
汐見莉稲はむかし、本郷莉稲だった。
「りいちゃん、名字変わんの? なんで?」
「さあ、色々あるんでしょ」
敢えて婉曲的な表現を用いた俺の純粋な疑問を母親は要領を得ない回答で一蹴した。
本郷家が、本郷家と汐見家になる。つまりは離婚だ。
母は本当に多くを知らなかったのかもしれないし、当時中学に上がったばかりの俺に他人の家庭事情なんてデリケートな話題を言いふらすことを良しとしなかったのかもしれない。
ともあれ「色々」と言われてしまえばガキの俺が首を突っ込むこともできず、それ以上を知ることは無かった。
人間なんて離婚することもあれば再婚することもあるし、仲が悪くなるばかりが離れる理由ではない。その辺の知識は同級生やテレビドラマから半端に身にけていたから、莉稲の家がそうなることもあるのだろうと。おかしいことは何もないはずだった。
けれど、あの莉稲の家庭が変わってしまう、本郷家ではなくなるという事実は信じ難いものだった。優しそうな両親だったし、幸せそうな家族だった。それに知っているものが変化してしまうというのが、俺はなんとなく寂しくて。
中学に上がった後も彼女の外出を手伝っていた俺は、ある時思い切って本人に直接その話題を共有しようと決めた。たぶん、消化しきれない感情を互いに共有しようとしたのだと思う。
その日は春にしては寒くて、車椅子の金属部は痛いほどに冷たかった。道中のコンビニで奢った肉まんを公園のベンチで食べながら、俺は機を伺った。
「りいちゃん、寂しくなるよな」
この一言にどれだけの勇気が必要かなんて、きっと彼女には想像もつかないだろう。
「大丈夫だよお、お父さんもお母さんも私も元気だもん」
彼女は肉まんを頬張りながら、穏やかに目を細めた。それを横目に見た俺は、またも“裏切られた”と感じた。3度目の裏切りだった。
間延びした明るい口調ではあった。しかし彼女の笑顔はいつもの陽の光を全身に浴びる花のようなそれではなく、どちらかと言えば花の形を保った紙細工のような、触れれば忽ち儚く頽れてしまいそうな笑みで。
いつのまにか莉稲は、小学生のくせに大人っぽい笑顔ができるようになっていた。
どうして、素直に甘えてくれないのだろう。
彼女は体が生まれつき弱くて暮らしには制限ばかりで、けれど心根は優しく強かで誠実で、神様が居るならきっと彼女に幸せにするに違いないのに、どうして彼女を甘やかしてくれないのだろう。
莉稲を引き取ったのは母親側で、俺達の母親同士は相変わらず仲が良かったから、莉稲との縁も変わらず続いた。変わらず家にもよく遊びに来た。
変わらないことばかりなのに、彼女は変えられてしまっている。
歪ながらもそれが世界の当たり前だった。俺に出来ることなんか無くて、彼女の世界が変わってしまうのを、ただ横で見ていることしかできなかった。
そのまま非日常は過ぎ去って、やがて日常となった日々を送り、中学校も卒業してすっかり高校生となったある日。
俺は莉稲の父親と再会した。
雨が降っていた。俺はチャリを置いてバスで家に帰ろうとしただけで、本当に偶然に。
「渉君?」
停留所のベンチから声を掛けた男性が莉稲の父親であると、認識するまで間を置いた。よく知る穏やかな人柄。たった数年会わなかっただけなのに、莉稲の父親は随分と老け込んで見えた。
「大きくなったね」
疲れた笑顔だった。なんと声を掛ければ良いかわからず、小さく頭だけを下げ隣に座る。
自分は莉稲の両親が離婚した事情など知らないし、莉稲と現在どんな距離なのかもわからない。
離婚した時点でまさか俺が彼に話しかけられる未来など想像だにしなかった。
「莉稲は元気?」
先に訊いてきたのはあちら側だった。
「はい」
味気ない一言だけで彼は目尻の皺を深める。莉稲と笑い方が似ていた。優しげで、他人の幸せを心から喜ぶような、儚い笑い方だ。
「──あの、おじさん。どうして家から出てしまったんですか」
こんなこと訊くのは失礼だろうなと思った。が、こんなことを不躾に訊けるのはクソガキの内だけだとも思っていた。
言葉を交わす間に雨はさあさあと降りしきる。他に人は居ない。
「家族との仲が悪くなったわけではないんだよ」
彼は穏やかにぽつりと答えた。
俺は少なからずそうであってほしいと期待を込めていたので、少しだけ救われた気になる。
でも、それなら、どうして。
雨の日のバス停は世界から切り取られたように俺たちだけを囲って、時折湿った車輪の音を滑らせて行く。
「簡潔に述べると、借金で首が回らなくなってしまって。……もちろん、きちんと返すつもりで借りたよ。けれど、間違えてしまったんだろうなあ」
「……間違えた?」
「ちょっと知人を頼ったら、その人に裏切られてしまった」
「どういうことですか」
彼は少し迷うように頬を掻いた後、その視線を寂しそうに落とした。
「信用していた人だったのだけれど。返済額の半分を負担してくれると約束してくれた人が居なくなってしまったり、力を貸してくれると言ってくれた人に逆に連帯保証人にされてしまったり……そんなことが繰り返されてしまって」
その口から出たのは、俺の想像できないような次元の話だった。
けれど、ただ善良に生きていただけの莉稲の父親が、利用されてしまったのだということだけはわかって、それが鈍く胸に突き刺さった。
「お金は人を変えてしまうと言うけれど、悲しいことだなあ」
彼は雨を背景に、「渉君も気をつけてね」なんて木漏れ日のような笑顔を見せる。この雨の中でとんでもない重りを背負っていた。
「こんな話、家族まで持ち込みたくはなかったんだ。だから、家を出た。でも、上手くいかないものだね」
笑い事ではないのだけれど、と言いながら彼は目を細めて白髪混じりの頭を掻く。
バス停には誰もいなかった。誰も知らない話だった。
莉稲の両親の離婚の真相と、困窮した父親の現状。この出来事は、俺の生き方を決める一手となる。
彼女は──汐見莉稲は幸せになるべきなのだ。それがただの他人に壊されて然るべきではない。

[845 / 1000] ―― 《瓦礫の山》溢れる生命
[409 / 1000] ―― 《廃ビル》研がれる牙
[460 / 500] ―― 《森の学舎》より獰猛な戦型
[150 / 500] ―― 《白い岬》より精確な戦型
[311 / 500] ―― 《大通り》より堅固な戦型
