何かに見られるとき、自己意識はしばしば持ち主の首を絞める。
理想の在り方と自身の見え方、その溝の深さを明確にする。


人間は結局のところ、観測されるものが全てだ。


故にこそ、それを生き辛さとする人々が居る。











◇　◇　◇











「ケンスケ」











ケンスケ。謙介。私の友達の名前。
その標識は、上の空だった意識を引きつけるのに十分だったらしい。








へへ、と、彼ははにかむようにして笑った。いつも通りを振る舞おうとして。
けれどそのつもりなら口角はもう少し気を遣って持ち上げるべきだし、慎重に発声するべきだ。



私は合わせるつもりで、笑ってかぶりを振った。







「次、体育でしょ。遅れちゃうよ？　　　　　　　　
　みんなも待ってる、うちの組のエースなんだから。
　　　　　きみが来ないと話にならないっていうかさ」





彼は鞄の底から着替えを取り出す。
こうして声を掛けられなければ押し込められたままで、取り出されることはなかったはずの。



「そうだよ。ケンスケが居ないと。　　　　　　　
　ケンスケが一番を走ってるの、ぼくも見たいし」








彼は感情を素直に表現する人だ。
普段の彼であれば、声には喜色が滲んでいたことだろう。
けれど返された相槌は、ささやかに虚を孕んだ。


空っぽの教室に、布ずれの音だけが響く。互いに言葉はない。
正確には、間違いのない言葉を探しているような空白があったのかもしれない。




口火を切ったのは彼の方だった。









彼は困ったように眉を八の字にして、冗談めいて笑った。




「ぼく、そんなに違った？　みんなとあんまり変わんないと思ってた」






彼はそうして笑う。先程よりも、幾らか自然に頬は和らいでいた。





彼の母親が病気で亡くなったのは、つい先日のことだ。











肩を竦めて、やれやれと仕草を作る。






「……」



「どうだろ。結構、鈍感だからさ。ぼくは。　　　　　
　ケンスケが思ってるみたいに、賢くもないしね？」






彼は笑っていた。私もまた、応えるように笑っていた。

笑っていた。








……その時の感情は、どんなものだったろうか。

同じように母を失った身として、限りなく隣り合った同情を抱いていただろうか。
或いは、友人の支えでありたいという一心であったろうか。

多分、どれも正しくそこにあった。
あったと思いたかった。



そうであるのに。
見えないものを証明する術は、どこにもない。

---

それを思い知ったのは、かの日からそう間もない時だった。













彼はいつものように、ふたりきりの教室で。
少しだけ躊躇うような呼び掛けは、どこか冷ややかな温度を伴った。





「どうしたの？」





他人の機微には聡いつもりだった。
けれど友人の彼であったから、その一点だけのために。
纏う微妙な空気の違いには気づけず、いつものように笑って首を傾げてみせた。







それが間違いだった。












「え？」





目を向けた先は、見たこともない表情を浮かべていた。
困惑、怒り、悲しみ。
様々がひとつに固められて、上面の優しさで覆われて、私を見ていた。








……何を。









何を言われているのか、分からなかった。










分からないのに、肌が理解していた。










嫌悪が、言葉に混じって向けられている。








戸惑いを含んだ憐憫の瞳が、私を見ている。






半ば確信めいた声が、辛うじて善性を留めようとして絞り出される。





「ち、がうよ」





“哀れまれている”。




「そんなこと、あるわけ……ないじゃん……」






声が震える。瞳が揺れる。指先が上手く動かない。

ダメだ。ダメだ、ダメだ。こんな顔をしていてはダメだ。
息を整えなければ。誤解を解かなければ。

そうであるのに、喉元に詰まった言葉は上手く吐き出せそうにない。








狼狽を晒しても、彼は何も言わない。ただ、歪な苦笑を浮かべるだけだ。









彼は目を逸らした。
断ち切った線は、もう二度と繋がることがない。
それでも最後に見えた色は、畏怖であったと確信してしまった。



































「あ、……」









すぐに、全てを理解した。



私は、どういう顔をしていた？
彼の前で、どんな声をしていた？






『ちがうよ』



『そんなことあるわけないじゃん』



鏡の向こうの私は、欠けのない微笑みで満ちている。
とめどなく流れる雫も、何もかもが映らない。
喉から洩れる嗚咽も、通り過ぎる誰にも聞こえていないようだった。


自身への認知を歪ませる。
　　見つからない
憂いが存在できない。

それが、私の異能だったから。







「……めん」



「ごめんなさい」



「ごめんなさい……」



「…………」





最早誰にも届かない謝罪に、意味などあるのだろうか。
その時の感情は、どんなものだったろうか。


心を証明する術は、どこにもない。
証明すべき相手は、もう居ない。


その日を境に、ささやかな願いは呪いに一転した。
“作楽誘乃”という存在は、普通から外れて。

化け物に成り果てていた。

私が学校を休むようになったのは、それからのことだ。






















　　


　　　

　　　






