そうやって先に言ったのは俺だったような気も、スズヒコだった気もする。その頃はどこかの世界の人目の無い場所で毎日を無為に過ごしていた。
ここまで生き続けた。生き続けてしまった。身体の内側を焼かれ続け、いつか、全部が燃え尽くされる前に。炎が俺を呑み込む前に終りたかった。
スズヒコの返事がどうだったかの記憶も曖昧で、というかこの頃の記憶は曖昧でそれよりも過去の記憶ばかりが思い出されている気がする。まだもっと、人間でいられた頃の記憶。
あの頃に戻りたいと言われればそうかもしれない。けれど、戻ったところで歩む未来が同じなら、やっぱり、終わるべきだと思う。
スズヒコの状態は俺よりも酷かったと、俺はそう思っている。だから、俺がしっかりしなければいけないと。この人だって、人間でいられるうちに終わりたいという気持ちは同じの筈だから。
だから、最後に、綺麗なものを綺麗だと感じられる事を確かめて死にたいと。
そんな我が儘を言ってしまった。
あの時素直に終わらせていれば、こんな事にはならなかったのに。
「……否定の世界」
唐突に放り込まれた場所。否定の世界アンジニティ。罪を犯したものを閉じ込める牢獄は、全てのものの脱出を拒んだ。
俺よりも限界の近かったスズヒコは、自らの行いを罪と裁かれ、自分を否定された事で保っていたものが少しずつ崩れていった。
俺は、それを止めることが出来なくて、ただつのる彼の理不尽な怒りを受ける事くらいしか出来なかった。慰めにもならない、そんな事しか。
そうしているうちに、俺も、駄目になっていくばかりで、やがて彼の理不尽な怒りにつられるように怒りが積み上がっていくのを感じていた。
俺は、いつもそうで、何かをする前から諦める事が多かった。だから、正直、もうここからは出られないんだと心のどこかで思っていて、今考えればスズヒコはそれも気に入らなかったんだと思う。
だけど、俺の言葉も行動も力も、何かを変えることに至る事も、誰かの気持ちを動かすことも出来ない事ばかりで、そのうちに自分が出来ることなど何もないと思うのは仕方の無いことだと、思いたかった。
ワールドスワップの話を聞いた時、ハザマに飛ばされたとき、これが最後の、本当に最期のチャンスが来たと思った。
スズヒコだって、この世界から出られさえすれば、狂い続ける事はないはずで、ここから出れば残るすべては上手くいくと。
その考えがあまりに短絡的で甘いものだなんてわからないくらいに、俺は、疲れきっていた。
吉野俊彦は、俺が求めていた答えみたいな人間で、俺は、やつの事が羨ましくて仕方無かった。家族、兄弟、友人、優しさ、強さ、とにかく俺が欲しかったものを持っている。いっそ、彼になってしまいたい気持ちが無かった訳じゃない。だからこそ、記憶に引っ張られてまるで吉野俊彦のように振る舞ってしまうことが何度か起きてしまった。
――今はもう、大丈夫だと、思いたい。
吉野俊彦に出来るなら、俺にも出来たっていい筈なんだ。やつが俺ならば、俺にだってその資格がある筈なんだ。
そんな気持ちで自分を奮い立たせていた。
「おい、カルラ」
ぬいぐるみを抱き締めて歩く小さな姿に声をかける。呼ばれた背中はびくりと跳ねて、やがてゆっくりと振り返った。
「……おじ、さん? どうしたの?」
「ちょっとよ、従者と先にキャンプいっててくれねえか?」
「え?」
迦楼羅の表情に疑問が強くなるのを見ればフェデルタは頬を軽くかいて、あー、と言葉を探してからゆっくりと口を開いた。
「……ちょっと話してくるだけだ。別にお前らを騙そうとかはねえ……と言ってもお前の従者は全く信用してねえけど」
「……」
「とにかく、お前から言っておいてくれ、頼んだぞ」
「あっ、おじさん!?」
フェデルタは言うだけ言って、返事も待たずにその場を歩き始めた。呼び止めたところで止まる素振りもない背中を見ながら迦楼羅は首を傾げた。
「……大丈夫かなあ」
少し話をするだけだ。
今はお互いにもっと、歩み寄ろうって言えばいいだけだ。だって、元々はそうだった筈で、自分だって昔に比べたらそういう事が出来るようになっていたんだ。
スズヒコは、ちょっと冷静さを失ってるだけで、ちゃんと話せばきっと、思い出してくれる筈で。
アンタがいないと駄目なんだ。
一緒にやれば、きっと大丈夫だから。
ただ、そう伝えるだけでよかったのに。
なのに――
俺は今、何て言った?
彼が、いつもみたいに出来ないのはもうわかってる事で、その為に一緒にやろうって言おうと思ってたのに。
スズヒコの顔が歪んでいく。そんな顔が見たかった訳じゃない。
俺は、俺はずっとアンタの為に、アンタの事を考えてたのに。
どうしてわかってくれないんだろう。わかってくれれば、こんな事言わなくて、よかったのに。

[787 / 1000] ―― 《瓦礫の山》溢れる生命
[347 / 1000] ―― 《廃ビル》研がれる牙
[301 / 500] ―― 《森の学舎》より獰猛な戦型
[75 / 500] ―― 《白い岬》より精確な戦型
―― Cross+Roseに映し出される。
ザザッ――
画面の情報が揺らぎ消えたかと思うと突然チャットが開かれ、
時計台の前にいるドライバーさんが映し出された。
ドライバーさん
次元タクシーの運転手。
イメージされる「タクシー運転手」を合わせて整えたような容姿。初老くらいに見える。
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ドライバーさん 「・・・こんにちは皆さん。ハザマでの暮らしは充実していますか?」 |
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ドライバーさん 「私も今回の試合には大変愉しませていただいております。 こうして様子を見に来るくらいに・・・ですね。ありがとうございます。」 |
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ドライバーさん 「さて、皆さんに今後についてお伝えすることがございまして。 あとで驚かれてもと思い、参りました。」 |
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ドライバーさん 「まず、影響力の低い方々に向けて。 影響力が低い状態が続きますと、皆さんの形状に徐々に変化が現れます。」 |
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ドライバーさん 「ナレハテ――最初に皆さんが戦った相手ですね。 多くは最終的にはあのように、または別の形に変化する者もいるでしょう。」 |
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ドライバーさん 「そして試合に関しまして。 ある条件を満たすことで、決闘を避ける手段が一斉に失われます。避けている皆さんは、ご注意を。」 |
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ドライバーさん 「手短に、用件だけで申し訳ありませんが。皆さんに幸あらんことを――」 |
チャットが閉じられる――