『 "AA"とは? 』
伊予島の異能の名だ。
第3者が無理やり形容したものであって、先天的なものではない。
(そもそも形容に先天性もクソもないのだが)
ならば一般的なヒトの価値観に基づいて考えれば良い筈。
"ダブルエー"。
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雫 「ダブル…Aが二つ? Aというのは能力の名前かしら もしくは状態、あるいはグレード…」 |
Aと名付けられた能力が2つ。
Aの形をとる状態、その存在が2つ。
Aのグレードに至る変化が2つ。
もしくは1つの能力あるいは存在が、Aよりも上かつ(一般的な意味での)Sよりも下である状態。
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雫 「…グレード説は考えなくても良さそうね」 |
状況を顧みるに、わざわざグレードで形容せねばならない理由も見当たらない。
そもそもグレードで固有名詞を語ることは難しいのだ。
仮に"A"というグレードを確立させるには、最低でもそれ以下の等級が同時に存在しなければならず、
かつ不特定多数の価値観の中、共通の基準をもってこれらを分類・認知させなければならない。
そこでようやくグレードという概念に意味が生まれる。前提が予め周知されてこその存在。
アルファベットでの格付が周知されている場に限定するならばともかく、
広い視野で見れば、その基準方法はあまり一般的とは言えない。
ならば強引にその認知を強要するしかないのだが、腐っても名付けを生業とする者が、
高が一個人の能力の表現にそこまでのリソースを割くかと言えば、それも考えにくい。
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雫 「…つまり2種類の能力」 |
わざわざ名を揃え一つに纏めるのだ。
この場合、セオリー通りならば
A'とA''は同条件において類似・並列系統の効果を有するものと推測できる。
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雫 「あるいは対 同じ効果だけど発動する条件が相反する」 |
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雫 「もしくは同時存在 A'もA''もなく、ただ同一のAが同時に2つ存在する状況を作る」 |
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雫 「…思い付くのはそんな所かしら」 |
木の棒で地面に『AA』と刻む。
A。尖りの形を持つそれは、自分が使用する言語の1番目の文字だ。
(まるで棘ね)削られた文字を見ながらそんな事を思った。
棘が二つ、仲睦まじく並んでいる。
「 ねこちゃんのお耳ね!」
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雫 「馬鹿なの?」 |
自然と出たツッコミは、聞こえて来た幻聴に対してか、それともそれを聞いた自分に対してか。
足で雑に文字を掻き消した。
2つの
類似する
相反する
同一の
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雫 「…『身体強化』」 |
身体強化
身体
そう、確かにあの時、萬井は言った。
精神、意識。そういった認知・認識の類へ発動する異能。
それらの影響を緩和した時と似た反応。
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雫 「本来行ける筈のない所へ行けるよう、身体や装備が変化している…」 |
並列の
対の
相反する
同一の
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雫 「…本来行ける筈のない所へ行けるよう、精神や認識が変化している…?」 |
そうじゃない。
もし伊予島の異能が精神・意識に対し発動するのなら、それは大きな手掛かりだ。
『手掛かりになりそうな情報がまるでない』とは何だ?
なぜ自分はあの時、萬井の話を聞いておきながら聞き流していた?
萬井にしてもそうだ。
何故そこまで認識していながら、その結論に辿り着かなかった?
逸らされているのだ。
何に?
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雫 「決まってる 八重子の異能に AAに」 |
何のために?
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雫 「…分からない」 |
だが、おそらくその方が都合が良いのだろう。AAが存在する意義の上で。
AAは常時発動型と言われており、少なくともその判断は伊予島の意識とは別の所に存在する。
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雫 「常時発動型というのは、言ってしまえば条件発動型と何も変わらない 条件や制約がゆる過ぎて 少なすぎて特定が出来ないだけ」 |
特定できず、常時発動しているように見えているだけなのだ。
極端に言えば「生きている」「意識がある」そういった事ですらも条件の一つと言える。
そういった条件がいくつもあり、全ての判定をクリアし、そしてその時初めて異能は発動するのだ、きっと。
AAにも当然ある。存在する意義の元で判定が行われ、そこから発動に至っている。
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雫 「…AAがそれを判断している」 |
何処へでも行けるわ 私が生きるその場所
何処でだって生きて行けるわ 私が望むその場所
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雫 「…あの歌は何?なぜ八重子はあの歌を?」 |
あれは伊予島の異能を歌ったものなのか?
誰が?
何のために?
