私には、未来が見えました。
それは自分自身が関わる事柄の内、最も至る確率の高い事象。
人生において選択が迫られる無数の分岐点の内、最も選ばれる確率が高い道筋。
詳細には見えず、大まかにしか掴み取れないそれは、けれど。
物心ついたときから、一つの事実だけははっきりと教えてくれていたのです。
みらい
私には、死期が視えました。
XVIII. さくさくコロッケとほんとの笑顔
初めてあの子と出会った日、正直同じ人間だとは思えなかった。
声をかければこちらを見てはくれるけれども、それ以上は何もない。
名前を伝えたところで繰り返すこともできず、手を引かないと歩きもしない。
あんまりにも普通のこどもとは程遠い反応に戸惑っていた私に、「トイレは覚えさせている」なんてあの人が口にしたときには『犬猫じゃないんだから』と睨み付けてしまった。
それでもあの人は己の言葉の何が悪いのか分かった様子ではなかったから、それ以上を詰るのは諦めてしまったのだけれども。
物を大して握ったことのない掌は、細かい作業をすることがとかく苦手だった。
鉛筆も箸もすぐに小さな掌から零れ落ちる。筋力も発達していないので握り続けるための持久力も無い。
まだ扱いやすいかと持たせたスプーンでも食事の途中で皿の上に放置されてしまうから、結局食べさせてあげることが殆どだった。
意思疎通を正しく図るための言葉のやり取りもできなくて、これから共に過ごしていくための課題があんまりにも山積みで。
すよすよと寝息を立てる寝顔を眺めては前途多難だなあと真夜中に数日間は悩んだ。
寝ている子供の愛らしさにどうでもよくなりそうにもなったこともしばしばあったが、まあそれはそれ。
そんな状況が一転したのはある日、あの子が初めてピアノの旋律を耳にしたときのこと。
どんなことでもいいから興味を持ってくれないだろうかと、あれこれ玩具だなんだと与えたりしたがことごとく敗北を重ねていた頃。
やはり情緒を発達させるにはまだ時間が必要かとその日も諦めて寝かしつけてから、舞い込んでいた作曲の仕事を思い出して防音室に籠ろうとしたのだ。
けれど扉を閉めようとした私の後ろに気が付くとその子はぴっとりとくっついてきていて、私越しに見える初めて目にする黒い物体にじいと視線を向けている。
起きてしまったのなら仕方ない。そういえばピアノはまだ聴かせたことがなかったなと膝の上に載せてから、鍵盤に触れた。
この状態で仕事を進めるのも難しいからと、聴かせてあげるためだけに奏でたのはショパンの子守歌。
ついでに寝てくれたら嬉しいかもしれないなんて呑気に思っていた最中、不意に。
穏やかに紡いでいた旋律に、調和の取れていない一音が混じる。
手を止めた。私が間違えたのではない。膝に載せていたその子が、細く小さな指先で白鍵を押し込んだのだ。
驚いている私を他所に、今度はもう片方の指先も鍵盤に載せて、私の真似をするかのように音を紡ごうとする。
けれど力のない指先でグランドピアノの鍵盤を沈ませることはそう簡単ではない。
それでもその子は懸命に指先を押し付けるから、弱弱しい音だけが部屋に響いた。
『斎、ピアノがやりたいの?』
まさか興味があるのだろうかと驚きを隠せないままに尋ねる。
自ら喋ることのなかったその子は、そのとき初めて「ピアノ」と言葉を繰り返した。
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仕事を終えて帰路に着き玄関扉を開ける。廊下を進んでダイニングへと向かう。
明かりは点いていない。テーブルの上にはラップがされたコロッケが三つ並んだお皿。多分サラダや他のおかずは冷蔵庫に入っていて、置かれたままの鍋の中にスープか味噌汁が入っている。
仕事終わりに晩御飯を作りたくないからとずっと家に居る彼に料理を教えて数年、気が付けば帰って来てから食事が用意されているのはすっかり当たり前の日常となってしまった。
母としてどうなのかと思わなくもないが、いやでも一応土日は頑張っているし……と自分自身に言い訳をする。
手洗いを終えてリビングへと向かう。防音室のドアノブに手をかけて重い扉をゆっくりと開ける。
軽快に弾んだ明るい旋律が流れ込んできて、自然口元が綻んだ。聞いたことのないメロディだ。
ピアノに向かい合っていた彼は私の来訪に気が付けば手を止めた。鍵盤に落としていた視線を上げて私の目を見つめる。
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『何の曲?』 |
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「…………」 |
音の世界へと没頭させていたのだろう思考を、人との会話ができるよう切り替えるための空白が幾らか。
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「……コロッケが」 |
それでも切り替えてしまえば、四年前のあの日よりも流暢に言葉は紡がれた。
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「コロッケが、いつもよりさくさくだったから」 |
