「セロン」
「おーい」
「返事してくれよ。聞こえてるんだろ」
風でうるさい向こうから名前を呼ばれた。
声が聞こえる。誰の声だろう。
声が、聞こえる。知らない誰かの声じゃない。
だれのこえ?
そこで俺を呼んでいるのは誰だ。
「俺だよ」
「……?」
「聞き覚えがないハズないよな。だって俺はお前なんだから」
「はあ?誰だお前。真似してる?」
「違うよ。俺は正真正銘、菱形世論だ」
「そんなハズない。だって菱形世論は俺なんだから」
「お前が菱形世論だって証明できるか?」
「証明する必要なんかない。俺が俺であることは不変だ。
それ以上でもそれ以下でもなく、俺が菱形世論であるのは揺るぎない」
「そうじゃないとは言い切れないだろう。
現にこうしてここに俺は──……菱形世論はいるんだから」
「……どういうことだ?」
知らない声の主は俺の声で「菱形世論」だと名乗った。
違う、それは俺の名前だ。同姓同名のそっくりさんというわけでもないらしい。
じゃあ一体全体聞こえてくるこの声はなんなんだ。
俺が俺に対して問いかけているってこと?
そんなこと、あるはずない。
「話でもしようか、俺。どうせ暇してるだろ」
「暇じゃない。今まさに生き急いでるんだ。
いや、生き急いでないな。死に急いでいると言うべきか」
「じゃあもっと死なないように慌てればいいじゃないか」
「出来ることがないんだよ。落ちてるけど掴まるモノも無いし」
「それならやっぱり暇なんじゃないか」
「……暇だ。お前は誰だ」
「同じことばかり繰り返し聞くなよ。落ちててやる事も無いんだろ。
なあ少し話さないか」
声は、「菱形世論」は。俺に会話を要求してくる。
まあ確かに今できる事といえばメッセージを送って友達の近況を知るくらいだ。
真っ逆さまに落ちている最中なのにこの呑気さは自分でも呆れるけれど。
確かに聞こえてくる声の全く慌てる様子の無いそれは俺の性格によく似ている。
「世間話で暇潰せってか」
「理解が早くて助かる」
「ずっと浮力を感じて気持ち悪い。目眩がする。
お前とちゃんと話してる余裕がないんだけど。それでもいいか?」
「いいよ」
「……わかった。面白い話が良いな」
「面白い話か。そうだな、なにも世間話に限らなくていい。
俺達の得意な謎解きにしよう。俺が出題する。お前が答える。どうだ?」
「それでいい」
懐かしい。先生とよくこうやってなぞなぞやったっけ。
答えが分からなくて悩む俺に探偵ならこれくらい解けるだろって。
先生はからかいつつも笑って、一緒に答えを考えてくれた。
いつか俺が解いたことのある問題ばっかりだ。
「正確なグラム数が分かるが1回しか使えない秤と、
1枚100グラムの金貨が10枚ずつ入った袋が10袋ある。
10袋のうち1袋だけ、全ての金貨の重さが90グラムになっている。
秤を使って90グラムの袋を見つけるには?」
「1袋につき枚数を変えて量る。
1の袋で1枚。2の袋で2枚。3の袋で3枚。
4の袋で4枚。5の袋で5枚。6の袋で6枚。
7の袋で7枚。8の袋で8枚。9の袋で9枚。
合計45枚を量ってそれが4500グラムなら正解は10の袋。
4500-(n*100)グラムなら第nの袋が正解」
「A~Zはアルファベットを指す。A~Kは?」
「トランプ」
「abcdefghijklmnopqrsuvwxyzにはそれぞれ自然数が入る。
(x-a)(x-b)(x-c)………(x-z)と並ぶ方程式を展開した時の答えは?」
「答えは必ずゼロ。(x-x)が存在するため」
「左右の道には天使と悪魔がいてそれぞれの後ろに正解の扉と不正解の扉がある。
天使は本当のことを、悪魔は嘘を言うが二人は見た目では区別がつかず、
返答も〇・×の二択しか返ってこない。
一度だけ一人に質問ができる。二人に聞くことは出来ない。正解の扉に入るには?」
「【右扉が正解かとお前の隣にいる奴に聞いた場合、隣の奴は〇と言うだろうか】
と左側の奴に聞いて判断する。
その答えが×の時は逆側へ、〇なら問いかけた側へ入る。
右扉が正解の時、
問いかけた側が天使だった場合、天使は悪魔の嘘を想定して×と答える。
問いかけた側が悪魔だった場合、悪魔は天使の正を捏造して×と答える。
左扉が正解の時、
問いかけた側が天使だった場合、天使は悪魔の嘘を想定して〇と答える。
問いかけた側が悪魔だった場合、悪魔は天使の正を捏造して〇と答えるからだ」
「……懐かしいか?」
「懐かしい、出題順序まで先生のそれと全く一緒だ。
どうして問題の順番を知ってる?」
「当たり前だろ。俺はお前なんだから」
同じ答えが返って来た。
分からない。この声の主は誰なんだろう。
俺しか知らないことを知っているのだから、やっぱり俺なんだろうか?
