さて、君は天邪鬼という生き物を知っているだろうか?
Side:??
生まれつきの性というものはどうしようもない。
そして俺は、それをどうかしようという気もなかった。
生まれつきのものだ。
どうしようもないし、どうにかしようと思うこともなかった。
そうある事に不快感などなかったからだ。
――天邪鬼。
妖怪の一種で、人の心中を巧みに探っては、口真似や物真似をしては人や神に逆らい、最後には滅ぼされる存在。
もしくは、他人に逆らってばかりのひねくれ者の意。
俺は父を天邪鬼、母を人間に持つ者だった。
母も母で、魔女と呼ばれる一族であったので、変わり者だったが――。
父は人に殺されたとかで見たことはない。まぁ、その名にふさわしい末路だったのだろう。
恐らく自分もそういった末路を辿るのだろうという確信があった。
それに何かを思ったことはない。
魚が泳ぐことを厭わないように。
鳥が飛ぶことに疑問を抱かないように。
生来のそれら全てに、俺は不快感を抱いたことがない。
ただ強いて言うのであれば、日常生活を送る際に、犯罪を犯さないように自制するのに難儀したくらいだろうか。
幸せなものは不幸にしたくなるし、不幸なものは幸せにしたくなる。
根っからの厄介な気性だ。
結婚間際の男女は破局させたくなるし、転んだ子どもには手を差し伸べたくなる。
善悪はどうでもいい。ただ反対のことをしたくなる。
この気質を好き勝手にさせていると、穏やかな日常生活を送れなくなる。
だから、人からは距離を取った。
適正に。適切に。程々に。深く関わりすぎず、ついでに自分は愉しく眺められる、そんな距離に。
これがなかなか上手くいって、俺は平穏と言えるだろう日々を過ごしていた。
青目壮という建物を管理して過ごす日々は穏やかだ。
そしてある日。それに遭った。
不幸な子どもだ。
名前を灰闇 眩と言うそれは、妹を失い父を失い母を失い、天涯孤独の身の子どもだった。
妹を父に殺され、発狂した母親が父親と自身を悍ましい手段で殺害したのを目の当たりにして、半ば異能そのものと化し人間の形を取っていなかった子どもだった。
灰闇という苗字は、確か異能者がよく現れる家系だったか。
赤枝という苗字にも覚えがある。確か母と同じ魔女の家系だ。
力がある者が寄りあわされ、まさかこんな結末を迎えるとは!
――あぁ、なんて不幸なんだろう。
そう思って見た時は唇の端が上がったものだ。
不幸なものを見るのは、少し愉しい。
だからその子どもを眺めるのはたのしかった。
だから、彼が死なないようにすることを手伝った。
怪我をすれば薬を与え、弱ればベッドに放り込む。
ただの延命作業。救う気はなかった。死にそうな男を救うより眺めている方がたのしいから。
不幸な存在を手慰みに作り出して、その辺りに放置するくらいには。
不幸な子どもが幼馴染とやらに感化されてしまった時は少しばかり残念だったが、在る日またすべてを喪ったのを見て笑い転げてしまった。
――あぁ、なんて素晴らしき人生!
Side:Homunculus
目を開けて初めて感じたのは、片割れの存在だった。
――自分の片割れ。双子。
ずっと一緒に居たはずなのに、どうしてか今居ない。
だから探さなければと、海の底を飛び出した。
どこ?
――どこ。
寂しいよ。
――迎えに行くよ。
Side:Devil’s advocate
こぽりと泡から生まれたその青い怪物を、北の海へと棄てた。
ひとりぼっちの怪物だ。
深層意識に、自分に片割れがいると"思い込ませた"。
そんなものは最初から居ない。これは一匹しか作っていない。
適当な材料を寄せ集め、青い鱗を一つ入れた。
記憶に片割れと過ごした海の底での日々という、"偽物の記憶"を頭に詰め込めて。
――今では、毎夜鳴く可愛い不幸な怪物と成り果てた。
今日も素晴らしい夜だ。
乞う声が、耳に心地良い。
ハザマと呼ばれるこの場所でも、それは同じだった。
しかし、この場所は丁度良い。
侵略をされている最中のこの場所は、不幸な声が数多くある。
――そう言えば、あの泡沫の夢の中で、不幸面をした緑に髪のお人好しがいたっけ?
あれにすべてを叩きつければ、どんなに可哀想な顔をするだろう。
壊して遊ぶのも一興だろうか。