いや、もはや誰が何のために歌ったかは問題ではない。
仮にあれが伊予島の異能を歌ったものとするのなら。
あの歌には『2番』がある。
記憶を辿る。
夜の鰐目蛙崖。
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雫 「あの時、八重子は何と歌っていた?」 |
あの時軽く流した伊予島の歌。その歌詞。
重すぎる『愛』の歌。
先程と同じメロディーで。
先程と違う『愛』の歌詞。
何も違わないわ おかしい事なんて何もないの
気にする事なんかないわ 違いなんて些細なこと
貴方が生きるこの場所 貴方が望むこの場所
不安なんてないわ 私が一緒だから
此処こそが私の世界
其処こそが私の生きる世界
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雫 「…………」 |
うっすらと背筋が寒くなる。
疑問や違和感が薄れ、どうでもよくなる感覚。
懸念事から目を逸らし、大した事ではないと考えを改めてしまう感覚。
思考が本来の道筋から逸れて行き、何かを見落としているような居心地の悪さ。
あれが。
あれもまた、伊予島の異能なのか。
『 なぜ電動ガンでまともに戦えるのか? 』
ハザマに来て最初の戦闘。その直前に感じた違和感。
重要なのは『なぜ戦えるのか』ではない。
なぜその瞬間まで電動ガンでまともに戦えると思い込んでいたのか。
なぜ電動ガンで戦うと言い切った伊予島を「無茶だ」と止めなかったのか。
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雫 (何だこれ…) |
まるでパッチワークだ。
考えてみればこんなにも明らかで、こんなにも歪に、これほど多くの矛盾が継ぎ接ぎされているというのに。
なぜそれに気付く事が出来なかったのか。
なぜ。
なぜ
なぜ自分は今、その矛盾の数々を「大した事ではない」と思い始めているのか。
真実は分からない。合っているようにも間違っているようにも感じる。何かが足りない気もする。
これまで異能や自分達の状況について考えて来たが、あくまで推理の域を出ることはないのだ。
問題集のように、神のように、誰かが完全な解を与えてくれる訳ではない。
結局の所、自分で出した答えに納得する以外の道はない。「そうなのかもしれない」と、ただ漠然に。
「そうなのかもしれない」。
おそらく、きっと、そういう異能なのだ。
だがそれが一体何だというのだろう?
考えてみれば、何もおかしい事はない。
イバラシティには外部からの移住者や観光者も多い。
世界を渡るための能力など、それこそ珍しくもない。
当然こういうものもあるだろう。
それどころか、もしかしたら、これは、
AAは。
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雫 「本来、誰もが持っているものなのかも」 |
自分が望む場所で生きることも、誰かと共に生きて行くことも。
環境に応じて己を変えることも、自分に合わせて周囲が変わることも。
他者に理解を強要するのは生きるための攻撃で、
不安から目を逸らすのは心を守る防御なのだ。
だって世界はこんなにも歪んでいる。
きっと自分達が思う以上に、世界というものは矛盾で溢れているに違いない。
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雫 「…いやだ、あたしったら 馬鹿みたい」 |
・・・・・
そうだ、至って普通の異能ではないか。
一体何をそんなに焦っていたのか。
何をそんなに不気味だと感じていたのか。
心配する事も、不安になる事も、ここには何もありはしないというのに。
伊予島
現役セレブサバゲーマー66歳。戦闘、は、
考えてはいないけれど、思い感じることはある。
ひっそりと心の中に塔が建つ。
まだまだ小さい、棘の様な塔。
雫
元裏社会住人の世話役55歳。非戦闘員。
沢山考えているし、思うことも感じることも多い。
じくじくと心の中の塔が育つ。
じわじわ広がる、棘の様な塔。
キシリと何かが軋む音がする。
柔らかな
そしてあたたかで
固く
それでいてひんやりと冷たい
ふわふわと浮き足立つような感覚はあれど、高揚感と呼ぶほどの熱はない。
心地良い重さと圧力が皮膚を撫で、水分を抜き、渇いた皮が一層の固さと厚みを増す。
それでも内々にはじんわりと熱が沸き、麻痺したような感覚がじりじりと響く。
ああ、幸福だ。
言葉にならない感覚がいつの間にかそこにある。
・・
おそらくこれがそうなのだろう。
満たされている。
その実感が確かにそこにある。
欲しいものが何もない。
欲しかったものがここにある。
これを求めていた。
ずっと求めていたものはもう持っている。そんな気がする。
長く渇いていたような気さえするのに、それが遠い日の事のように思える。
何がそんなにも欲しかったのか、もう思い出せない。
欲しいものは何もない。
恐ろしいものも何もない。
なのに、
なのに、酷く虚ろだ。
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『……やっぱりさ、色々諦めきれねえ部分もあるよな』 |
男の声がぽつりと落ちる。
目の前の"映像"が流れるのは、もう何度目になるだろうか。
何度も、何度も、飽きる事なく繰り返されるそれは、聞こえてくる彼等の最初の声は、
暗くくぐもり、切ない。だが希望だ。
光だ。
そこに光を見た。
音はなく、熱もなく。
きしきしと音を立て、攪拌(かくはん)し、
肉も骨も内臓も。
何もかもが熱で溶かしつくされ、
涅和(ねっか)されたその中でうっすらと糸のような筋が浮く。
形はなく、硬さもなく。
ただ凪いだ水面に立つさざ波のように、
細やかな筋が1本、2本と形成され、次第にそれは一房の束となる。更にその房が集まって、
ギシリ
何かが軋む音がする。
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ギシ……ギシッ…… |
小さな音と共に伊予島の身体が小さく揺れる。
内側に、何かいる。
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伊予島 「私も…」 |
私も欲しい。
貴方が
子供達が
私の子供達が
お ま え が
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伊予島 「今 一番 "求めているもの" は なぁに?」 |
そ れ が 欲 し い
***
(深度19)
- SUI -
頂点を有するその形 見る者によって姿を変えるその形
その根底にあるものを認めた時、君はようやく気付くのだ
人知れず建てたその塔にこそ、求めた玉座が在るのだと