嘘を吐くことが得意だった。
既に失われていたとしても、それを理解していても。
知らないふりをすることが得意だった。



口を閉ざすことは、最も単純な処世術で。
誰にも気づかれることなく、誰にも傷をつけないで済む。
そして何より、傷を悟られることがない。

自分に嘘を吐くために、他人に嘘を吐く。
そうすれば、自分は“傷ついていない”のだと思えるから。



ひとりきり、思いの丈を落とすために作られた穴は、少しずつ大きくなって。
気づけば、身体の一部になって。

落として。落として。
大切なものを皆、その暗闇に失くしてしまって。

多分。いつかは自分というものさえ取り落として。
空っぽになっていくのだろうと思う。













空っぽになっていくのだと、思っていた。


















彼はそうして、欲しい言葉をくれた。
満たされるような温かさが苦しかった。
まるで、想いを都合良く利用してしまっているみたいだから。


お人好しじゃないんだって笑う。
……お人好しに決まっている。
誰かの手までを握ることのできる人は、理想よりもずっとずっと少ないから。


嘘は吐かない。隣に立つ人間が嘘吐きでも良い、だなんて。
損ばかりするだろう。この世は、そんな風にできているから。
彼は怖いくらいきれいな心をしていて。……けれど、弱々しいわけじゃない。




それを知っている。言葉を交わして、時間を重ねて。
例え冷たい世界の最中にいたとしても。
その胸に揺らぎない灯りを持っていることを、知っている。









だから、初めて。
この手を離したくないと思った。
“本当”を見つけて欲しいと思った。


それが、いつか零れ落ちてしまうものだと。痛いほどにそう知っていたとしても。
自分がどうしようもなく無力で、何かに抗うことが難しいのだとしても。
もう二度と何も失わないように、繋ぎ止めていたいと。そう思えた。












……建前ばかりで。我儘ばかりで。
本当に何もかも、自分のことばかりだ。

---

◇　◇　◇






人は屡々贖罪を求める。
それは弁明から。或いは罪悪感から。或いは、計り知れない心の内から。

しかるに。

謝ることは、望むことだ。
自責からの解放。他人との和解。

「許されたい」

それは、少なからず「そうありたい」という欲求に起因する。





どんなに重い罪を抱えていようとも。どんなに許される余地がなくとも。
欲求を発露する人間は、救いようがあるといえる。

救われようとする意思があるから、人は救われることができる。






人が本当に救い難いのは、望むことを諦めた人だ。
伸ばした腕を認められなければ、誰も気づくことも、掴むこともできないのだから。






“死に至る病とは、則ち絶望である。”






かげぼうしに魅入られたそのひとは、絶たれた望みの残骸だった。

謝るための執着は、何処にも残っていなかった。
謝るべき人は、何処にも残っていなかった。

何もかもが、残されなかった。
故に。“　　　　”になった。

四肢と声とを失った伽藍洞は、最早。
温い泥濘に抗えずに、沈んでいく他ないのだから。

▲	ケイ 「ヒトのように傷つかないの…？ 　動物さんも嫌なことがあったら悲しそうな表情をする。 　けど、ヨシノさんはそういうのとも違って、傷ついたりしないの？ 　……いいな。俺、強がりばっかなんだ。」

	ケイ 「傷ついたりはしないけど、苦しむ人を生み出すのを止めたいのか。 　どうやって止めるつもりなのか、聞いてもいい？」

	ケイ 「だって、この戦いはどうやっても、奪う側も奪われる側も出てきちゃうんだ。 　俺には身近な人を護るって思う事くらいしか出来なかった。 　けど、勝っても負けても、苦しんじゃう人が出る事から、 　目を背けてるだけだとも思う。」

	ケイ 「ん、そうだ。おとうさんは無事だ。 　姿は違うけど、ちゃんと見つけることが出来た。 　今は……一緒に行動している。 　…眠たい？疲れてたら寝た方がいい。 　ここは大変だもんな。」

