ぼくの異能は、「隠したいと思うもの」を隠す。

その本質は、かつてのぼくも、作楽誘乃のぼくでも変わらない。












……ぼくは嘘つきだ。

建前ばかりで。我儘ばかりで。
本当に何もかも、自分のことばかりだ。

どんなに隠しても、本当は誰かに本心を見つけて欲しいんだって。
そう思っているくせに。



いつか頬を拭ってくれた、そのぬくもりを思い出す。
握ってくれた手のひらを。包み込むような言葉を。

ぼくにはもう、それで十分なのだから。






──夢を、見ていたんだ。

---

……あたたかい。


瞼を持ち上げることすら億劫になりそうな、穏やかな陽光が心地良い。
何か考えることも、意味を成さないように思える。
このひとときを永劫享受したいと、そんな欲求の中に漂う。


母の胎に還るとするならば、それはこんな心地なのだろうか。

絶対的に守られ、絶対的に裏切られない。
決して根拠などないのに、そんな揺らぐことのない信頼が漠然としてある。

閉ざした目から、それを透かして溶け入ってくる光は、
却って、眼を開かずとも良いと自身を許容しているようにも思えた。


身を横たえるだけでいい。任せるだけでいい。
そうして、ぼくらは救われている。救われてきた。
一片の陰りもなく。全てを忘れて。





（……）

（……？）



……全てを忘れて。



（忘れられるものがあったのかな）

（自分に、まだ）




自分は、なにを忘れているのだろう。
曖昧な昏さが、仄かに端にちらつく。



忘れてはいけない何か。
それがあった？





億劫だ。……酷く億劫だ。躰が目覚めを拒絶する。
けれど。目を開かなければいけない。そんな気がして。



射し込む光は、あまりに眩い。
眩く。傷つき、傷つけかねない。他人が他人として在る世界。












あなたはそうして微笑む。初めて出会った時から変わることのない、全てを赦す笑み。
母のような。けれど、それよりも大きな存在。

あなたは揺らぎない安心感をもたらしてくれる。
それは違いない。

……違いない。

微睡みの中の違和感は、ただの気の揺らめきだったのかもしれないとも。あなたに思わされてしまう。

──思考ができている。先程よりその兆しがある。それに気づけている。
だから、大丈夫。






自分はあなたには成れない。
それはつまり、あなたは自分には成れないことでもある。



あなたはそういうと、目を細めて悪戯ぽく首を傾げてみせた。




あなたはくすりと笑う。




こちらを窺う濃桃の瞳に、否定を示せなかった。




特別なことはない。心を惑わす言葉だったからでもない。ただ、事実であると知っていたから。




その声は怯えを和らげた。冷え切った世界から、あたたかく、自身を匿ってくれた。





あなたは優しく、瞳を細くした。それは紛れもなく作楽誘乃だった。







それに、かぶりを振る。
振れる頭があるか定かではないけれど。その感覚をイメージしてみる。




はく、と、からっぽがこぼれる。言葉は作れない。




（……、）

（……………ちがうよ）


（つらかったけど、）

（くるしかったけど、）

（それは、ちがう……）




あなたは不思議そうに瞬く──こともなく。こちらを静かに見据えている。

なにを言おうとも、あなたはそれを先に知る。
自分は、あなたの一部であるから。



そうだ。


分かっている。










……分かっている。



あなたの声音は穏やかで。けれど、冷たい芯がある。
今から私が何を切り出すか、既に知っているからだろう。





（分かってる）

（……けど）










（…………会いたい）





もう一度だけ。会いたかった。



苦痛と無縁の、特別でもない日々。
初めて知った、ありふれた幸せの形。

私の人生では掴めなかった全て。

もう一度だけ、触れてみたくて。

全てが終わり、閉ざされてしまう前に。







（消えたって構わない）




この躰は、あなたに依存している。ひとりでは生きられないだろう。







あなたはひらひらと落ちる花弁を、撫でるように掬う。──かれらは、深い眠りについている。




惜しむ言葉は、惜しむ響きを伴わない。





あなたはにこりと笑むと。
それで、呆気なく胎盤の紐を切った。







母の庇護を失う。纏わりつくあたたかさがこぼれていく。

……それでいい。

少しの後悔を押し殺して。終わる恐怖を底に沈めて。






猶予は数時間。

きっと、まだ、間に合う。

▲	自分の流した涙があなたの手に触れると、 伸ばしてきた手の袖を握り、声を立てて泣きだす。 悪いことをやって叱られている時のように。 欲しい物が手に入らなくて悲しんでいるように。 ――紛れもない子どもの姿。

	ケイ 「ホント、は。戦いたく、ない。 動物さんを無理に戦いの道具に、しちゃう。 勝ちたくない。 勝った後、人はどうなっちゃうんだ。 も、もしナレハテになったりしたら。 でも、負けたくだって、ない。」

	尚も泣き止まない。 あなたの提案を聞くと落ち着きを取り戻しつつあるように、 泣き声は小さくなっていく。

	ケイ 「…他人をそうさせる、能力があるのか。 　今は出来ない。 　こんな気持ち抱えて戦ってるの、仲間や父さんに知られちゃいけない。 　けど、俺が俺じゃなくなって心配をかけるのもダメなんだ。」