[202 / 500] ―― 《商店街》より安定な戦型
[149 / 500] ―― 《鰻屋》より俊敏な戦型
[68 / 500] ―― 《古寺》戦型不利の緩和
―― Cross+Roseに映し出される。
白南海
黒い短髪に切れ長の目、青い瞳。
白スーツに黒Yシャツを襟を立てて着ている。
青色レンズの色付き眼鏡をしている。
エディアン
プラチナブロンドヘアに紫の瞳。
緑のタートルネックにジーンズ。眼鏡をかけている。
長い髪は適当なところで雑に結んである。
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白南海 「・・・ロストの情報をやたらと隠しやがるなワールドスワップ。 これも能力の範疇なのかねぇ・・・・・とんでもねぇことで。」 |
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白南海 「異能ならリスクも半端ねぇだろーが、なかにはトンデモ異能もありやがるしねぇ。」 |
不機嫌そうな表情。
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エディアン 「私、多くの世界を渡り歩いてますけど・・・ここまで大掛かりで影響大きくて滅茶苦茶なものは滅多に。」 |
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エディアン 「そういえば貴方はどんな異能をお持ちなんです?」 |
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白南海 「聞きたきゃまずてめぇからでしょ。」 |
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エディアン 「私の異能はビジーゴースト。一定の動作を繰り返し行わせる透明な自分のコピーを作る能力です。」 |
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白南海 「あっさり言うもんだ。そりゃなかなか便利そうじゃねぇか。」 |
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エディアン 「動作分の疲労は全部自分に来ますけどねー。便利ですよ、周回とか。」 |
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白南海 「集会・・・?」 |
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エディアン 「えぇ。」 |
首を傾げる白南海。
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エディアン 「――で、貴方は?」 |
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白南海 「ぁー・・・・・どうすっかね。」 |
ポケットから黒いハンカチを取り出す。
それを手で握り、すぐ手を開く。
すると、ハンカチが可愛い黒兎の人形に変わっている。
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エディアン 「わぁー!!」 |
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エディアン 「・・・・・・・・・」 |
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エディアン 「・・・手品の異能ですかー!!合コンでモテモテですねー!!」 |
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白南海 「なに勝手に変な間つくって憐れんでんだおい。」 |
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白南海 「糸とかをだなー・・・・・好きにできる?まぁ簡単に言えばそんなだ。 結構使えんだよこれが、仕事でもな。」 |
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白南海 「それにこれだけじゃねぇしな、色々視えたり。」 |
眼鏡をクイッと少し押し上げる。
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エディアン 「え!何が視えるんです!?」 |
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白南海 「裸とか?」 |
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エディアン 「ぇ・・・・・」 |
咄嗟に腕を組み、身構える。
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白南海 「・・・嘘っすよ、秘密秘密。言っても何も得しねぇし。」 |
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エディアン 「ケチですねぇ。まぁ私も、イバラシティ生活の時の話ですけどねー。」 |
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白南海 「・・・・・は?」 |
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エディアン 「案外ひとを信じるんですねぇー、意外意外!」 |
そう言ってチャットから抜けるエディアン。
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白南海 「あぁ!?きったねぇだろそれ!クッソがッ!!おいいッ!!!
・・・アンジニティぶっ潰すッ!!!!」 |
チャットが閉じられる――