
フタバは石に腰掛けて待っていた。
リリィが近づいてくるのを認めると、左手を上げて出迎える。
久々の人らしい反応だっただろう。
リリィはカバンを持ってない方の手を振って応える。
「いやー、並んだわ〜。 最初ここ来たとき買い物する余裕なかったもんねー」
木の根本に腰掛けてかばんに手をかけるとを取り出して振った。
「これならすぐ食べられるっしょ!」
リリィが取り出したのは棒状の栄養食品、初めてこのハザマに来た時には購入することが叶わなかった食料だった。
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フタバ 「おっ、サンキュ!ん?エナジー棒……あ、うめぇ」 |
棒をひとかじりすると、咀嚼もほどほどに飲み込む。
「つまらせないようにね?」と心配するリリィをよそに、こちらに近づくツナグに手を振る。
「ごめごめ、ちょっと遅くなった。
結城の妹に会って話し込んじゃった」
ツナグは軽く詫びながら、同じく適当な岩に腰かける。
「あ、ツナグくん、おかえりー。 うちも今帰ってきたとこ」
そう言ってエナジー棒を持つリリィが出迎える。
「あ、エナジー棒じゃん。俺も買ったそれ。
やっぱ適当に拾った食べれそうなもの焼く生活ってアレだよなー」
ツナグの言葉によくわからない謎の塩焼きを思い出す。
リリィも同じ思い出に行き当たったのか、どこか遠い目をしながら答えた。
「流石にちょっとリスキーだッタしね〜
……向こう、大丈夫そうだった?」
『向こう』。バツ、妹、さきちゃん、そして、あの金髪の集団のことだ。
「大丈夫そうだったよ。
……向こうもなんかいろいろあるっぽいけど、
とりあえずはあいつも信用できるって言ってた」
ふと、ツナグが出会っていたもう一人を思い出し、口に出す。
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フタバ 「あれ、姉ちゃんにも会ってなかったか?」 |
エナジー棒に噛り付きながら、何気なく問いかける。
「え? あー、うん。おかえりって言われた。
……ずっとキャンプに居たっぽい。
微妙な間を感じる。
そして、遠目に見た姉弟の様子を思い出す。
何を話したかまではわからないが、そこには距離を感じた。
手も届かないほどの間合い。まるで、警戒心があるような……。
「えー!こんなときにお帰りって言ってくれるの、めっちゃいいやん!
なんか安心するっていうか、ほら」
そんな機微を感じてか。あるいは感じていないのか、リリィの言葉は安心感を与えようとしているように感じた。
「……お前らは兄弟とかこっちに居ないんだっけ」
ツナグは問い。ふと、我に返って答える。
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フタバ 「俺の妹はいねぇよ。 あっちでシロナミの話したときに『はぁ?』って言われたしな。 Cross†Roseでメッセージ送信してみたけど、届かなかったっぽいし」 |
最初の1時間。俺は恐慌状態で知りうる限りの知り合いのフルネームを入力して、チャットを送信した。
しかし、妹も両親も音信不通で、そもそも送り届けられたようにも見えなかった。
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フタバ 「リリィ、お前の妹は?」 |
話をリリィに振る。
「あいな?あいなもきてないみたい。
並んでるときにリスト見たけどなまえなかったし
来てたらきっと連絡してくれるはずだから」
また遠い目だ。何を信じて、何を考えているんだろうか。
「だからその……ほっとしてる」
そう言ったあと、慌てた様子で否定するように両手を振り始めた。
「あっいやツナグくんのおねえちゃんもベースキャンプから動くことないなら安全だし!」
そう言ってごまかすように笑う。
「そう、だな」
ツナグがその言葉に気を害した様子はない。
ただ……
「……ん、まあ大丈夫だろ、多分絶対俺より強いし、元々しっかりしてるからなー」
返す笑顔が痛々しくも感じる。
「えっツナグくんのおねえちゃん強いの!?
