──鏡はよく確認する方だ。
今の自分がどう見えているか。昨日と何か変化は無いか。
それはこのハザマにおいても同じ。
鏡なんて大層なものは無くても、自分の損傷状況は常に確認している。
確認。
照合。
確認。
修復。
消去。
修復。
──巨大なゴリラのような防具。もはやロボットともいえるそれに内蔵された緊急ポッドから出る。
手を開いて、腕を動かして確かめる。
巨大な腕で薙ぎ払われ圧し折られた骨も、地獄のような熱風で焼け爛れた肌も元に戻っている。
異能をフル回転させて、自分の体を一時間前の状態に戻したのだ。
結果として負けてしまったが、何とか四肢の一本持っていかれずには済んだ。
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亡霊:御堂翠華 「それ、あんまり使いすぎない方がいいよ。 いつか呼吸が止まっても知らないんだから。」 |
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コメット 「そうやって君が心配しているうちは大丈夫ってことさ。」 |
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亡霊:御堂翠華 「……嫌な人。」 |
防具の肩の上に座っていた亡霊御堂翠華は退屈そうに鼻を鳴らしている。
自分はポッドから出ておいしいとはいえない外の空気を吸う。
ベースキャンプに戻ってきて、一度仲間と離れた位置へ移動した。
外に出た後は──防具に背中を預けて座り込む。
膝を抱えて、大きくため息を吐いた。
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コメット 「……はぁ…………」 |
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亡霊:御堂翠華 「………………」 |
さすがに彼女もそれをからかう気はなかったようだった。
当然だ。あんなものを見せられた後でまともな言い争いができるわけない。
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(……なんだったんだろうか、あれ。) |
いつかは知人と当たることも予想していた。その時は全力で戦おうとも。
しかし、相手が全裸かもしれないということはこれっぽっちも想定していなかった。
人の体のことを卑猥なものだと言って忌み嫌うことをしてはいけないとはわかっている。
わかっているがそれはTPOがわきまえられている場合のみだと思う。
正直、かなり参っていた。
今まで16年間生きてきて、男性の裸体を見た記憶はひとつもない。
最初があんな形であってはいけないとも思う。
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コメット 「……正直、きついなぁ…………」 |
膝に顔を埋めて、項垂れていた。
「僕の異能、知ってるだろ。心の力だけなら、
誰よりも自信があるぜ。……しかも二人分さ!」
ヒビキ先輩に言われたことを思い出していた。
先輩の中にはもう一人『ヒビキ・アクタガワ』が存在している。
アンジニティにおける芥川響の同位体。彼らは二人で一つ。協力して戦っている。
──どうして、『ヒビキ・アクタガワ』はアンジニティへ落ちたのだろう。
そしてなぜ、イバラシティに力を貸しているのだろう。
ちらりと、亡霊御堂翠華に目を向ける。
彼女は依然不機嫌そうに宙を浮いている。
彼らとは違い、自分達は仲が良いとは言い難かった。
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コメット 「……そういえば、君は常に不機嫌にしているよね。」 |
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亡霊:御堂翠華 「いきなり何。」 |
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コメット 「君は『御堂翠華』だった頃のあたしだろう? その後アンジニティで10年を過ごしたと言ってもその根本は変わっていないはずだ。 それなのに、君の言動は御堂翠華とはかけ離れている。 アンジニティで誰かにそう在れと願われたのかい?」 |
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亡霊:御堂翠華 「あなたと一緒にしないで。 私の異能はアンジニティに落ちた時から夢幻泡飴に固定されているの。 もう他の誰にどう願われたってその通りに変化することはできないよ。」 |
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コメット 「だったら尚更そんな言動をする意味が分からないよ。それは『御堂翠華』のすることじゃない。」 |
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亡霊:御堂翠華 「……いいでしょ。もう私をそう呼んでくれる人はいないんだから。」 |