	その表情から疲れているように見えたのだろう、 子どもを気遣うかのように落ち着いた声で紡ぐ。

▲	タヌキ 「……？？ うむむ…何というか、不思議なことを聞くんだな。 それもまた、一番弟子らしいとも言えるのだが。」

	【問われた師は、数瞬だけ足を止めて後ろを振り向いた。 かと言って、留まろうとする積もりはないようで。 弟子の表情を確認すると、またぽてぽてと山道を歩きだして行く。】

	タヌキ 「ううむ、そうだな……。 まず結論から言うとな、俺はタヌキだ。 ヒトでも無いが、ましてや獣なんかでも無いぞ。」

	タヌキ 「一番弟子がタヌキもヒトに含めて呼んでいるのなら、話は変わるけどな。 そこが分からないので、俺の答えも少し曖昧になった。 もっとも、タヌキをヒトとひっくるめて呼ぶヤツなんて見たことないけどな。」

	タヌキ 「俺の母さんはタヌキだし、俺もタヌキの誇りを教えられて育ったんだ。 それをヒトと呼ばれると、どうしてもむず痒さを感じてしまう。 どんなに堕ちたとしても、タヌキで無くなることは俺には出来ないからな。」

	タヌキ 「ただ、ううむ…そうだな。 姿だけで言うなら、俺の今の姿はたぶん本当じゃ無いんだ。 これも少し、言い方が難しいのだけどな。」

	タヌキ 「この土地じゃない、別の場所に居た頃……。 俺は、今の俺とは違う姿をしていたんだ。 それは、形だけなら一番弟子にも似ていて…二本の足で、走り回っていたはずなんだ。」

	タヌキ 「…まあ今の俺を見たら、とても想像が付かないのは無理ないけれどな。 こうして姿を変えたことを、堕とされたと言うのなら……。 その点だけは、間違っていないのかも知れないな。 否定の地とやらが何なのか、それは俺には分からないけれど。」

▲	ニアク 「……」

	囚人の感覚も、罪の意識もない。 　あなたのその言葉に、女は眉根を寄せてわずかな沈黙を置いた。 　反射的な拒否感、嫌悪感、その類のものが思わず顔に出たというような。 　女はかぶりを振って、それを誤魔化そうとする。

	ニアク 「私はどっちかってえと、分かりやすい方だと思うが…… 　まあ、君にとっちゃそうなのかな。 　……囚人ったって、経緯はさまざまだし、自覚がないのもおかしかない」

	ニアク 「否定の世界、落とされたら最後の流刑地。 　恩赦もなければ、名誉回復もない。 　本人が悪いかどうかにかかわらず……」

	ニアク 「しかし、多くが悪党ってのも確かだ。 　……君が、今まで上手くやれてきたなら、それに越したことはないんだが。 　ちょっと、なんだか……ひとごとみたいに話すな」

	ニアク 「いや、私の言っている意味は真逆でさ…… 　他人のせいにすると、落ち着かないんだ。 　だから、自分のせいにした方が楽なんだよ」

	ニアク 「……感情があるからこそ、与えられた罰に意味や意義が生まれるってこともあるだろ。 　何も考えない機械を裁いたところで、それは単純に面倒だから処分しちまえって程度の話でさ。 　私が罰を与えられているってことは、……」

	ニアク 「こんな場所に落とされたってことはさ、どうしても償えない罪なんだろうけど。 　なんも覚えていなくても、そういう気がしてんだけど…… 　でも、こうして罰が与えられたってことは、償えって意味だからさ。 　それってすごくありがたいような気がするんだ」

	ニアク 「まあ、辛いのも苦しいのもそう思うとなんか意味があるって話でさ。 　残ってるってことは、それが私ってことだから、手放したくないのさ。 　……なんか、自分で言っててバカみてえだけどよ」

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