さて、物事には、理由がある場合とない場合があるのではないだろうか。
どれだけ醜悪な人間にも。どれだけ陰惨な行動にも。
たいていの場合は、そこに行きつくまでに、一定以上の道筋――言ってしまえば、"物語"がある。
それは免罪符と成り得るか?――否。
それは救いと成り得るか?――否。
おとぎ話ではない物語は、誰のために作られたものでもなく。
ただ、そこにあるだけの物事の軌跡である。
例えば星の爆発が、
うつくしくも私達の目に映る頃には遠い過去であり、
何かに干渉することがないように。
干渉することが出来ないように。
ただ、それだけの話。
Side:Yodaki
世の中色々な生き物がいるものだ。
"私"の生まれてからの感想は、そんなものだった。
――悪い人間もいれば。
――良い人間もいて。
――人の願い事は様々なものがあって。
――その根本は全て欲というもので。
――大した努力もなく報われる人もいれば。
――死んでも報われない人もいる。
――勿論その逆も。
人の、体や心の声が聴こえる私には、否応なくそれらが聴こえてくる。
これは日記だ。
"私"が人間だった頃のものだ。
私は徹頭徹尾、赤枝 夜焚という存在ではあるのだけれど、多少存在として変化したりはしているから。
それを忘れないように書き記しているものだ。
まぁ、そのうち捨てるかもしれないけど。
それはその時の事だろう。基本的に、私は気分任せだから。
気分に任せて行動して、後悔したことなんてないけれど。
"私"という人間は、生まれつきとても音の多い場所に居た。
人というものはとてもうるさい生き物だ。
それは家族と呼ばれる間柄の人たちだって例外はない。
母は兄と父への嫌悪が強くて耳が痛かったし、
父は徹頭徹尾、父という存在だが主張が強すぎて耳が痛かったし、
兄に至っては私への羨望を好意へとすり替えようと必死で、哀れを誘ったくらいだった。
母はいわゆる不幸な人というもので、父との結婚は望んだものではないようだった。
兄や私の出産もそうだったのだろう。
母に似た異能の私は愛され、父によく似た兄は愛されなかった。
父は人を壊すのが好きな人だった。
母のことは愛しているようだったけれど、愛情の表現方法が普通の人間には適していなかった。
愛情というものは不思議なもので、間違いなくそれだとしても、表現方法次第で相手のプラスにもマイナスにもなるものだった。
結局ただの欲じゃないか。という感想しか抱かない。
兄は、父や母に比べれば普通の人だったように思える。
普通に感情があり、普通に周囲の環境に影響されて育った。
稀有なことがあるとすれば、"私"という存在を放っておかずに、守り始めた点だろうか。
それも心理学的な面で見れば、あまり不思議なことではないかもしれないのだけど。
当時の"私"には、不思議に思えたのだ。
私を庇う、小さな背中を、覚えている。
実質的に"私"の命を救っていたのは兄だと言えるだろう。
父の暴力に晒されていれば、体が強かったわけではない"私"は死んでいただろうから。
だから、"私"は兄の望み通りに変化していた。
客観的に見ても、まだ幼く弱い"私"はそれくらいしか出来なかった。
試さなかったわけではなかったのだが、徒労に終わったのだ。
守ってやりたいような妹へ。彼より弱いものへ。放っておいたら死んでしまうものへ。
自分が守らなければと思う事で、命綱になるような存在へ。
他人を何とも思わない"私"という存在が、兄への情を覚えたのも、彼の望みに添うように"私"を変えたからだろう。
"私"が望んだものではなかった、とは言わない。
あの小さな背中に報いてあげなければいけない、と思って変わったのは、紛れもなく"私"なのだから。
そういった時間が暫く続いていた。
兄さんはいつ死ぬんだろう、とぼんやりと思っていた。
死んだ方が楽に思えるのに。意外と死なない人だった。
それとも"私"にはわからない何かを求めているんだろうか。
結果から言って、先に死んだのは"私"だった。
実父に首を絞められて死ぬという死に方は、世の中では少数派ではないだろうか。
別になくはないのだろうけど。
父の大層悪い目つきを視界に入れながら、世界が閉じていくのを見ていた。
あぁ、本当に、最初から最後までくだらない世界。
この世界が嫌いだった。
兄を幸せにしてくれない世界が嫌いだった。
兄を幸せに出来ない自分が嫌だった。
等価なものを与えられれば、等価なものを返すべきだ。
どうしてこの世界はそうなっていないのだろう。
だったら、こんな世界はいらない。
そう思った瞬間、"私"はそこに堕ちていた。
兄のことだけが、少しだけ気がかりだった。
可哀想な人。
放り出された、廃棄されたものの世界。
そこで遭ったのは、"銀の鈴"。
私と同じ捨てられたもの。世界を棄てたもの。
あぁ、それなら。
一緒に居よう。
そして世界に復讐しよう。
奪われてばかりだった人を見た。
与えられない人を見た。
幸せは歩いてはこない。
待っていても陽は顔を出すことはない。
出したとしても永遠じゃない。
自分で掴むしかないのだ。
他者を踏みつけてでも。
選ぶという行為は残酷だ。
必ず選ばれなかったものが生まれる。
幸福に選ばれる人と選ばれない人というものは存在する。
私が好きになった人は、選ばれない人だった。
あぁ、それなら。
私は、私の幸せを掴むために、私の大事なものを幸せにするために。
×××××××。
ねぇ世界さん。
お前が私の大切なひとを幸せにしないと言うのなら、私が幸せにしてやろう。
私はお前を許さない。
そうして"私"は、今の私に成ったのだ。