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『あは、じゃあコロッケの曲か、これは』 |
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「上手くできたよ、食べた?」 |
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『まだ、今帰ってきたところ、さくさく楽しみにしてる』 |
扉を閉めてから傍へと歩み寄る。床の上にはいつものように五線譜が散らばっていて、そのどれもに彼の筆跡で書かれた音符が踊っていた。
──あの日。
彼が抱いたピアノへの興味は消え失せることなく、寧ろ年々その色濃さを増していくばかりだ。
筋力が無いから最初こそ上手く弾けはしなかったが、基礎的な練習を重ね続けて体も追い付く頃には、複雑な技巧を含んだ曲も数回練習すれば弾きこなせるようになっていた。
教育者の目から見ても彼が音に関して天賦の才を持っていることは明らかで、しかしそれはどちらかといえば作曲面におけるものが強い。
その感情は音色に載る。
長年受けてきた抑圧故にかあまり物事に心を動かさないこどもだと最初は思っていたのだが、何も感じていないわけではないと曲作りを教え始めてから気が付いた。
今日みたいに美味しいご飯を食べたとき、或いは美しい音の並びを聴いたとき、はたまたちょっぴり切ない物語を読み聞かせたとき。
決まって彼はピアノの前に行く。言葉や表情で上手く表すことができない代わりに、それらは全て旋律へと変換されていく。そうして産み出される音の並びに、一つたりとも同じものは存在しない。
稀有な才能だった。
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『斎は本当に音楽がすきだね』 |
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「…………」 |
五線譜を指でなぞりながらもう何度口にしたかわからない言葉を伝えると、彼は鍵盤へと視線を落とした。
いつもなら「多分そう」などと返事が返ってくるのだが、その日の彼は違っていて、しばらく口を閉ざしている。
横顔を見下ろす。細い指先が慈しむように鍵盤をなぞる。
そうして、ようやく開いた唇が紡いだ。
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「──音楽は、俺だけのものだって思うよ」 |
息が詰まる心地がしたのは、その瞬間。
浮かべられた笑みが、"本物"だったから。
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「俺が持ってうまれてきたものは、きっと、これだけ」 |
私を真似たわけではない。こういうときに人は笑うのだと試行を重ねた結果ではない。
旋律に載せずとも、初めて表現できた本当の感情がそこにある。
紛れも無く、疑いようも無く。
彼は──音を愛している。
だから、つい。
どうして、と思ってしまった。
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『…………君の音色、私以外が聴けないの、勿体ないね』 |
14歳になるのに学校にも行けない。出かけるときは私と一緒に、人の多すぎるところはダメだから公園やスーパーぐらい。
分かっている。分かっていた。引き取る前から、普通とは違うこと。
それでも、どうしたって理不尽に思えて仕方が無いと。
感情を吐き出してしまった私に、彼は不思議そうにこちらを見上げて首を傾げた。
どのような言葉を続けるか悩んだ素振りを見せて、それから。
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「……あやめがそう思ってくれるだけでいいよ」 |
いつの間にか大きくなった掌で、私の指先を握る。
なんでもないようにいつもみたいに笑って、「コロッケの感想を早く聞かせて」とねだるから。
結局何にも言えずに、私も曖昧に笑って頷くことしかできなかった。

[870 / 1000] ―― 《瓦礫の山》溢れる生命
[443 / 1000] ―― 《廃ビル》研がれる牙
[500 / 500] ―― 《森の学舎》より獰猛な戦型
[190 / 500] ―― 《白い岬》より精確な戦型
[380 / 500] ―― 《大通り》より堅固な戦型
[296 / 500] ―― 《商店街》より安定な戦型
[204 / 500] ―― 《鰻屋》より俊敏な戦型
[143 / 500] ―― 《古寺》戦型不利の緩和
[61 / 500] ―― 《堤防》顕著な変化
[123 / 400] ―― 《駅舎》追尾撃破
[5 / 5] ―― 《美術館》異能増幅
[108 / 1000] ―― 《沼沢》いいものみっけ
[100 / 100] ―― 《道の駅》新商品入荷
[129 / 400] ―― 《果物屋》敢闘
[12 / 400] ―― 《黒い水》影響力奪取
[37 / 400] ―― 《源泉》鋭い眼光
―― Cross+Roseに映し出される。
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白南海 「・・・・・」 |
