10:棘頂 [オドロノイタダキデ]
【 Type:A 】
Section-A
渇く。
渇いて、渇いて、堪らない。
視界が暗い。瞼が重い。
呼吸は浅く、息切れがして、息苦しさと相まって心臓や肺の辺りがむず痒い。
痒みと言えばむしろこの全身に、更に言えば内側からその感覚はあり、
いっそのこと思い切り掻きむしってやりたいとさえ思うのに、自分の肉が頑なにそれを阻んでくる。
分かっている。これは錯覚だ。
ただ渇くのだ。
渇いて渇いて仕方がない。
その欲求だけがどうしようもなく気持ちの悪い感覚として残っている。
この全身に深く根を張っている。
渇いて、渇いて、全身が渇いて、この心臓すらも干乾びていて、それが本当に苦しい。
最後に潤いを得たのはいつだったろうか、快楽で我が身を慰めたのは。
それすらも中途半端にお預けを食わされ、絶望したのを覚えている。
乞い求め、妥協し、それでも何とか希望を掴んだかと思えば早々に逃げられる。
また探し続ける。
そうやって、もうずっと長い間彷徨っている。
伊予島と出会い、やっと見つけたと思ったのに。
今度こそ逃すまいと、上手く事を運び、肥やし、収穫してやろうと思っていたのに。
 |
雫 (…そしてそれは上手く行っている筈なのに!) |
なのに何だこの不安は。
何か致命的なミスを犯してしまっているような、そんな気がしてならない。
だが今更振り返ってみる余裕も、もう無い。
絶えず湧いて出て来る渇きをどうにか誤魔化そうと、細々とした成果で自分を慰めては来たが
いい加減頭がおかしくなりそうだ。
早くこれをどうしかしないと、本当に気が狂ってしまう。
もういい、早く刈り取ってしまおう。
収穫の時だ。
 |
雫 「ねぇ…」 |
伊予島に声を掛ける。
 |
雫 「…ねぇ、もう良いでしょう? そろそろ聞かせてよ」 |
ゆっくりと伊予島が顔を上げた。
 |
雫 「さぁ答えて」 |
 |
雫 「八重子、あんたが今、一番求めているものは何?」 |
そ れ が 欲 し い。
伊予島
現役セレブサバゲーマー66歳。
頭の中だけ無理やり満たされた。
身長は平均的。髪質は柔らかくくせがある。
自分一人では生きてゆけない。
雫
元裏社会住人の世話役55歳。
どう足掻いても満たされない。
身長はやや高め。髪質は硬く極直毛。
自分一人では己を満たせない。
シーク
新しい旅仲間のひつじ0歳。
縁あって四辻 霜夜(1231)から貰い受けた。
サイズは手の平ほど。毛質はとてもふわふわ。
自分一人では存在できない。(多分)
伊予島は何も答えない。
微笑んだまま雫を見ている。
 |
雫 「八重子」 |
やはり伊予島は何も答えなかった。
どこかで何かが軋む音がする。
(深度24)
 |
雫 「ねぇ」 |
声に薄らと焦燥が乗る。
 |
雫 「…あんたの望みは叶ったわ あたしが叶えたのよ」 |
伊予島の母親願望を叶えた。
例えそれが、彼女の頭の中だけの事だとしても。
無理やり認識を歪めて、形だけを取り繕って、そんな張りぼての虚像だとしても、
それでも伊予島が求めたものを与え、満たしたことに変わりはない。
 |
雫 「あんたは母親 あたしの母で、あいつらの母 皆の母 誰もがあんたの子供」 |
伊予島は今、ただ一人きりで完成された世界に住んでいる。
自分と自分の子供達しか存在しない世界。
自分を責める者も脅かす者も存在しない。
不安や恐怖は決してその存在を許さず、何人たりとも彼女を急かすことはなく、平穏だけが絶えずそこに在る。
全身の神経の先まで安穏に漬けられた世界
安穏という名の停滞。凪。
 |
雫 「もう誰もあんたを責めたりしない 母親になったあんたは、もう何にも脅かされる事はない」 |
 |
雫 「あんたは今限りなく自由で! 限りなく満たされている!」 |
「大丈夫」と自分に言い聞かせる。
"直感"は、未だある。
 |
雫 (…そう、直感ならある!今も感じる!まさにそこに!ひしひしと!) |
 |
雫 (むしろこれまでで一番、より鮮明に、より明確に!) |
輪郭すらも見えて来そうな程にはっきりと感じる。
この先だ。
雫は思う。