とは言ってもきょうだいで異能の方向が違うことはめずらしくないっかー」
強い。まさか。
リリィの言葉を契機に最悪の思考が頭をよぎる。
しかし、今は頭が冷えていた。
冷静に考えれば、解析の異能を持つツナグの前で、姉ちゃんが正体を隠す理由は無かった。
そんな思考に溺れる中、リリィの言葉が聞こえる。
「んで、向こうだけど……
あの人、最初からみうちゃんたち助けてくれてたみたいだから、
あの子らにとっては恩人だし、ゆっきーがそれでいいなら、
強さは……」
リリィは苦笑いを浮かべる。
「身をもって知ってるし、心強いに越したことはないけど」
苦笑は疑問へと変わる。
「なんで助けてくれたんだろー……」
その疑問に伝えるべき重要な事項があることを思い出す。
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フタバ 「あ、そうそう、あの金髪な。 オニキスって吸血鬼らしいんだけどよ。 あれ、ザク先だったわ。バツから聞いた」 |
「は??」
第一声はツナグだった。
「……は?」
リリィは飲み込むまでに少しの間があった。
「ザクロ……先生?」
いや、まだ飲み込めていなかった。
パチパチと瞬きを繰り返している。
「え、いやちょっと…マジか。
いや…まあ特徴は……。えー、マジか……。そういうのって分かんないもんだな……」
ツナグのほうは驚いてはいるが冷静に思考しているように見える。
その後、リリィの大きなため息が聞こえた。
「……はーーーー」
そのまま両手で頭を押さえてうな垂れて、なにかを呟いている。
ツナグもなにやら思考を巡らせながら呟いていた。
二人とも自分なりに飲み込んでいるのだろう。
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フタバ 「理由はわっかんねぇけど、あいつら鍛えてるらしい。 ま、俺ができることは、バツと妹とさきちゃんを信じることぐらい、っぽいわ」 |
ちょうどエナジー棒を食べ終えて、立ち上がる。
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フタバ 「俺の手の届く範囲はすっげぇ狭い。 だからよぉ、俺はお前ら信じて前に立つぜ!」 |
これは宣誓だ。
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フタバ 「あっちでもこっちでもスターゲイザースでの俺の役目はかわらねぇ。 こっちのほうがガチで命かかってるってだけだ」 |
自分に誓う。
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フタバ 「んで、みんな生きてる。死にかけたけど、俺も生きてる。 お前らのおかげで。だから、すっげぇ怖ぇけど、俺は立てる」 |
剣《フローラ》に誓う。
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フタバ 「戦える」 |
目の前に居る二人に誓う。
「……フーちゃん」
リリィが言葉を続ける。
「そうだよね。一番前で、魔が星とダンチなもの相手にしてんだもんね、今」
ツナグも続く。
「そうだな。三人ともしっかりしてるし、なんかあったらまた結城から連絡あるだろ」
「うちだって、フーちゃんが前に立って、ツナグくんがタイミングを作ってくれるからアミティエ《そがい》に集中できる」
ちょい、と言ってスマホを触ると。大ガラスが離れた木から飛んできて彼女の横に収まる。
「今はこういうこともできるようになったわけだし
……正直、どっちかが向こう側だったらここまで来れなかったと思う。
ツナグくんとフーちゃんが仲間で、スターゲイザーズで、よかった」
リリィはカラスのくちばしの下を撫でる。その表情は、柔らかい。
「……俺も二人居てくれてすげー助かってるよ。
俺一人だとマジでどうしようもなかったからな。
リリィもここに来て成長してるし、フタバも……いろいろ折り合いついたか?」
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フタバ 「……ッ」 |
ツナグのその問いに、無言のまま拳を握って答える。
「俺たちなら沼でも森でも進んでいけるよな。よし、探索に戻るか!」
【棄てられた罪】
イモータリア。
不滅なる者達が住まう地。
摂理に取り込まれた者達の牢獄。
理不尽な信仰心の集積所。
そこは数多の世界に寄り添い、その想いを受け入れ、結実させる。
想いは座を生み、座は主を求める。
ある者は死して召し上げられ、ある者は空想から生まれ、ある者は分かたれて生まれ、ある者は習合され生まれた。
一柱の神とは名ばかりの、そうあれかしと願われた想念のスケープゴートたち。
その中に、罪を背負うために生まれた座が在った。それは悪であった。また、対を成す徳を築くために生まれた座が在った。それは善であった。
その座は九つから七つの間を移ろいながら、善と悪、時には秩序と混沌の間で対立し、常に争うことを願われた者達だった。
ある善と悪の対立において、怠惰と正義が相対した。
怠惰は車椅子に腰掛けながら死臭を放つ干乾びた翁であり、正義は白銀の甲冑を身に纏う騎士であった。
怠惰が背負う罪科は堕眠、終焉と見紛うほどの永きの眠り。
正義が背負う責務は義憤、憤怒と背中合わせの危うい決意。
二柱の戦いは静かであり激しかった。
動くことのない翁は黒き死の瘴気を纏い、怠惰なる盤石の守りを見せながらも、無形の瘴気は黒死の触腕を伸ばす。
対する騎士は剣を絡めとろうと巻きつく触腕を巧妙に小手先の返しで解き、斬り捨てながら確実に間合いに迫る。
やがて騎士は翁との間に立ちふさがる黒き霧を切り裂き、長剣の間合いに翁を捉え、その心臓を貫く。
翁の瞼が開かれる。そこに眼球はなく、深い虚空があった。
剣は抜けない。
傷口からは赤き血は流れず、黒き死が溢れ出し、剣を絡めとる。
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怠惰 「――……」 |
か細い呼気が枯れた喉笛を鳴らし、呪詛と死臭を吐き出す。
そして、干乾びた唇が弧を描く。
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正義 「――ッッ!!」 |
熱を帯びた叫びが甲冑の中に響く。
やがて黒き死が騎士の全身を包み、それから解き放たれたとき。
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黒騎士 「……」 |
そこには漆黒の甲冑が立っていた。
黒き騎士は黒き長剣を翁から抜き放ち、鞘に納める。
翁はまた静かな眠りへと堕ちる。
黒き騎士は静かに車いすに手をかけ、優しく押し進めた。