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エディアン 「・・・・・」 |
白南海
黒い短髪に切れ長の目、青い瞳。
白スーツに黒Yシャツを襟を立てて着ている。
青色レンズの色付き眼鏡をしている。
エディアン
プラチナブロンドヘアに紫の瞳。
緑のタートルネックにジーンズ。眼鏡をかけている。
長い髪は適当なところで雑に結んである。
チャット画面に映るふたりの姿。
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エディアン 「・・・白南海さんからの招待なんて、珍しいじゃないですか。」 |
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白南海 「・・・・・いや、言いたいことあるんじゃねぇかな、とね・・・」 |
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エディアン 「・・・・・あぁ、そうですね。・・・とりあえず、叫んでおきますか。」 |
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白南海 「・・・・・そうすっかぁ。」 |
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白南海 「案内役に案内させろぉぉ―――ッ!!!!」 |
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エディアン 「案内役って何なんですかぁぁ―――ッ!!!!」 |
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白南海 「・・・・・」 |
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エディアン 「・・・・・」 |
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白南海 「役割与えてんだからちゃんと使えってーの!!!! 何でも自分でやっちまう上司とかいいと思ってんのか!!!!」 |
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エディアン 「そもそも人の使い方が下手すぎなんですよワールドスワップのひと。 少しも上の位置に立ったことないんですかねまったく、格好ばかり。」 |
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白南海 「・・・・・」 |
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エディアン 「・・・・・」 |
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白南海 「・・・いやぁすっきりした。」 |
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エディアン 「・・・どうもどうも、敵ながらあっぱれ。」 |
清々しい笑顔を見せるふたり。
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白南海 「・・・っつーわけだからよぉ、ワールドスワップの旦那は俺らを介してくれていいんだぜ?」 |
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エディアン 「ぶっちゃけ暇なんですよねこの頃。案内することなんてやっぱり殆どないじゃないですか。」 |
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エディアン 「あと可愛いノウレットちゃんを使ってあんなこと伝えるの、やめてくれません?」 |
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白南海 「・・・・・もういっそ、サボっちまっていいんじゃねぇすか?」 |
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エディアン 「あーそれもいいですねぇ。美味しい物でも食べに行っちゃおうかなぁ。」 |
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白南海 「うめぇもんか・・・・・水タバコどっかにねぇかなー。あーかったりぃー。」 |
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エディアン 「かったりぃですねぇほんと、もう好きにやっちゃいましょー!!」 |
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白南海 「よっしゃ、そんじゃブラブラと探しに――」 |
ふたりの愚痴が延々と続き、チャットが閉じられる――