この先にある。
おそらく、この状態から更に生まれた欲求こそがそうなのだ。
それこそが伊予島が真に求めるものであり、
それこそが伊予島という人間の本質にあたるものなのだ。
 |
雫 「 引いては、それこそがあたしの求めているもの!」 |
見栄を捨て、打算を捨て、余計な保身はそぎ落とし、歯牙にかけず、
身体に空いた無数の穴を全て埋め、あらゆる渇望から身を離し、
己という存在だけをただ其処に置き、見据え、ひたすら自己と向き合う。
飢えもなく、渇きもなく。
他の存在を一度全て隠し、何者にも答えを求められることも急かされることもない。
正答などない、あらゆるものが自由となった静寂の凪の中で、
そこで見えた己に対して湧き出る「欲」。その人間の上澄みの欲求。
「己」という欲求。
こう在りたいという願い。
自分はこう在るべきだという確固とした意識。そういったもの。
それを満たすことで、伊予島は己が生涯の最高の"頂"に辿り着けるだろう。
そしてその『結果』こそが、雫の求める"絶頂"なのだ。
神聖さすらも感じさせるその場所は、
己で己を満たすことの出来ない雫には、どうやっても辿り着けない領域だ。
だがきっと、今の伊予島を更に満たす事が出来ればきっと、
雫もまたその"頂"に足を踏み入れることが出来る。それが許される。
伊予島が享受するであろう僥倖を、その一部を、横から掠め取ることが出来るのだ。
 |
雫 (そして"それ"はきっと …) |
その欲求は、きっと。
 |
雫 (………きっと、とても美しい) |
伊予島が求めるのだ、きっと良くも悪くも美しいものに違いない。
優しく、純粋で、穢れを知らず、どこまでも清廉で。
砂糖菓子の様に色鮮やかに飾り付けられいて、そしてひたすらに甘い。
現実が見えていない、考慮すらしていない、
そんな美しいだけの、おとぎ話のような甘い夢。
それでも。
 |
雫 (…それでいい) |
それがいい。
何故なら夢物語を本気で信じる事が出来る人間なんてそうそういないのだ。
大抵は横から他人に冷や水を浴びせられただけでも、陽炎の如く揺らぎ消えてしまう。
だが自分にとっての伊予島は、まさにそういう女で、それが出来る存在で、それが理想で、
そしてそんな伊予島の隣にいる自分こそが、それを実現させるための礎となるのだから。
どんなに気持ちが良いだろうか、自分がその一部になれるというのは。
他人のものだからこそ美しいというのもあるだろう。
そんな美しいものの中に何の迷いもなく身を投じることが出来るというのは、それは、
とんでもなく甘美な夢だ。
予兆ならあるのだ。
予兆ならある。
今この状況で、伊予島が気に留めたものがそれだ。
両陣営の和平を願うコミュニティ。そこに流れる数々の声。
それらを飽きもせず繰り返し聞いているのは、きっとそういう事なのだろう。
母親が子供を気にかけるのは当然の事だし、伊予島が赤の他人を気に掛けるのだって当然だ。
幸せな気持ちは種なのだと彼女は言った。
敵対する陣営を思ってその言葉が出た伊予島なら、
可能性の連鎖を信じ、その先に大きなハッピーエンドがあるのだと語った彼女ならば、きっと。
 |
雫 「…………」 |
勿論これは願望で、自分勝手な理想の押し付けで、そんな事は百も承知だ。
それでも「せめて」という思いがある。
ここまで壊したのだ。
ならばせめて、美しいものであって欲しい。
美しく、純粋で、現実離れしているものがいい。
おそろしく実現が困難で、誰もが鼻で笑ってしまうような、そんな無理難題が。
それが無茶であればある程、誰もがはなから諦め、望みすらしない様なものであれば尚更。
 |
雫 「…良いのよ、何でも言って」 |
その方が慰められる。
 |
雫 「何だって叶えてあげるわ どんな無茶な事だって、あたしが絶対に叶えてみせる」 |
言い訳が出来る。
 |
雫 「ある筈よ、何か!」 |
 |
雫 「あんたがあんたらしく在れる場所! あんただけが辿り着ける場所! あんたにしか出来ない事、その境地!」 |
幸福感の絶頂へ、
だから
 |
雫 「だから寄越しなさいよ、そいつを!あたしにも!!」 |