彼女は世界から隔離され、飴玉になった両親と再会することも叶わない。
もう彼女が誰であったかを知る他人はどこにもいなかった。
──ならば、アレが彼女の本当の姿だったのだろうか。
『 』を構成するものは他者の評価で。自分の起源は空っぽだと思っていた。
その起源が、アレなのだろうか。不機嫌で、常に何かに怒っているようなものが。
それは、違う気がする。
彼女の言動は自分と同じだ。あの不機嫌そうな顔も、他人を煽る声も、全てを能動的に『演じて』いる。
そうすることで、得たいものがあるのだ。
欲しい言葉があるのだ。
返ってきてほしいものがあるのだ。
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コメット 「──君が御堂翠華と真逆の態度を取ったところで、 それを叱ってくれる人はどこにもいないんだよ。」 |
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亡霊:御堂翠華 「────は?」 |
退屈そうにふらついていた彼女が動きを止める。
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コメット 「間違ったことをすればあの人たちは悲しそうな顔をした。 不機嫌そうな顔をしたり、癇癪を起すとあの人たちはあたしを慰めようと必死になった。」 |
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亡霊:御堂翠華 「いきなり、なに。」 |
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コメット 「だからあたし達はそれをやめた。やめればあの人たちはあたし達を愛してくれたから。 御堂翠華として見てくれたから。」 |
喜ぶ顔が見たかった。
自分の居場所が欲しかった。
自分に対する感情が欲しかった。
だけどそれは、別に愛じゃなくてもよかった。
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コメット 「君は、あの人たちに怒ってほしいんだ。叱ってほしいんだ。 あの人たちは、あたし達が『間違ったこと』をすれば真っ先に飛んできたから。 いつしかひょっこりどこかから出てきてくれないかと期待しているんだ。」 |
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亡霊:御堂翠華 「……説教のつもり?あなたには関係ないでしょ。」 |
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コメット 「ある。あたしは君で、君はあたしだ。 もう二度と手が届かないからって君は起こり得ない奇跡を夢見て、ずっと目を瞑ったままなんだ。 そんな君をこのままになんてしておけるはずがない。」 |
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コメット 「……あたし達は約束したはずだ。イバラシティが勝ったらあたしが。 アンジニティが勝ったら君が両親を元に戻すって。 だけど君は、両親を元に戻すんじゃなくて、両親の帰りをずっと待っているだけだ。 あの街に行ったところで、飴玉になったあの人たちの前で何ができるって言うんだ。 前に進む意思もない君が、どうやってあの人たちの未来を創るって言うんだ。」 |
──自分が飴玉に変えてしまった両親を元に戻す。
それがあたし達の共通の願いだった。
最低限それだけは果たさなければならなかったから。
しかし、彼女にそれができないとわかって放ってはおけなかった。
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亡霊:御堂翠華 「……お母様とお父様に望まれた『私』を捨てて、 自分の好きなように生きようなんて考えているあなたに言われたくなかったな。」 |
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亡霊:御堂翠華 「御堂翠華がもう一度望まれるまでのつなぎなだけのただの殻の癖に生を望んだあなたに 何を語れるって言うの? お母様とお父様の願いも御堂翠華の悲しみも全部裏切って日常を謳歌しているあなたが正しいと言うなら、 あの人たちは無駄に娘を二回亡くしただけになるじゃない。 未来なんてどうでもいい。今まで私が犯した罪と、失ったあの人たちだけが全て。 罪を清算しきれないままに未来の話をするだなんてありえない。」 |
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亡霊:御堂翠華 「私は空っぽだったからあの人たちに愛してもらえたのに!居場所をもらえたのに!私たちが今更何を自分で作る必要があるって言うの!!」 |