そうしてまた、夢を見ている。











何が本当であったのか、分からないままにして。

▲	真柄 「まほら園って火縄銃の養成訓練場だったりしねぇか…… 　お前の"ともだち"にさんっざん！やられたんじゃけど。 　しかし、そうか。　あの時のヨシノがお前だったんじゃな。 　お前が守りたい者達とは……あのガキンチョ達も入るのか？」

	真柄 「守る相手を間違えた……とまでは、さすがに俺も言わん。言えん。 　たまにそう思いたいぐらいのド外道がアンジニティに居るのは事実じゃが、 　それよりも単純に、どちらの陣営にも守りたい者達が居るんじゃよな。 　だから、どちらの陣営についても未練は残るよ。 　お前との別れも名残惜しいし、あの子供達にも幸せになってもらいたい。 　だがそれ以外にも、こちらの陣営を勝たせねばならん理由も……たくさんある」

	真柄 「……アンジニティ陣営が勝ってワールドスワップが成立したとして、 　あの子供達の落ちる否定の地へ、お前も残ることになるんじゃよな？ 　もしかして、否定の地でもあいつらを守り続けるつもりか？」

▲	無音。 無音。 空気音、 トキ 『それ以上喋るな、■■■■』 落ち着き払った声に反した、聞くに堪えない罵倒の言の葉が散る。 トキ 『……何をした。月瑕利夜に。 　いいや、いいや。 　重要じゃない。もう重要じゃない。 　“おまえ”が。なにもので、何をして、何をおもうのか。 　そんな下らないことは、もうどうでもいい』 トキ 『殺す』 トキ 『殺傷する。賊害する。終決する。 　“おまえ”という一個生命体の活動継続記録を、全く以て停止させる』

	トキ 『最早構わない。 　最早構わなくなった。 　“おまえ”はそれだけのことをした。 　“おまえ”はそれだけのことを気付かせた。 　ボクにとって何が大事で何が不要か。 　ありがとう。 　ああ、そう、そうだ』 トキ 「千崎トキの世界に。 　作楽誘乃は『もう要らない』」 炎が揺れる。 トキ 「──貴様の喉笛はッ！ 　ボクが必ず咬み千切ッて殺るッ！！ 　必ず、必ずだッ！　必ず──」 炎が揺れる。 トキ 「……アハハァ……」 トキ 「……必ず、必ずだ。 　……必ず……ボクは、……おまえを……」

▲	空 「……だいぶ前だけど、お世話になったわね。 って、今言いたいのはそんなことじゃなくて。 えぇと……その、上手く言えるか分からないのだけど」

	空 「ちょっと、話し相手になってもらってもいい……かしら？ 変な表現でごめんなさいね。 君が……いえ、あなたが。 どういう存在で、どういう考え方をするのか。 ……知りたくなったの。 ただ、それだけ」

▲	命 「意味は、ありますよ。 　誰だってその人のことを知らないと、友達にはなれないでしょう？」

	命 「…………考えたことは、少しだけ」

	どんな存在かとまで、深く考えたことはない。 ただ何のために生きているのか、それだけはいつでも明確である。 けれど今知りたいのはあなたのことであるから、胸に湧いた感情は一度遠くへと置いて。

	命 「化け物、桜の妖、精霊、神…………」

	そうして一つ一つ、誰かがあなたを表すために口にした言葉を繰り返す。 あなたを見つめた。化け物だとは思わない。桜というのは分かる。 妖、精霊、神……というそれらの区別は、人間である自分にはできないのだが。 些か神聖的な雰囲気があることはなんとなく、理解ができる。

	命 「……そうなんですね。 　あなたは真っ白なキャンバスで、今まで出会ってきた友達からもらった、たくさんの色で構築されている」

	命 「その、えっと、…………否定の世界、というところには。 　どうして居るんですか？　それも、気が付いたら？」

▲	「もう経験済みじゃねーか！しかもヤベーやつ！」 男の音声と画像がまた飛び込んできた。思わず出た声を端末が拾って自動で映し出したらしい。

	「おっと、失礼。既に手遅れかもしれないが、次の機会が無いことを祈っておく」 再び文字のみに戻される。端末の前で『音声オフにしてるのに』『このOS狂ってるんじゃねーの』などと愚痴っていたが届くことはないだろう。

	「それで何の話……ああ、子供の容姿だな。文字はこういう時に良い。それで、だ。人間の社会では容姿の美醜はかなり重要なものだ。美しいほどメリットが大きくなる。嫉妬というデメリットもあるが、基本は美男美女ほど得をするのが人間社会だ。子供の成功を祈るなら可能性が高い方を願うのは自然なことだと思うんだがな。あと妻の顔は最高だからな」 ちょっぴり速い返信。ところどころ誤字や不自然な句読点が見受けられるかもしれない。

	また少し時間が空いて。 「最初は普通の桜、ということか。慎重に選ばねばならないな。庭師の資格でも勉強しようかね」 「時の流れについてはそうだな、老いた先の楽しみができたと思うことにしよう。孫の節目か何かで花を見ることができれば、きっと素晴らしいに違いない。墓の下じゃ見辛いだろうからできれば死ぬ前に拝みたいものだ」

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