わたし、消えちゃったら、もういなくなるかもしれない、
……いられても、先輩のこと、覚えてるかどうかもわからない…!
ずっと、ずっと、ずっと、
今日が来たら、ぜったいに。笑って、それから消えるんだって、思ってたのに。
わらってって、おもってたのに、
ごめんなさい……、わたし、弱いから。……わらうなんて、できないよお……!
――先輩、わたしの狐笛、うけとってください。
……もしかしたら、このために、2つ持ってたのかなって。
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気がつくと何回目かのハザマ。
荒れ果てたイバラシティのような姿が、再び視界に広がる。
この光景を見られるのも、いつか終わりが来るのだろうか。
あのときのように。
鹿瀬満月
狐をその身に宿した世を忍ぶ少女。
霊体の見えない怪異狩り。
現世と隠世の狭間を揺らぎ遷ろう。
たくさんの細い縁のおかげで、ここに立っていられる。
こかげ
満月に憑いている霊狐。神使のなり損ない。
イバラシティでは、誰かの異能を借りないと顕現できない。
ハザマでは会話ぐらいはできる。
都合ニ度、いわゆる現世からいなくなったらしいことがある。
一度目は、生まれ故郷の森で。日常の世界から引き剥がされて。
二度目は、そのあと目覚めた場所で。たいせつな仲間と引き剥がされて。
ニ度あることはの三度目は、ここになるのだろうか。
メゾン・ド・最悪で語ったのは、ほんの端っこだけ。
身に宿した霊狐の力で、命を守るために隠されたのと、
目覚めた場所に巣食う怪異を狩ったことで、そこから隠された(解放されたのほうが正しいけれど。)のとで、二度。
芙苑植物園での事件に巻き込まれて、思い出す。
このハザマでの時間が終わったら、結果がどうなろうと、また自分はいなくなってしまうのかもしれない。
そのときわたしは今度こそ、ちゃんと、笑っていられるだろうか。
首から提げた、小さな笛を、ぎゅっと握る。
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イバラシティに来る前、正確には前の前にわたしのいた生まれ故郷は、
避田高校の山よりもっと深い山奥の里だ。いわゆる忍の里。
稲荷信仰に厚く、お祀りをしながら、大きくなったらいろいろな忍務をこなす。
光あるところにまた影もあり。現代と言えど、闇の中で生じる争いはなくなることはない……らしい。
山にはいっぱい動物が、とりわけ狐がいる。里にも下りてくることがある。
それが、稲荷信仰に厚い理由のひとつだそうだ。
忍が忍務をこなすための相棒、忍獣として使役されることもある。
そこまで自由自在にできる者は多くはなく、子供にとっては憧れの的だ。
わたしもいつかそんなふうにと思って、山に入っては狐と追いかけっこをしていた。
ときおり、ほんのたまに、入ってはいけないという森の奥の方にも行きながら。
麓の小学校にあがったら、朝から夕方まで学校に行って、
帰ったらいろんな勉強はそっちのけで山で狐とあそぶ。
修行をサボっていたら狐と一緒に忍務なんて以前の問題なので、森の中でちゃんと頑張る。
時期が来たら、お祀りの手伝いをしたりもする。
祖父母はおらず、父親は外に出ていることも多いが、ちゃんと帰って来てくれる。
しばらくいなくても、母親や、里の皆もいるから、寂しさを感じることもほとんどなく。
そんな日常の時間は、ゆっくりと過ぎていた。
そういう日常の世界は表向きだったということを、
イバラシティに来てから、こかげに教えてもらって知った。
大人からしたらもちろん、子供が率先して知るような話ではないから、
小学生のわたしたちにそんな話をしなかったのは当然かもしれない。
大人でも、もしかしたら知らない人はいるのかもしれない。
里の神社の境内には、神使としてお祀りしている対になっている狐の像がある。
お稲荷さんならどこにでもあるようなもので、実際それだけのものだと思っていた。
森の奥にいるといわれる九尾の妖狐というのも、脅かすためのウワサだと思っていた。
神使たる霊狐が、この里に実際にいる。それが、稲荷信仰に厚い最たる理由。
これを唐突に聞かされようものなら、まさか、とも言ってしまいそうなものだが、
当の本人、本狐から聞かされたら、疑いようもない。
狐を忍獣として手足のように使役できる忍は、多くはない。
霊狐を従える忍は、世代に1人か2人、いないこともあるらしい。
当然ながら、格式高い霊狐が素直にいうことを聞いてくれるわけがない。
世代の中で、霊狐に認められるくらい飛び抜けて優秀で、かつ霊的な素質までないと、
霊狐を従えて忍務に出るなんていうことはないのだそうな。
そして、そんな霊狐を身に宿すことになったわたしと言えば――。
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こかげ 「ここまで皆無だとは思わなかった」 |
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満月 「知るかーーー!わたしだって好きで幽霊とかがみえないわけじゃないやい!」 |
飛び抜けて優秀かどうかさておいて、霊的な素質というやつは皆無だったらしい。
端的に言えば、こかげがわたしに憑いている理由は、わたしがこかげの前で殺されかけたからだ。
現実には便利な回復魔法なんてなく、いくら力のある霊狐であっても、たちどころに傷を治すことはできない。
結果、私が治るまで憑いて、その間現世から隠れることになったらしい。
そのおかげでまた別の事態に巻き込まれることになったのはひとまず置いておくとしても、
どうして、というのはまだ、あまり聞けていない。
霊狐の力というのも当然、無尽蔵ではない。
イバラシティに来た時点で、初めて会った頃に比べれば、尻尾の数で言えば四分の一もなかったらしい。
そのせいでイバラシティにいる間に消えそうになっていたのを、
葛子さんに助けてもらいながら無理やりなんとかして、
焙茶坂さんになんとか見えるようにならないか相談し、
狐笛を託した先輩とも無事再開して、今に至る。
その間にも、たくさんのひとに間を繋いでもらいながら。
中には、ハザマでは敵になってしまった人もいる。
ハザマに立つわたしには、イバラシティを守るという裏に、もうひとつしないといけないことがある。
今のこんな不安定な状態は終わらせて、帰るべきところに、自分の意志のままに行けるようにしないといけない。
【秘密】