 |
雫 「あたしが其処まで連れて行ってあげるから!」 |
だから
だから最後には、少しでも思っては貰えないだろうか。
「これで良かったのだ」と。
(深度25)
 |
雫 「……………………」 |
 |
"ENCOUNTER BATTLE" |
Cross+Roseが鳴く。
……敵の気配がする。
 |
雫 「…………」 |
 |
雫 「……今………大事な話してんだよ…」 |
 |
雫 「邪魔しないで」 |

[870 / 1000] ―― 《瓦礫の山》溢れる生命
[443 / 1000] ―― 《廃ビル》研がれる牙
[500 / 500] ―― 《森の学舎》より獰猛な戦型
[190 / 500] ―― 《白い岬》より精確な戦型
[380 / 500] ―― 《大通り》より堅固な戦型
[296 / 500] ―― 《商店街》より安定な戦型
[204 / 500] ―― 《鰻屋》より俊敏な戦型
[143 / 500] ―― 《古寺》戦型不利の緩和
[61 / 500] ―― 《堤防》顕著な変化
[123 / 400] ―― 《駅舎》追尾撃破
[5 / 5] ―― 《美術館》異能増幅
[108 / 1000] ―― 《沼沢》いいものみっけ
[100 / 100] ―― 《道の駅》新商品入荷
[129 / 400] ―― 《果物屋》敢闘
[12 / 400] ―― 《黒い水》影響力奪取
[37 / 400] ―― 《源泉》鋭い眼光
―― Cross+Roseに映し出される。
 |
白南海 「・・・・・」 |
 |
エディアン 「・・・・・」 |
白南海
黒い短髪に切れ長の目、青い瞳。
白スーツに黒Yシャツを襟を立てて着ている。
青色レンズの色付き眼鏡をしている。
エディアン
プラチナブロンドヘアに紫の瞳。
緑のタートルネックにジーンズ。眼鏡をかけている。
長い髪は適当なところで雑に結んである。
チャット画面に映るふたりの姿。
 |
エディアン 「・・・白南海さんからの招待なんて、珍しいじゃないですか。」 |
 |
白南海 「・・・・・いや、言いたいことあるんじゃねぇかな、とね・・・」 |
 |
エディアン 「・・・・・あぁ、そうですね。・・・とりあえず、叫んでおきますか。」 |
 |
白南海 「・・・・・そうすっかぁ。」 |
 |
白南海 「案内役に案内させろぉぉ―――ッ!!!!」 |
 |
エディアン 「案内役って何なんですかぁぁ―――ッ!!!!」 |
 |
白南海 「・・・・・」 |
 |
エディアン 「・・・・・」 |
 |
白南海 「役割与えてんだからちゃんと使えってーの!!!! 何でも自分でやっちまう上司とかいいと思ってんのか!!!!」 |
 |
エディアン 「そもそも人の使い方が下手すぎなんですよワールドスワップのひと。 少しも上の位置に立ったことないんですかねまったく、格好ばかり。」 |
 |
白南海 「・・・・・」 |
 |
エディアン 「・・・・・」 |
 |
白南海 「・・・いやぁすっきりした。」 |
 |
エディアン 「・・・どうもどうも、敵ながらあっぱれ。」 |
清々しい笑顔を見せるふたり。
 |
白南海 「・・・っつーわけだからよぉ、ワールドスワップの旦那は俺らを介してくれていいんだぜ?」 |
 |
エディアン 「ぶっちゃけ暇なんですよねこの頃。案内することなんてやっぱり殆どないじゃないですか。」 |
 |
エディアン 「あと可愛いノウレットちゃんを使ってあんなこと伝えるの、やめてくれません?」 |
 |
白南海 「・・・・・もういっそ、サボっちまっていいんじゃねぇすか?」 |
 |
エディアン 「あーそれもいいですねぇ。美味しい物でも食べに行っちゃおうかなぁ。」 |
 |
白南海 「うめぇもんか・・・・・水タバコどっかにねぇかなー。あーかったりぃー。」 |
 |
エディアン 「かったりぃですねぇほんと、もう好きにやっちゃいましょー!!」 |
 |
白南海 「よっしゃ、そんじゃブラブラと探しに――」 |
ふたりの愚痴が延々と続き、チャットが閉じられる――