もう、その手には乗らない。必ず、その咽喉を喰い千切って遣る」 トキ 「だからそれ以上。 　その姿で。 　──その声を。 　騙るな」 　……一方的に切断できるはずの通信は。 　未だ、繋がったまま。

▲	空 「そう。ヨシノ……ね」 発されたその名を、咀嚼するように繰り返す。 その上で「ありがとう」と謝意を示した。 「私は空。そら。改めてよろしく、ヨシノ」 どことなく浮つくような感覚に、身体がむず痒くさせられる。 しかし、決して不快なそれではない。

	「似てる……たぶん、そうだと思うんだけどね。 なんで外見の記憶まで曖昧なのかしら。黒だったり、白だったり……」 頬に指を添えた状態で、首傾げ。 ……徐々に、表情が複雑化していった。 「……一番印象に残ってる色は、白。全身白っぽかったのかしらね？ あと、瞳は菫色だったと思うの」

	「それと、顔付きは割と生意気そうな感じだったと思う。 やんちゃ少年とでもいうか。それでいて、どこか儚そうな……」 くすり。小さな笑声にも似た音が発されて。 「そんなだから、改めてヨシノと『弟』を比較すると、 どこら辺が似てるのかって言語化に困っちゃうわね」 直感なのかなぁ、と独り言ちる。

▲	『とてもそうは読み解けなかった』 伝えられた言葉に、ほんの少し視線を落とした。 清廉潔白、果たして本当にそうだろうか。 己では分からない。不義理なだけかもしれないと、時たま思ったりもするので。

	それでもあなたもまた、理解したいと望んでくれたことはたしかに嬉しかった。 ならば己もまた、その感情に応えていたいと思った。

	「……はい、いくらでも」 この世界のタイムリミットが訪れない間は。 育て親との関係も、「分かればきちんと伝えます」と返して。

	それから終わると思っていたメッセージの最後に付け足された答えに、きょとんと首を傾げた。 しかし、あなたの声はそこで途切れる。

	……途切れる筈だった。

	同じ声が、聞こえる。 同じ声が、また己の名を呼ぶ。 でも。

	「…………よし、の」

	直感的に理解する。 その声は、かれのものではない。

	「……きこ、え、てます……、」

	そもそも同じだったらわざわざこんなこと聞かなくてもいい。 だから、そうだ。 これは紛れも無く、──あなたの声だ。

	「…………無事、です、おれ、……」

	言葉を返そうとすればするほど喉に詰まって、震えてしまう。 ああだって、ここではもう会えないと思っていたから。 ここだけじゃない、時が来てしまえば、もう、ずっと。

	「ヨシノの声、聞こえてる…………」

▲	「相思相愛、と人から言われるのは面映ゆいものがあるな。文字でよかった。まあなんだ、ありがとう」 人ではない存在であれば文字通り受け取っても大丈夫だろう。そう考えると非常に照れ臭かった。端末の前で妙に顔の筋肉を動かす中年男の姿がそこにあった。

	「なるほど、通常の樹とはそこも違うものか。心情としては樹に近いが生殖が必要なければ在り方が随分変わりそうだな。ソメイヨシノは人との共存関係にある、とすれば桜の精も人と共に在る。そういうことだろうか」

	"ともだち"について返された文面。桜の精にまつわる暗い伝承が脳裏をよぎる。 「迎えにいく、という言葉から予想はしたが。成程それが桜の精の在り方なのだな」 文字を打つ手に震えは無い。

	「ならば、こちらも人の在り方を述べてみよう。確かに生きるとは苦しみの連続だろう。死の恐怖はいつまでもつきまとい、他者と強制的にかかわってゆく。しかしながら子を為し育て、己の何かを託しては老いて死ぬ、その過程で種として、いや己の遺伝子の未来を信じてゆくのだ」 「だから、愛する子と番をもつ俺が今その提案を受けることはない。家族と共にゆく先を見届けたいからな。人として未来を信じる故に不幸というリスクを受け入れて生きる、と言えばいいか」

	「ま、未来が無くなった時には頼むかもしれねーけどな」

以下の相手に送信しました

誘いのかげぼうし ENo.147 ヨシノ

ハザマに生きるもの オーガ

TeamNo.1568 ENo.1568 セイ

誘いのかげぼうし ENo.147 ヨシノ

アライ区 F-12：チェックポイント《赤い灯火》

誘いのかげぼうし ENo.147 ヨシノ

立ちはだかるもの 守護者《DOVE》

14人の声が響いています。

誘いのかげぼうし ENo.147 ヨシノ

ハザマに生きるもの 大狼

342

142

決闘不成立！

対戦相手が見つけられなかった！

不戦勝扱いになります。

TeamNo.1543 ENo.1543 ペシャ

誘いのかげぼうし ENo.147 ヨシノ

463

121

オオキタ区 N-9

チェックポイント《源泉》

誘いのかげぼうし ENo.147 ヨシノ

立ちはだかるもの 守護者《OARWEED》

162

444