	ケイ 「やるなら、仲間を見送った後。離れた後。 　今から考えるだけで辛い。その時が来るまでは待ってほしい。 　…自己紹介がまだだった。 　俺、仁井 蛍だ。ホタルって書いて、ケイって読む。 　ニイでもケイでも、好きなように呼んでいい。 　…こっちは、桜さんって呼んだほうがいい？それと……」

	「お願いを叶えた人は、今幸せそう？」

▲	タヌキ 「むっ！」

	タヌキ 「…ふふんっ！　そんな言葉で苛立ったりはしないぞ。 何と言っても、俺は師匠なのだからな。 一番弟子の言葉は、なんだって受け容れてやるのが師匠の度量と言うものだ。」

	タヌキ 「まあ、そうだな。一番弟子の言うことも間違いじゃない。 俺は山の中で生まれ育ったから、山の外の世界には疎いこともある。 だけどな、全部に疎いわけでは無いんだぞ。」

	タヌキ 「俺は母さんの元で学び、多くの知識を蓄えてきたんだ。 恐らくはそう、一番弟子の知らないことも沢山な！ だからな、そんなに心配する必要は無いんだぞ。分かったか？」

	【話しながら、先ほどより大きく尻尾が振れる。 言葉や態度とは裏腹に、落ち着かない心地を表すような動きであった。 ぶんぶん、ぶぶぶん。】

	タヌキ 「そう、忍者だぞ忍者！　すごいだろう？ まあ、化けたり…は、俺は苦手だったんだけどな！ 母さんなら、化けられない物は何もなかったと思うぞ！」

	タヌキ 「そうだな、俺の技で良いなら見せてやっても良いぞ。 …母さんの術は、今はちょっと難しいけれどな。 でもいつか母さんの目が覚めたら…その時には、お願いしてやっても良い。」

	タヌキ 「ふふふ、俺に一番弟子が出来たと知ったら…母さんは驚くだろうな。 驚きすぎてまた動かなくなったら困るから、良い方法を考えておこう。 母さんもきっと、一番弟子のことは気に入ると思うしな。」

	【泥まみれの顔のまま、ふわふわと悦に入るタヌキであった。】

	タヌキ 「ん……？　ああ、頂上はアレだな。 だが、泥遊びをする場所はそこじゃない。 話をするのに夢中で、うっかり通り過ぎるところだったな。」

	【タヌキはぴょんと跳ねると、道行きを逸れて。 岩と岩の細い隙間を通って、先導して行こうとする。 ――間も無く視界が開けると、そこは小さな広間になっていて。 崖に囲まれた平たい地形の中央に、じめじめとした泥が積もっていた。】

	タヌキ 「さあ、着いたぞ！　ここがそうだ！ ここは標高が高いからか、泥の中に変な虫も居ないからな！ 一番弟子のような初心の者でも、安心して泥遊びが出来るはずだ！」

	タヌキ 「とりあえず、そうだな。 服を全部脱いで、準備をすると良いぞ。 あの辺りなら、泥に触れずに服を置いて置けるからな。」

	タヌキ 「服を着たまま泥遊びをすると、乾いた時に大変なことになるぞ。 俺も小さい頃にやって、とても悲しい思いをした。 一番弟子には、同じ思いをして欲しくは無いからな。」

	【どこか、しみじみ懐かしむような声色を発しながら。 タヌキは足をビッと出して、広場の一角を指すのだった。】

▲	ニアク 「…………」

	ニアク 「なるほど、言っている意味は、分かったよ。 　みょうな……そう、みょうな感じはするがな」

	ニアク 「理解して取り込んだ、その知識や感情の構造ってやつを…… 　君が自分の表面に走らせるとして。 　……その口振りを聞いていると、君の中にも何か、波風が立っているように見える」

	ニアク 「それが、私からはじゅうぶん、感情に見えるけれど、そうじゃない？ 　……苦手なことをやってみて、気分が変わったりはしないのか」

	女は腕を組んで俯いた。 　しかし、話題が己の自罰の話に及べば、ゆるゆると顔を上げる。

	ニアク 「ああ……」

	ニアク 「肯定されることは、嬉しくない。 　私のしていることにはどうしたって意味はなくて…… 　犯した罪に対して何かを贖えているわけじゃない」

	ニアク 「でも、否定されたいってわけでもない。 　意味がなくても、これは私がやるべきことだとも思ってる。 　贖えなくても、償うことはやめるべきじゃない」

	ニアク 「…………バカみたいだろ、だからさ…… 　こうやって、君に話して、分かってもらおうとするのだって。 　いいのかなって思ってるんだぜ」

	ニアク 「微妙に答えてねえな。安心したか？　どうだろう。 　そう、でも、確かにそうだな。理解されると安心しちまうよ……」

	ニアク 「そんで結局……今嬉しくないっつったばっかだけど。 　嬉しいのかもしれない。ありがたいとは思うよ。 　でも、そう思うべきじゃないんだ」

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