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亡霊:御堂翠華 「私が御堂翠華じゃなきゃいけなかったのに!!自分の意志も都合もいらない!!そんなもの、私にあっちゃいけないものなのに!!」 |
手枷を地面に打ち付けて、異能を発動させる。
近くの石が、植物が飴になっていく。
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コメット 「あたしたちは御堂翠華になんてなれなかったんだよ。 あたし達はおよそ何にでもなれるけれど、誰かになることはできない。 人に替えは効かないことを、あたしは知っている。 あの人たちは、いい加減御堂翠華を悼んであげるべきだった。 あたしと御堂翠華を重ねることは、誰より御堂翠華自身に失礼だ。」 |
誰かの代わりになろうだなんて、そもそも間違っていたのだ。
そうしないと生きていけなかったかもしれない。あの両親に出会えていなかったかもしれない。
だけど、無理なのだ。
御堂翠華が生きていたのは3歳までだ。その先は、もう参照のしようがないのだ。
御堂翠華が正しく成長した姿など、誰も知るはずがなかったのだから。
成長するほどに御堂翠華と自分の剥離は激しくなって、やがて別人になる。
名前を背負っただけの、『そうであったかもしれない御堂翠華』が出来上がる。
いつかは、話さなければいけないのだ。
自分は御堂翠華にはなれないことを。御堂翠華は一人しか存在しないということを。
望まれるままではなく、自分の足で歩かなければ。
自分の意志で、どう在りたいかを考えて、作り上げなければいけない。
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コメット 「君は、もう御堂翠華じゃないんだ。」 |
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コメット 「御堂翠華に憧れた、姿映しでしかない。」 |
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コメット 「御堂翠華は、両親のあたしのためを思ってあたしが御堂翠華のままであることを望んだけれど……」 |
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コメット 「それじゃあ、ダメだ。それじゃああたし達は幸せになれない。」 |
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亡霊:御堂翠華 「……ッ!私たちが幸せになろうだなんて、考えることがおかしいって言ってるの! 私たちは御堂翠華であることが、お母様とお父様に愛されることが幸せなんだから──ッ」 |
周囲を飴に変えた彼女は、それらをバラバラに破壊して、飛び去って行ってしまった。
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コメット 「……話を最後まで聞かないんだから。」 |
溜息を吐いて、空を見上げる。
数時間前に話していた御堂翠華の姿はもう見えない。
ただ、最後に聞いた言葉はしっかりと覚えている。
「──忘れないで。あなたが──であ───。」
「──の私が、一番願ってる。」

[844 / 1000] ―― 《瓦礫の山》溢れる生命
[412 / 1000] ―― 《廃ビル》研がれる牙
[464 / 500] ―― 《森の学舎》より獰猛な戦型
[156 / 500] ―― 《白い岬》より精確な戦型
[340 / 500] ―― 《大通り》より堅固な戦型
[237 / 500] ―― 《商店街》より安定な戦型
[160 / 500] ―― 《鰻屋》より俊敏な戦型
[97 / 500] ―― 《古寺》戦型不利の緩和
[41 / 500] ―― 《堤防》顕著な変化
[17 / 400] ―― 《駅舎》追尾撃破
ぽつ・・・
ぽつ・・・
白南海
黒い短髪に切れ長の目、青い瞳。
白スーツに黒Yシャツを襟を立てて着ている。
青色レンズの色付き眼鏡をしている。
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白南海 「・・・・・ん?」 |
サァ・・・――
雨が降る。
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白南海 「結構降ってきやがったなぁ。・・・・・って、・・・なんだこいつぁ。」 |
よく見ると雨は赤黒く、やや重い。
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白南海 「・・・ッだあぁ!何だこりゃ!!服が汚れちまうだろうがッ!!」 |
急いで雨宿り先を探す白南海。
しかし服は色付かず、雨は物に当たると同時に赤い煙となり消える。
地面にも雨は溜まらず、赤い薄煙がゆらゆらと舞っている。
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白南海 「・・・・・。・・・・・きもちわるッ」 |
チャットが閉じられる――