ドッペルゲンガーがお互いに会っちゃったら確か死ぬんじゃなかったか。
「そろそろ答え合わせでもしようか」
「答え合わせ?」
「お前ずーっと考えてるだろ。俺が何なのか。誰なのか。その答え合わせをしよう」
「まだ、解けきれてない。答えが分からない」
「もう残り時間も僅かだ。わかんないままでいいから喋ってみろ」
「じゃあ、言うけど」
総復習だ。おさらいをしよう。
向こうは俺のことが誰なのか分かっている。
つまり逆を言えば俺にも向こうの事が分かるはずなんだ。
・・・・・・・・・
俺が解けなかった、
今までの全ての疑問に、答えを。
「俺には
抜け落ちている記憶がいくつかある。
去年の一月に机の引き出しから見つけたメモの切れ端に何かを書いた記憶がない。
去年の四月に植物園に行った時の記憶がない。
去年の八月に先生に会いにに行った時の記憶がない。
去年の十二月に電話に出たはずなのに通話相手と会話内容の記憶がない」
「正解」
「色彩が認識できなくなった十二月のあの日、
床で目が覚めたら。
切った覚えのない異能が自動で切れていた」
「正解」
「放課後に、小佐間と十神にニコラのことについて聞かれた時に。
本当は十神の異能が発動するよりも先に、
俺の異能の方が早く発動していた」
「正解」
「俺が引きずられる感覚を覚えるのは決まって、イバラシティで
自分自身を否定した時だけ」
「正解」
「つまり、だから、お前の正体は────……」
ぐ、っと喉の奥から何かがせりあがってくる。顔をしかめて血痰を吐いた。
それでも精一杯に息を吸い込んで、犯人を指さすように、
その正体を口にする。ああ、だから、そうか。お前の正体は。
・・・・・・
「俺の異能、先生が千里眼と呼んだ、
異能そのもの。それがお前の正体だ」
「……大正解。ハロメアポイントをあげよう!」
「今ハロメア関係ないだろ」
「いいじゃないか別に。謎が解けたならご褒美があって然るべきだろ。
そうさ、俺はお前の異能。お前が生まれた時からその両目に宿った──……」
お前がこの世で最も嫌っていた、切り捨てたくてたまらなかった異能だよ。
2021年01月某日――落下継続中。

[866 / 1000] ―― 《瓦礫の山》溢れる生命
[445 / 1000] ―― 《廃ビル》研がれる牙
[500 / 500] ―― 《森の学舎》より獰猛な戦型
[194 / 500] ―― 《白い岬》より精確な戦型
[397 / 500] ―― 《大通り》より堅固な戦型
[310 / 500] ―― 《商店街》より安定な戦型
[221 / 500] ―― 《鰻屋》より俊敏な戦型
[160 / 500] ―― 《古寺》戦型不利の緩和
[90 / 500] ―― 《堤防》顕著な変化
[137 / 400] ―― 《駅舎》追尾撃破
[5 / 5] ―― 《美術館》異能増幅
[128 / 1000] ―― 《沼沢》いいものみっけ
[100 / 100] ―― 《道の駅》新商品入荷
[196 / 400] ―― 《果物屋》敢闘
[28 / 400] ―― 《黒い水》影響力奪取
[58 / 400] ―― 《源泉》鋭い眼光
[32 / 300] ―― 《渡し舟》蝶のように舞い
[58 / 200] ―― 《図書館》蜂のように刺し
[39 / 200] ―― 《赤い灯火》蟻のように喰う
[8 / 200] ―― 《本の壁》荒れ狂う領域
―― Cross+Roseに映し出される。
「うぎゃああぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!」
「ひぎゃああぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!」
突然の絶叫と共に、チャットが閉じられる――